またしばらく時間が空いちゃった。。。
1月末にNYから帰ってきてから、だらだら仕事探し~
前回は大体2週間くらいで決まったから、今回もその位を予想してたんだけどなかなか決まらず
ただでさえ遠距離でストレスなのに、就活中は、なが~く退屈で空っぽなストレスフルな毎日でした
就活っていっても、派遣会社は結構登録してるから、仕事探しも
で気になる案件にエントリーするだけなんだけだから、ずーーーーーーーっと引きこもってたよ 
2月半ばから川崎で勤務を始めるが。。。
仕事運がいい私には超珍しく、ハズレ
何を間違えちゃったんだろうって感じ
同僚はいい人そうだったけど、いまいちな会社だったな~
仕事初めて1ヶ月位経過した頃のある日。
あのおぞましい地震が発生
オフィスビルは築20年以上、うちのオフィスは21Fだったから、めっちゃ揺れた
このUFO位揺れたかな?! 笑
数日前にもかるい地震があったし、すぐに治まると思ってたけどなかなか止まらない揺れに危機を感じて机の下に潜ってみるが、机まで揺れだすわ、隣の席の後ろの棚の大型
が落ちてくるし、上着掛けが倒れるし、天井まで落ちてきたて、真面目に危機を感じるも超冷静に職場用の靴から帰宅用の靴に履き替える 笑
みんなパニックしつつも会社からの避難の指示を待つが。。。“自己判断で避難して下さい”だって
そんな指示に疑問を感じつつも、“私は何があっても絶対死なない自信がある
”というボスに引っ付いて1Fに降りることにしたけど、あの大きな揺れに酔っちゃってたから21F階段で降りるのは決死の覚悟が必要だったよね~
1Fついてからも、会社としての点呼とかなく、避難所として決めていた河原は津波の恐れがあるから行かないように言われたみたいだし、みんな呆然
とするなか聞こえてくるのは、そのビルの防犯センターからの“ただ今自身が発生しましたが、このビルは安全です”と何度も繰り返されるアナウンスメント
マインドコントロールしようとしてるのか
しばらくしたら雨降ってきたし、一度ビルに戻るけどこんな状況で仕事に戻れるのかわからなかったし、ひとまずボスについてまわるが彼女もいっぱいいっぱい
ひとまず川崎駅に向かってみるも、途中のバス停には、駅までの道を塞いでしまうの位の長蛇の列
駅の改札も完全にシャットダウンされていて、駅構内は大勢の混乱した難民のような人達で埋め尽くされていた
(結構それが一番怖かったかも)
一度会社に戻る事にするも、その後どうするわけでもなく、ボスは違う部署の人達が居る居酒屋へ合流すると言い出した為、私は歩いて帰宅する決意をし始める
携帯の充電が切れる前に、ナビを使いながら帰らないと
なんだかんだで会社を出たのは6時半くらい。川崎駅の交番に東神奈川までの道を尋ねるも、動揺していて右から左へ聞き流し



ドキドキしながらもお巡りさんの道案内の最初パートにあった大通りへ向かう
道ばたに止めてある自転車を見るたびに、どれだけ拝借しちゃおうと思った事か
あたし以外にも歩いてる人がたくさん居たお陰で、停電で店の明かりが全くない道を通リ過ぎる時もそんなにこわくなかったよ
携帯は完全に繋がらないし、どっか見知らぬところで充電が切れてナビが使えなくなった時にまた地震があったらマジ終わる
とビクビクしながらも出勤用ヒール
でガツガツ歩き続けて3時間
鶴見を過ぎた位から段々地震の影響があまり見られなくなってきて、ちょっと安心
大口駅で出会った親切なおばあさん。20分くらい一緒に歩いて道案内してくれました
おばあちゃんと別れてすぐ後に、タクシー発見
あと20分くらい歩いたら家までついてたけど、もうヘトヘトだった私にはタクシーに縋るように乗り込む
やっとの思いで
帰宅した頃には9時半過ぎていたけど、達成感と安堵の思いでいっぱい
本当、怖かったね~
あんなに人生の終わりを感じたのはおそらく9・11ぶりかも。。。(当時たまたまUSに居たんだよね)
わたしの地震体験はこの程度の恐怖で終わったけど、東北地方の当時のニュースを見るたびに胸が引き裂かれそうでやりきれない想いにかられる
一人まだ連絡が取れてない友達がいるし、毎日彼女の無事をお祈りしてます
だんだん悲しくなり過ぎて何も書けないから、今日はこの辺で。。。

1月末にNYから帰ってきてから、だらだら仕事探し~
前回は大体2週間くらいで決まったから、今回もその位を予想してたんだけどなかなか決まらず

ただでさえ遠距離でストレスなのに、就活中は、なが~く退屈で空っぽなストレスフルな毎日でした
就活っていっても、派遣会社は結構登録してるから、仕事探しも
で気になる案件にエントリーするだけなんだけだから、ずーーーーーーーっと引きこもってたよ 
2月半ばから川崎で勤務を始めるが。。。
仕事運がいい私には超珍しく、ハズレ

何を間違えちゃったんだろうって感じ
同僚はいい人そうだったけど、いまいちな会社だったな~
仕事初めて1ヶ月位経過した頃のある日。
あのおぞましい地震が発生

オフィスビルは築20年以上、うちのオフィスは21Fだったから、めっちゃ揺れた
このUFO位揺れたかな?! 笑数日前にもかるい地震があったし、すぐに治まると思ってたけどなかなか止まらない揺れに危機を感じて机の下に潜ってみるが、机まで揺れだすわ、隣の席の後ろの棚の大型
が落ちてくるし、上着掛けが倒れるし、天井まで落ちてきたて、真面目に危機を感じるも超冷静に職場用の靴から帰宅用の靴に履き替える 笑みんなパニックしつつも会社からの避難の指示を待つが。。。“自己判断で避難して下さい”だって

そんな指示に疑問を感じつつも、“私は何があっても絶対死なない自信がある
”というボスに引っ付いて1Fに降りることにしたけど、あの大きな揺れに酔っちゃってたから21F階段で降りるのは決死の覚悟が必要だったよね~1Fついてからも、会社としての点呼とかなく、避難所として決めていた河原は津波の恐れがあるから行かないように言われたみたいだし、みんな呆然
とするなか聞こえてくるのは、そのビルの防犯センターからの“ただ今自身が発生しましたが、このビルは安全です”と何度も繰り返されるアナウンスメント
マインドコントロールしようとしてるのか
しばらくしたら雨降ってきたし、一度ビルに戻るけどこんな状況で仕事に戻れるのかわからなかったし、ひとまずボスについてまわるが彼女もいっぱいいっぱい

ひとまず川崎駅に向かってみるも、途中のバス停には、駅までの道を塞いでしまうの位の長蛇の列

駅の改札も完全にシャットダウンされていて、駅構内は大勢の混乱した難民のような人達で埋め尽くされていた
(結構それが一番怖かったかも)一度会社に戻る事にするも、その後どうするわけでもなく、ボスは違う部署の人達が居る居酒屋へ合流すると言い出した為、私は歩いて帰宅する決意をし始める

携帯の充電が切れる前に、ナビを使いながら帰らないと
なんだかんだで会社を出たのは6時半くらい。川崎駅の交番に東神奈川までの道を尋ねるも、動揺していて右から左へ聞き流し



ドキドキしながらもお巡りさんの道案内の最初パートにあった大通りへ向かう
道ばたに止めてある自転車を見るたびに、どれだけ拝借しちゃおうと思った事か
あたし以外にも歩いてる人がたくさん居たお陰で、停電で店の明かりが全くない道を通リ過ぎる時もそんなにこわくなかったよ
携帯は完全に繋がらないし、どっか見知らぬところで充電が切れてナビが使えなくなった時にまた地震があったらマジ終わる
とビクビクしながらも出勤用ヒール
でガツガツ歩き続けて3時間
鶴見を過ぎた位から段々地震の影響があまり見られなくなってきて、ちょっと安心
大口駅で出会った親切なおばあさん。20分くらい一緒に歩いて道案内してくれました
おばあちゃんと別れてすぐ後に、タクシー発見
あと20分くらい歩いたら家までついてたけど、もうヘトヘトだった私にはタクシーに縋るように乗り込む
やっとの思いで
帰宅した頃には9時半過ぎていたけど、達成感と安堵の思いでいっぱい
本当、怖かったね~
あんなに人生の終わりを感じたのはおそらく9・11ぶりかも。。。(当時たまたまUSに居たんだよね)
わたしの地震体験はこの程度の恐怖で終わったけど、東北地方の当時のニュースを見るたびに胸が引き裂かれそうでやりきれない想いにかられる
一人まだ連絡が取れてない友達がいるし、毎日彼女の無事をお祈りしてます
だんだん悲しくなり過ぎて何も書けないから、今日はこの辺で。。。
って感じだったけど、義姉さん(メデューサのような恐ろしい印象があった)とその子供達3人とのご対面はちょっと緊張

18歳、
お年頃のFは、夜遊びが激しかったり、高校中退したり、家出したり、悪い噂ばっかりしか聞いていなかったけど、実際会ってみたら超優しくてニコニコしててカワイイ甥っ子
) もう、何でも買ってあげるって感じ 笑
箸の使い方を覚えようとしたり、よく一緒に遊んでくれて、お別れがつらかったなぁ
なので、いろいろ連れてってもらったり、通訳してもらったり、本当いろいろ助けてもらいました





















を売る事でしたが、2個目と3個目が思った以上に時間がかかってしまっているため、相方はUSへ残留。。。また遠距離になってしまった
wish me luck