これもかなり以前に書いたもの

とりま保存

Revolve



「…触んな」

あからさまな毒を含んだ辛辣な言葉に、ダンテは伸ばしかけた手を止めて
代わりに背を向ける俺の顔を、肩越しに覗き込んできた
「お?えらくご機嫌ナナメだな、坊や」


『どうした?』と言わんばかりのまるで他人事な表情

それが余計俺を苛立たせるってのをコイツは解ってない…全然


まぁ事務所に戻ってくるなり、すこぶる機嫌の悪い俺がお出迎え
当の本人は、原因が自分だなんて夢にも思わないだろうけどな


俺の頭の中は今
コイツをレッドクィーンで真っ二つにするか
ブルーローズで蜂の巣にするか、はたまた『右腕』で捻り潰してやろうかと

ありとあらゆる処刑方法がシュミレーションされていた


けど、コイツはそう簡単には死なないのを知っている

ならせめて相応のダメージを食らわせてやらなきゃ
俺の気が済まない…


――
悪いのはアンタなんだからな、ダンテ


俺はありったけの侮蔑の色に染めた眸で、ダンテを睨み付けると
「その手で、二度と、俺に触んな」
一言一言をこれ以上ないってくらい強調して
そのツラに中指を突き立ててやった
「な…っ、お前、おい…ネロ!?」

訳も解らず面食らうダンテを残し、俺は階段を上がると
自分の部屋に戻るや否や鍵を掛けて閉じ籠った


あのままダンテの顔を見ていたら、きっと我慢なんか出来ない
「……っく、しょう…」
俺は鼻の奥にツン、と刺さるような鈍い痛みを感じながら
止めようもなく溢れ落ちる涙を手の甲で乱暴に拭った





発端は
昼間、ダンテの留守中にフラりとやってきたトリッシュの一言だった


そもそも俺がダンテの事務所に転がりこんでから
『相棒』だったトリッシュは、その役目を俺に半分押し付けるような形で
アッサリと出て行ってしまった…そんな経緯があって

久しぶりに現れた彼女に色々と生活ぶりを訊かれても
俺は嬉々として話せなかった

トリッシュがDevilMayCryを去ったのは俺が無理矢理ここへ入り込んだからだって
頭の何処かで解っていたから

「ダンテとは上手くやってる?」
「…それなりに、は」
何を尋ねてられても曖昧な答えをしてしまう俺は
正直、彼女にどう接していいか迷ってた


――
その時だ
じっと観察するような眸でトリッシュは俺を見つめると
ふうん、と何かひとりで納得したように含みのある笑みを浮かべて
こう言った


「貴方、ダンテとシたの?」


一瞬、頭がその意味を理解するのを拒否しかけたが
「―…な、何を、だよ」
めちゃくちゃ声が、上擦ったのを覚えている
ガキじゃないんだからそんな風に訊かれて解らない訳がない

だけど、何でそんな事をトリッシュが訊いてくるんだ!?
顔が馬鹿みたいに熱くなって、マトモに彼女の顔を見れなかった

するとトリッシュはそんな俺の顔を覗き込むようにしながら
追い討ち、を掛けた
「あら、すっかり楽しんでたと思っていたのに…意外ね――彼、凄く意地悪してくるわよ?なかなかイかせてくれないし」
「……………っ」




真っ白、だった
『それ』が何を意味しているか――あからさま過ぎて考える間でもなく
思考はショートして
目の前にノイズが走る

「私もレディも散々泣かされたもの…夜通し、ね――ダンテはまだ誘ってこないの?一度も?」


彼女が嫌に綺麗な微笑を浮かべて並べた言葉は
それ以上、記憶に残っていない
都合の悪いモノを留めておかないのは
人間だけに許された防衛本能だ


彼女が去った後
俺はあまりに現実味のない痛みに
立っている事すら出来なかった
ダンテが愛用している椅子にやっと腰を下ろして
頭を抱え―――胸から込み上げてくる嘔吐感を必死に堪える



ダンテは俺に触れてはきたけれど
そこにトリッシュが匂わせたようなモノは微塵もなかった

何よりショックだったのは
彼女と、レディが
俺の知らないダンテを知っているって事実


傍にいたい、と願った俺の気持ちなんて
所詮ガキの戯言で
最初から通じてなんか無かったんだ…


ひとりではしゃいで
ひとりで傷ついて
馬鹿すぎる







真っ暗な部屋の中
何度もドアの向こうから
ダンテの呼び声が聞こえたけれど
ベッドのシーツに顔を埋めて嗚咽を殺しながら
俺は目玉が溶けちまうんじゃないかってくらい

泣いた






気がつけば
もう随分時間も過ぎて
俺は泣き腫れて開き難くなった目を凝らして
時計を見ようと漸く顔を上げた
「気持ち悪…」

身体が嫌にダルくてたまらない
今すぐ何もする気になれなかったけれど
気持ち悪さだけはどうにかしたくて俺はフラフラな足を奮い立たせ
壁伝いに歩くとドアの近辺にダンテの気配がないか確かめてから
そっと部屋を出た



ソロソロと一階に降りても其所にダンテは居ない
「……」
こんな顔を見られなくて済むなら丁度良い、なんて思いながらバスルームに向かう
普段ならシャワーだけでも良いけれど
今は気の済むまで浸かりたい気分だ

俺はコックを捻って
勢い良く溜まっていく水流を眺めながら
バスタブに寄り掛かって
何度ついても尽きる事がない溜め息をまたひとつ、吐いた



――
ダンテは何処へ行ったんだろう?
彼の部屋は主の気配も感じさせなかったし
いつも昼寝をしてる事務所のソファーにもその姿はなかった


「…どうでもいいさ、あんな奴」

口に出せば自分に言い聞かせられると思った
今はダンテの顔を見るだけの余裕なんてないから


少し多目に湯を張った所で、重い体を起こして乱雑に服を脱ぎ
バスタブに体を滑らせて
肩が隠れるくらい浸かる
何度も何度も目を擦ったせいで
水気すらピリピリと肌を刺激した


「……っ、ぅ」
それが情けなくて
悔しくてまた視界が滲んでくる

ただ
もう此所には居られない
って事だけ
やけに冷静に考えられる自分がいた



「全く――坊やは反抗期な上に情緒不安定ってやつか?」
「……何時から其所にいた」
ドアに背を預けて小さく笑みを浮かべるダンテの姿を視界の隅に捉えてから
俺は泣き顔を隠すように俯いた
水面に映る顔は泣き腫れて見るも無惨だ…
「バスルームから妙な泣き声が聴こえてな、一瞬ゴーストかと思ってビビってたとこだ」
「…悪魔でもゴーストが怖いのかよ」
「そんなもんだ」

ダンテの声が近く感じる、と思ったら髪をクシャリと撫でられた
「…泣くな、お前に泣かれると困る」
「俺が泣いたからって――何でアンタが困るんだよ、どうせアンタは俺の事なんてっ……」
思わず口走ってしまった言葉に俺は小さく悪態をついた

――
だけどこの際、スッキリしちまった方が楽かもしれない、と
俺は思いきって顔を上げ
ダンテを見据えた
一瞬、俺の顔を見て驚いたダンテの表情は
見る間に切な気なモノに変わっていく


――
何でアンタがそんなツラをするんだよ?
「…俺が泣こうが喚こうがアンタにはどうでも良い事なんだろ!」
「どうしてそう思うんだ?いつ、俺が…そんな事を言った?」
「じゃあ何で俺に触れないんだよ!他の奴には簡単に手を出す癖しやがって!…俺はアンタが…」


あぁ、ダメだ
視界が滲んでマトモに見えやしない
いつからこんな風になっちまったんだろ?
喉だって焼けついてカラカラだ

「アンタが好き、だから…ずっと、触れていて…欲しかった、のに……」
「…ネロ」

視界が暗転する
俺はダンテの胸に抱きすくめられていた
服が濡れ場所から僅かにダンテの肌の温かさを感じる
喉元から肌を伝う手のひらが俺の下顎を掴むと
そのまま顔を上向けられた

優しげなアイスブルーの眸に映る自分の戸惑いを見つけるより早く
「――…ダン…、んっ」
開きかけた唇を強引に塞がれた
あっと言う間に滑りこんだ舌先が口内をなぞる
思わず反射的に瞼を閉じてしまったが
そうする事でより唇に意識が集中してしまう
「ぅん、…ふ、…」
絡めとり、吸い上げて、激しさを増すばかりの口づけに
苦し紛れ薄目を開けば
ダンテもそっと開いたブルーアイズを細めて笑みを浮かべ
上唇を甘噛みしてくる

それだけで、身体中が総毛立ち
背中を走る甘い痺れが全身を伝う
「――…ふ、ぁ…」
漸く唇が解放された途端に酷く間の抜けた声を漏らしてしまった
ダンテはクスリ、と笑うと額をコツンと合わせて
意識も朦朧な俺に囁いた
「…もう、『触れる』だけじゃ終わらないぞ?悪いが我慢も限界、だ」
「が…、我慢…?」
「こんなに余裕が無いとは自分でも呆れるけどな……泣くなよ坊や…優しく出来そうにない」

鼓膜を僅か震わせるその声にさえ
俺の意識は焼き切れてしまいそうだった








*******

「…暇潰しのイタズラにしては度が過ぎたな、トリッシュ」
愛用の椅子に腰掛けて雑誌を捲るダンテの前で
トリッシュは悪びれもせず微笑んだ
「…私はまだシてないの?って訊いただけよ…コレをね」
そう言う彼女の指にはトランプのカードが挟まっていた
「貴方とトランプゲームすると意地悪な手ばかり使ってくるし、なかなか勝たせてくれないじゃない?
私とレディが一晩中勝負を挑んでも勝てないなんて…泣かせてくれるわよね」

ダンテは雑誌を放り投げてトリッシュからトランプを奪った
「わざと坊やが勘違いするような言い方をしただろ…?」
「だってまだ一線を越えられないって顔してたんですもの…お互い我慢してた癖に」
「余計なお世話だ、俺は大事なものはとことん大切にする主義でね」
「の、割には起きて来れないみたいね…坊やは」

トリッシュが二階に続く階段を見上げる
「あー、まぁ…ちょっと、な…って、それとこれとは別問題だ!」
「良いじゃない、晴れて相思相愛になれたんだから――…人助けも気持ちが良いものね」
「それを世間じゃ『お節介』って言うんだ…トリッシュ」

脱力するダンテを尻目にトリッシュはまたトランプを奪い返すと
憎たらしいほど綺麗な笑みを浮かべてウィンクした


「今度は貴方が泣く番よ」





fin

DMC4より ダンネロで相当昔に書いたSS





【tango in ebony】






「……あー…」

思わず、情けない声が出る


嫌な、予感はあった


いつもより湿った風
やけに重い空気
昼間だと言うのに明かりをつけなければ
陽が落ちたように暗い室内

ネロは自室の窓から外を眺めるより先に、その音によって気づいてしまった

――陰鬱な雨音に


こうして室内に響くくらいだ、外は結構な降り方に違いない

(昨日はあんなに晴れてたのに…いきなりコレかよ)
胸の中でボヤキながら彼は

下の事務所でいつものように愛用の椅子に腰掛けて
机に足を投げ出し雑誌を捲っているだろう男の姿を思い浮かべる
さすがにこの雨には気づいているだろうが

きっと
『雨じゃ仕方ないな』
くらいにしか、思っていないはずだ


(俺のせいじゃない、普段の行いが悪いのはオッサンの方だからな…クソッ)


何故ネロがこうも不機嫌なのか?
天気くらいで機嫌を左右されるような彼ではない、が

今日は何としても、晴れていてもらわなければ困る日であったのだ
「止みそうにない…か」
ネロは恨めしげに覗きこんだ窓から身体を離すと
勢いよくカーテンを引いた



「…プッ」
ネロが事務所に降りるなり、想像通りに椅子に腰掛けたダンテが雑誌の向こうで小さく吹き出した
怪訝な面持ちでネロはそれをひと睨みする
「何、笑ってんだよオッサン…」
つい声が刺々しくなるのが自分でも解ったが
雑誌を下に下げて此方を覗くダンテの眸に浮かんだ微笑を見つけたネロの眉間には、更に深い皺が寄った

「―…いや、きっと坊やは不機嫌なんだろうな、と思ってな…そこまであからさまだと解りやすい」
「…そういうアンタはどうせ『雨なら仕方ない』くらいにしか思ってないんだろ」
口を尖らせるネロに
ダンテは気づかれないようにまた小さく笑う
これ以上不機嫌になられては困るし、いくら拗ねた顔も可愛いと思った所で本人はこれっぽっちも嬉しくないだろう
「また明日も明後日もあるだろ?坊やとデートすんなら毎日でもOKだ」
「…良い歳してデートとか言うな、それに悪魔狩りはデートじゃねぇ」
「最近珍しくたて込んで依頼があったんだ、そう怒るな」
苦笑しながらダンテは雑誌を机上に放ると、やんわりと腰を上げた


ダンテの言う通り、ここ1週間ばかり立て続けにDevilMayCryには『当たり』の依頼があって
かなりの多忙と言っても過言ではなかった

そんな折、ポツリとネロが漏らしたのだ
『陰気な悪魔の面ばかりじゃ嫌気もさしてくる、たまには賑かな街に出たい』
――と

仕事となれば進んで暴れるネロだが
それとこれとは話が違うらしい
『一緒に』
とは言わないあたりがネロらしいが、そこは天の邪鬼な恋人を持つ身のダンテ

気持ちを汲み取って
『なら明日…ぶらぶらデートでもどうだ?坊や』
逆にストレートに言ってやればネロが渋々ながらウンと頷くのも最早、想定内だ

所謂、経験の差と言えようか
さすがに雨までは予想出来なかったが、もし『デート』が中止ともなれば
ネロはすこぶる不機嫌になるなるだろう事は考えるに容易い


ダンテは不機嫌な顔を隠そうともせず、腕を組んで窓の外を睨むネロの傍らに立つと
その柔らかな髪をクシャリ、とかき混ぜた
「坊やのそういう顔も悪くないが、楽しい時間を過ごすなら笑顔に限る」
「悪かったな、ノーテンキにニコニコ出来なくて…生憎、この雨に楽しさなんて少しも見いだせなくてね」

「なるほど…そんなに俺と『デート』したかったのか坊やは……照れるな」
「何を照れんだよ!デート言うなっつってんだろ!坊やもヤ・メ・ロ!」
「ハイハイ…姫のご機嫌は麗しくないようで」
「誰が姫だっゴラっっ!」
「ハハ、冗談だ」
顔を真っ赤にして怒るネロからサッと身体を引いたダンテは、そのままコツコツとブーツの底を鳴らしながら歩き出した

「不機嫌な恋人の――曇った気分をどうにかするのも…大事な役目って訳だ」
嫌に芝居がかった口調で話しながらダンテはジュークボックスをトントン、と叩きネロに向かって微笑んだ

「こんな日にロック?いや違うな…折角の雨だ、そいつも利用してやらなきゃ勿体無い」
「は?…アンタ何言っ」
戸惑うネロを横目にジュークボックスから離れたダンテは、更に奥の棚まで歩き

長い間使っていないだろう埃っぽい古びたステレオの電源ボタンに指で触れた
『カチ』とアナログめいた音がして
時間差で流れ出したのは緩やかなピアノ曲
誰が聞いていたのかネロには解らないが、どうやらレコードがそのまま置かれていたらしい

スロウで美しいピアノの旋律が場違いにも流れると
ダンテはネロに向かって真正面に立ち
頭の中が『?』だらけのネロに向かって
うやうやしく腰を落とすようにお辞儀する

「…Shall we dance?」
そう言って差し出されたダンテの手を見て
呆然としていたネロの眸は数度瞬きを繰り返し




次の瞬間、彼は
思わず吹き出していた
「ちょ…、何だよソレ…!似合わな過ぎだろ!」
「誘ってんだろ?ほら、一緒に踊れよ」
必死に笑いを堪えるネロの手を取り、片手を腰に回す
しかし、そのステップはワザとなのかどうなのか
デタラメも良い所で、酷く不恰好にしか見えない
「や、やめろって!マジで苦しっ…か、カッコ悪!」

声を上げんばかりに笑いの止まらないネロは
可笑しさからか涙目になっていた
全てがちぐはぐで
雨の音すら滑稽に感じてしまう

「……あ」
ふとそんな気持ちに気づいた彼は咄嗟に顔を上向けると、柔らかな微笑みを浮かべて自分を見つめるダンテと視線を交差させた

「――ダンテ」
あんなに耳につく陰鬱な雨音だったのに――今はそれよりも、全身に響き渡るような自身の鼓動が、煩い


いつまでも子供みたいに拗ねていた自分が、恥ずかしい
常に自分を最優先してくれるダンテが約束した事なのに――その本人が、予定外な雨を何とも思わない筈がない

「ダンテ、――…俺っ…」

立ち止まって俯いたネロが言いかけた言葉を奪い取るように
ダンテはその顔を覗き込み、背を屈めて唇にキスを落とした
触れるだけの、優しいキス

ほんの少し唇を離して見つめ合う瞳が、悪戯っぽい笑みを浮かべる
「『デート』はお預け、でも…楽しい事は幾らでも出来るさ」
「……けど、」
「そんな顔すんな、怒った顔を見るより切なくなる―……そうだな…晴れるまで、踊ってるか?そしたらそのまま『デート』に行けるだろ」
真面目な顔で囁くダンテに、ネロはクスッと笑ってしまった



時に子供のようで
まるで敵わない程大人
そんなダンテに
どうしようもなく、惹かれている自分がいる

その証拠に、ピアノの音も雨音も――聞こえない
あるのは、2人の手から伝わる鼓動だけだ




「…良い歳してデート、デート言うなよ」
今度は自分からキスをひとつ
いくら言葉で隠しても
心音は正直すぎるくらい速まっていく

ネロは手を離すと、その両腕をダンテの首にかけた
「こんなのも悪くないな…たまには、だけどさ」
キュッと抱きつくネロの強がりな言葉と裏腹な仕草に、ダンテは笑みを溢す




外は雨
止みそうにもない、けれど



「次は、何を踊ろうか?」




2人は抱きあったまま
弾かれたように
堪えきれない笑い声を上げていた





fin****

一緒にいるだけで幸せ