『駆け込み乗車はおやめください』
聞き慣れた台詞の数秒後、扉がしまり、列車は動き出した。
耳にイヤホンを挿して再生ボタンを押す。
流れるメロディーに重なる、列車の揺れが心地よい。
向かい側の窓には日差しが差し込んでいる。
今日の暑さは、あの人に初めて会った日に似ていた。
目を瞑れば、まるで昨日のことのように思い出せる。
数少ない言葉、優しい笑顔と眼差し
庇うように見に行った後ろ姿を。
夢のような人だった。
『着くのに、あと2時間もかかるのか…』
腕時計を見ながら、これまでの生き方を、走馬灯のように思い出す。
なんだか、いつも思い詰めていたような人生だったし、幸せになる方法もよくわからなかった。
ただ、あの人に出会えたことは、幸せだったと思う。
『あの写真、欲しかったな』
思わず呟きそうになった。
電車の中ということも忘れて。
目的地に着くまでは、あの人のことを考えていよう。
記憶の中のあの人といけば、幸せで居られるから。
窓に流れていく景色が優しく見えた。
もう発車駅に戻ることはないだろう。
『さようなら』
帰りの切符は買わなかった。
