皆さんに紹介させて頂きたい映画は山崎監督が撮影された『ALWAYS3丁目の夕日』という映画です。この映画は昭和30年代を舞台にした映画でもう一度日本の人たちに元気を取り戻してもらえるような作品です。私が一応子供たちの遊びと人との関係と町の様子の変化を描く上で未だ見ていない人に興味を注ぎ、既に見た人に2度と映画の内容を吟味したいと思っております。
<子供たちの遊びに>について、
映画で見られた子供たちの遊びはいろいろな種類があります。
例えば一平ちゃんと友達が茶川さんの店で子供たちに熱中している百連発くじをして、水につけると浮き出る「スカ」のくじ、一平ちゃんが淳之介ちゃんがうまくやって見せた「フラフープ」、おはじきやベーゴマや竹馬やゴム鉄砲などの遊びも映画でみられます。
現代の日本の子供の遊びの多くが変わったと思います。電子技術の発達に伴い、子供向け玩具の製作も発達しました。遊園地で竹馬あるいはフラフープをしている子供が見られませんが、列車の中やバス停に居る若者が携帯やNNTやPPSなどのゲームをやっているのをよく見ます。JOBSTEVE(APPLIEの創作人)が作ったIPADが現れると、電子玩具はさらに子供の成長に影響を与えました。電子玩具は老若男女に大流行の遊びになりました。
<人と人とのつながり、関係>について、
昭和30年代の人と人とのつながりは現代より確かに親密だと思います。それは昔の遊びの性質と現代のとが異なるためです。昭和30年代は戦後の日本の景気がまだ回復していないので、一般家庭の家は狭くて、子供が家で遊ぶスペースが足りなくて、各家庭の子供がよく町や住居地の後ろにある荒地などの共用地に群がって遊んでいました。子供は余裕がない家庭に育っているからこそ、自分が有するもの(おもちゃ)を大切にして、他人と分かち合っていました。逆に現代の子供は豊かな家庭で育っていて、両親は子供を物質で満足させるため、大人はひたすら仕事をして、子供は部屋に閉じ込もり、電子ゲームで遊び、おのずから人と人とは疎遠になってしまいました。
<町の様子>について、
昭和30年代は広告用の気球がたくさん街で見られました。鈴木オートと小説家の茶川さんの店とヒロミの一杯飲み屋などが3丁目商店街にあり、それらの商店は営業としてやっている店を用いるだけではなく、店の主と家族の住宅になっていました。
交通機関について、映画で3丁目大通りを走っていた自動車はすくなかったですが、その代わり、バイクとともに2輪車がその時に大流行していました。バイクと2輪車以外に、映画で見られた交通機関は田舎から都市へ行く蒸気機関車と都電です。六ちゃんが東京に乗って来たのは蒸気機関車です。しかし、自動車は昭和30年代の社会の中では、お金持ちのみ有するものだ思います。現代は車を持っている人は多いです。お金持ちだけ買えるとはいえないでしょう。
未だ見ていない人は是非この映画をご覧になってください。映画で日本人ではない私たちにも戦後60年代の日本と現代と比べて何かが変わったことがわかって来ます。それに日本語を勉強している方にも日本の歴史と文化を理解するのに役立つと思っております。