もっとあの世に聞いたこの世の仕組みの5月9日の記事、いろいろなヒャッハー(その2)はすごい秀逸。悟り方の種類をヒャッハーとプレヒャッハーとノンヒャッハーでそれぞれの状態を解説してくれてます。ヒャッハーはすごい解放感と同時に悟った人。これは分かりやすい。プレヒャッハーはすごい解放感の体験とともに心が大分楽になったが悟っておらず真理は見えてない状態。私的に、このプレヒャッハーは、すごい解放感を神秘的に受け取ってその体験に執着したら、悟れないどころかどこぞかの教祖様になるなと思いました。最後のノンヒャッハーは徐々に気づきが起き、特別な体験はないが悟った状態。たぶん、私これだと思います。私の悟りの体験って、「ハッ!そうか!」ぐらいのもんですもんね。例えるなら「閃いた!」ぐらいのもん。かと言って「私」が存在するとか、「私がやっている」ってことは、もうこれっぽっちも思わない。無我ということが腑に落ちている。で、そんな状態なもんだから、正直 今後 すごい解放感の体験やびっくりするようなすごい理解が起こるとも思えないんですよね。で、今のスタンスは「自分が悟ってると思ったら、それでいいじゃん。悟っても悟ってなくても、結果は一緒。いつかは死ぬんだし。せっかくのこの生をどのように生きていくかが大事」って感じです。ただ、上にも書きましたが、「悟ったと思っている人で、『私』が存在すると思っている人」は気をつけた方がいい。変に勘違いすると教祖様になりかねませんからね。悟った人は、自分がやってるとは思ってないですからね。事が起こってるだけ。それは、自分自身の行動や発言、思考なんかもそう。自分やってるわけでは無い。起こったもの発生したものに対して、自分がやった、自分がしゃべろうとしてしゃべった、自分が思考したって、後付けで「自分が」を付けてるだけ。そうすることで存在するようにみえてきて出来上がるのが、本当は存在しない『私』であり、自我であり、エゴ。自分は存在しない、自分はやってない、その次元が『空』です。クリックを宜しくお願いします。↓人気ブログランキングへにほんブログ村
空 ~存在の真実~
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