2020年5月1日

ホイールをBORA ONE に変えてからタイヤは付けっ放しで、前後輪の減り具合にも差が出てきたため、シーズン本番を前に、初めてタイヤの前後入替を行った。


改めてタイヤを外してホイールだけ持ってみると、軽い!さすがカーボン。

タイヤのミシュランPro4 Service Course はゴムが柔らかく、ビードをホイールのリムに落しやすいのでありがたい。

いつもの年ならこうしてシーズンも本番になってなっていくはずだけど、今年は秋の大会は開催されるのだろうか。

 

2020年4月30日

前車SuperSix時代から8年使ってきたCAT EYE のサイコンの調子が悪く、リセットしてはフリーズを繰り返すため、新しいものに交換することにした。CAT EYE のワイヤレスの同等機種。こんな時期だが、Amazonで注文したら普通通り数日ですぐに届いた。

機能はこれまでのものと同じだが、サイズが二回り大きくなり見やすくなった。それなのにハンドルに取り付ける台座はこれまで使っていたものを流用できるのがうれしい。ちなみに、クランクと後輪のマグネットもそのまま流用。

チェーンステーにつけるセンサーはこんな感じ。今までのものより心持ち小さくなった。

実際にハンドルまわりはこんな感じ。かなり見やすい。心持ち、ケイデンスの反応は遅くなった気がする。Bluetoothになったせいか。

このモデルは心拍計とも連動するが、そちらはPOLARがあるので不要。上位機種ではスマホと連動させていろんな機能を付加できるものもあったけど、それも不要。GPSは、心拍計のほうで確認できるので、とにかくケーデンスを中心に自転車の走行データが記録できればいい。ただ、このモデルも記録したデータをスマホに飛ばしたり、スマホで設定を変更する機能もあるとのこと。そのうち、気が向いたらやってみよう。

 

今回のサイコンは3代目。自転車もIDOLは3代目。初代は無線ではなく、フレームに電線を這わしていて、結構掃除するときにその線に引っ掛けないように気を使った。2代目から、ワイヤレスになりそんな心配もなくなった。今回の3代目は、Bluetoothとスマホでのデータ共有と設定変更が大きな進歩。値段はほぼ同じだ。

いずれにしても、サイコンがないと自転車に乗った記録が取れないので、すぐに対応できてよかった。

 

2019年9月15日

宇都宮に宿をとったので、4時起きして5時前に出発。駐車場には6時前に着いてしまった。今日は本当に良い天気だ。日光の山がきれいに見える。ここから、スタート会場まで2Km。ほぼ下りなのですいすい到着。スタートの1時間以上前に着いてしまったが、ぼちぼち人はいる。やはり昨日とは違う。だんだん気分が盛り上がってきた!

既に、スタートラインに自転車をが並んでいる。自分のIDOLも位置につける。随分前。結局2番手グループでスタート。スタート開始からの待ち時間はほんの数分だった。

とりあえずはずっと平地を進む。日光の杉並木。気の間から差し込む朝日が逆光で眩しい

20Kmほど進むと最初のエイド。地元のおじさんが、冷えた豆腐や新鮮な野菜を振る舞ってくれる。美味しい、けと、結構な量だ。これ以降も、各エイドステーションで美味しいものをたっぷり食べられた。みんない地元の人がやってくれていた。ありがとうございます。

鬼怒川の温泉街を抜ける。営業をやめて廃墟のようになってしまったホテルの間を抜けて走る。昔は、相当賑わっていたのだろう。どれも大きな建物ばかりだ。

立ち寄らなかったが、龍王峡を過ぎ、やがて川治温泉に。ここに食べ物がでないSSが設置されている。危うく通り過ぎてしまうとこだった。以前、Rideonでみた、かわじいを発見。少し歩いて、河原にも出てみて。涼し気な清流につり橋がかかり、釣りをしている人がいる。時間がもったいないので、足湯には入らなかった。

ここからは、徐々に上りに突入。五十里ダムを横に見ながら、それをぐるっと回るような方向で走る。大きな川の橋では、並行して走る鉄橋に電車が来て、なかなか良い写真が採れた。しかし、途中のトンネルが真っ暗で長く、後ろから車も結構くるので、本当に怖かった。今回のツールド日光のマイナスポイント①。

下りのトンネルを抜けると、目に飛び込んできたのは川治ダム。なかなかの迫力。ここから、長いトンネルの下りを抜けると、3つ目のエイドステーション。そばが美味しかった。

この後は本格的な登りが続いた。つづらおりのカーブをこなしながら、ここがツールド日光の難関の登りなのかなと思いながら進んだ。視界が開け、牧場が見えた。ここが100Kmコースでは最後のエイドステーション。あとは、ゴールまで平らなんだと思っていたが...。

この後が地獄の辛さだった。そもそもなんでコースの勾配を事前に確認してこなかったのかと悔やまれた。どこまでも続く九十九折のカーブが拷問のように思われた。これがマイナスポイント②かつ最大のポイント。不覚にも何度か脚を着き、一度は自転車を100mほど押して上ってしまった。サポートライダーの人に大丈夫かと声をかけてもらい、別の方にはあと4Kmくらいだから頑張ろうと励ましてもらい、自分もここでリタイアするわけにはいかないと、ただ気力だけで頑張った。そして、ついに、テレビでも見たあの標高の駐車場に。着いた。やった。できた。と、嬉しいより本当にほっとする思いだった。この登りの距離は4Kmほどだったのだが、コース全体のペース配分を考えずに走っていたので、もう脚が売り切れてしまっていたのだ。分かっていれば違う走り方ができたのにと思う。不覚だ。

ここからは、11Kmの下り。路面も笑いということで、10人一組でチームを組んで下ることに。僕は2番手として走った。途中、2カ所休憩所がある。確かにこれがないと、手が痛くて、途中ブレーキがきちんと掛けられない恐れがある。緊張をほぐすにも良い方法だ。しかし、路面が悪く、結構手首が痛かった。そして、カーボンホイールのブレーキのシューがかなり減ってしまうのが、悲しかった。マイナスポイント③

山を下りると、日光駅近くの大渋滞に巻き込まれ、我がグループのリーダは、頑なにその渋滞の後ろに(途中)についていたが、まったく進まず、同じチームの長老が今度は先頭となり、車の横、歩道と、自転車の機動力を振る回転して進んだ。最後は、例の駐車場横の緩い下りの道2Kmを暖かい太陽と心地良い風を体いっぱいに受けてゴール。無事完走することができた。

 

今回、本当に準備不足を痛感。高を括って走れるような大会ではなかった。もし雨でも降っていたら、完全にリタイアだし、路面がとても危険だったろう。とにかくも登りを走りきれたのは、一重に今回から新たに相棒になったIDOLくんのおかげだ。セラミックベアリング、カーボンホイール、あまりハード過ぎないフレームアラインメントは、このおじさんには秀逸。本当に走りやすい自転車だ。それに、2度、カラーリングが凄くいいと、別のライダーに褒めてもらえて、鼻が高かった。僕の自慢の愛車だ。来年は、富士五胡かな。しっかり練習して、こんなことのないようにしたい。でも、来年はオリンピックのボランティアか。Que sera sera だね。

戦い終わって。お疲れ様、IDOL。