眼前に広がった幾多もの線路。凸凹した地形ながらも、そこには等間隔で線路が並べられており、乱雑と整然、いや、渾沌と秩序が同時に見える。
ここは隣国A連邦の最前線基地。我々は愛する祖国へと帰らねばならない。昨日行われた決死の脱出作戦により、限られた勇敢な猛者たちは何人もの同胞を失いつつも、武装した番兵が護るA国唯一の出入口である関所を迂回し、そしてこの基地に辿り着いた。この基地は比較的手薄で兵が少ないものの、迫り来る無数の列車を回避し、また高架上などに設置された砲台の眼を掻い潜りながら先を目指さなければならない。どちらにせよ決死の逃避行なのである。
私と両親と妹は、固く手を握り合い、決して欠けずに我が家へ帰るという意志を再確認した。何があっても死ぬ訳にはいかない、祖国の土を踏むまでは。
───父の合図ととも私たちは走り出した。狭い間隔で並立している線路上の列車に少しでも触れれば怪我は免れられない。細心の注意を払いつつ無我夢中で走る。足元に生えた釘に足を突かれても、頭上から降り注ぐ弾丸に肩を貫かれても私たちは、走る───
基地の中程まで来たときには私の靴は血で赤く染まり、体も傷だらけで、つい先日まで猛者の1人として前線で戦っていた姿が霞んでしまうような哀れで無様な姿だった。再び父が先陣を切って走り出し、私もまだ戦場に来るには幼い妹の手を引き、束の間の休息所となっていた高架下を離れる。もう少しで祖国に帰れるという期待と、後ろで無慈悲な銃弾に倒れていった同胞のようにはなりたくないという恐怖が入り交じり、今までにないくらいの高揚感で私の口角は釣り上がった───
しかし、そんな時間も、一発の銃声が時を告げる鐘を鳴らし、終わった。少し盛り上がった丘から発射された鉄弾は、鮮やかな軌跡を描いて正確に妹の薄い胸を貫いた。今まで前方を向いていたベクトルを全て消し、無我夢中で後ろで倒れている妹へと駆け寄った。
──幸いにも、辛うじて急所は外れており、応急処置でまだ数時間は持つ可能性があった。安堵の息をつくと共に妹を抱き抱え、それまで背負っていたリュックを投げ捨てて再び走り出そうとした。
しかし、僅かな時間であったが立ち止まった私を銃口は見逃していなかった。今度は寸分の狂いもなく、敵の弾は私の急所を穿った。駆け寄ろうとする両親に、私を捨てるよう促し、後方から私を抜き去って行く朋に妹を託して私は暗闇へと落ちていった。
──────全身を貫くような鋭い痛みで私を目を覚ますと───眼前には幾多もの線路が広がっていた。妹に胸をさすられて私は、立ち上がった。
12/22 夢か現か、愛のみぞ知る世界。