CUTE RABBITブログ

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1 不思議なドラマ
神を信じるという神との新しいかかわりは、私たちの人生において、神のすばらしいみこころがなるという実に不思議なドラマが始まる。
どんなドラマが展開していくのかはだれにも分かりませんが、それは確実に、神の栄光と恵みを照らしだす人生を歩むというドラマなのだ。
遊女ラハブがもった信仰は、彼女の思いや願い、望み、あるいは夢をはるかに越えて実現されていった。
遊女ラハブはそん神のドラマがあるとは全く予想だにしていなかった。
聖書をはじめて開く人はここでつまずいてしまいます。
聞いたこともないような人物の名前が羅列されているからです。
しかし、この系図には、とんでもない、驚くべき事実が秘められているのです。
ユダヤ人たちは系図(血のつながり)をとても重んじます。
バビロン捕囚から解放されたユダヤ人は、神に選ばれた自分たちのアイデンティティを再確認するために自分たちの系図を確認します。
それが歴代誌という書物です。
2 マタイの系図
マタイの福音書を書いたマタイは「神の恵み」という意味ですが、ユダヤ人である彼がイエス・キリストの系図の中になんと4人の女性の名前を入れています。本来ならば、系図は男性側のみしるされます。
しかし、どういうわけかその系図の中に女性が入っていること自体、不思議なのです。しかも、その4人の女性たちはみないわくつきで、普通の女性ではありません。
(1) タマルはユダの息子(長男)の嫁です。ユダはカナン人の女性と結婚し、三人の息子を設けました。長男エルの嫁として迎えたタマルもカナン人だと思われます。ところが長男が神の怒りに触れて死んだので、子孫を残すために、弟息子オナンと結婚させます。しかし、次男のオナンは長男の子孫を作りたくないということで子どもをつくりませんでした。そのことも神の怒りに触れてオナンは死にました。そのためにタマルは子どものいない嫁だったのです。
舅であるユダは気の毒に思って三番目の息子が成人するまで、実家に帰って待っているように返しました。しかしその息子が青年になっても、ユダは息子を彼女に与えませんでした。(レビラト婚、申命記25:5-p281)そこで、あるとき、彼女は遊女(娼婦)に変装して舅のユダを誘惑して子どもを宿しました。明らかに、これは不義による子どもたちでした。ユダはだまされてタマルと関係をもったのですが、後で、人から自分の息子の嫁であつたタマルが売春してらしいということを聞いたとき、「焼き殺せ」と言ったのです。しかし、そのタマルの胎に宿った子どもが自分の子どもだと知ったとき、自分が彼女に三男の息子を与えなかった自分の非によるものだと認めたのです。(創世記38:26)p54
タマルは双子を産みました。(創世記38:27-30p54)その長男のペレツからやがてサルモンが生まれます。もし、タマルが子どもを産まなかったとしたら、ユダには子孫がいなかったのです。だとすればダビデもソロモンもそしてイエス・キリストも存在していないのです。
3 ラハブ、ルツ、バテシバ
(2) 遊女ラハブはカナン人(異邦人)でしたが、悔い改めて、イスラエルの神こそ本当の神と信じて救われます。やがて不思議なことに彼女は一人のイスラエル人と結婚しますが、その結婚相手というのがなんとサルモンだったのです。
しかも、サルモンとラハブの間にできた子どもが、ルツ記の主人公、つまりモアブ人であるルツの夫となるボアズなのです。
(3) そしてボアズとルツが正式に結婚した後に生まれたのがオベデでした。オペデからエッサイが生まれ、エッサイからダビデが生まれした。
(4) さらに、このダビデとウリヤの妻バテシバの間にできたのがソロモンです。これも不義の子です。そして、その系図はイエス・キリストへとつながっていきます。不義、遊女、婚前交渉、姦淫、しかも、カナン人、モアブ人といった異邦人の女性たちが、イエス・キリストの系図の中に入ってきているのです。本来ならば、そうしたことは隠しておきたいところでしょうが、聖書ははっきりと記しているのです。