ある時、気付いたら服が一着無くなって居た。
買い置きしてあった、いつもと同じ服の一つが。
その時の私はたかが服がと、別段気に止める事も無く過ごして居た。
だがそれは、意外な場所で見つかる事となる。
「何を、やっているんだ?」
「やぁ、おはようエラルド。クフフフフ、似合うかい?個人的にはなかなかに似合わないと思うのだけれどね」
朝、目を覚ますと。
そこには【私】が居た。
…否、表現が正しくない気がするので訂正するとしよう。
私の目の前に、私の姿を模した人間が居たのだ。
よくよく見て見ればそれは私が良く知る人間であり、服もあの時無くした一着であるのだと寝ぼけた頭で理解する。
欠伸を一つ。
そうして漸く今の所の自分の状態を確認した。
目の前には、私の格好をしたビヨンドが居る。
目線だけで辺りを確認すると、其処は確かに私の部屋だった。
目を開けたばかりの私は就寝時と同様、ベッドに横たわったままの状態で…目に映るのは、彼とその背後にある見慣れた天井だけ。
胸の息苦しさからも察するに…どうやら、私の上に彼は乗って居るらしい。
何時もならば特に何かに感情を揺らされるでもない私は、ただ幼稚な悪戯だとでも思うのだろうが…彼の格好からか、自分が乗って居る様な奇妙さが強く。些か薄気味悪いなと自嘲した。
「どいてくれないかい、ビヨンド。これでは起きれない」
それは失敬。
そう呟いたか否か、ワザとらしく今更気付いたフリをして彼は私の視界から退いた。
ダメ元で言って見たのだが、どうやら起床の邪魔立てはする気は無いらしい。
そうして私は漸く上体を起こし、改めて気違いな格好をしたビヨンドを見直した。
簾上に下ろした髪。
緩いジーンズにロングTシャツ。
顔には私を似せる為か、些か化粧の作り物めいた色合いが乗って居る。
客観的に言うならば。
正しくそれは、特徴だけ捕らえたら私そのものであった。
無論身長や体格、輪郭線などの違いばかりは直し様が無かったのではあるのだが。
「似合わないだろう?」
再び、彼は同じ台詞を問うて来た。
普通は似合うかと聞く処だが、彼は真逆を口にして笑って居る。
それは楽しげに。
笑う。笑う。嘲笑う。
さて、この場合はどう答えるべきだろうか?
相手の望むように答えるのも癪だが、提示された問題に正解出来ないのもなんだか負けた気がして嫌だったので、この場で一番ふさわしい答えを考える。
「…そうだね」
たっぷり間を開けた後、私はそう答える事にした。
寝台から身を下ろし、眠気に欠伸を浮かべながらクシャクシャの髪を掻き混ぜる。
その様子を、ただひたすら笑いながらビヨンドは観察して居た。
何が楽しいか解らない。
しかし、彼は笑う事だけは得意だから、楽しいとは限らない。
「ふふふ、…ヒャハハッ!ちゃららーんっ…うん、最後は何か違ったね。でもそうか、似合わないか。やはりね」
納得した様に笑いつつ、先程の私の仕草を真似てビヨンドは欠伸を浮かべるとクシャクシャに整えた髪を掻き混ぜてみせる。
何がしたいのか、何が言いたいのか、彼の遠回しの行動は、曲したトンネルの様に出口が在るくせに先は見えない。
「ビヨンド、私はお前の遊びに付き合ってやったんだから、意図くらい説明すべきだろう?」
「クククク、そうだね。そうだった。忘れて居た訳では無いのだけれど、説明する必要性があるのかは判らなかったんだよエラルド。…そうだね、一言で言えばお前になりたかったそうだよ」
私の質問に、まるで他人の話の様に答えるビヨンド。
だがその説明は、曖昧かつ、先程の何よりも適格で判りやすかった。
ただ、理解は出来そうにないだろうと思う。
私が彼なら、【私】になどなりたくは無いのだから。
「似合わないだろう?エラルド」
3回目の問いが、自棄に切実味を帯びて居る気がした。
相変わらずの笑みのままに。
私は少し考えると、徐に手を伸ばして彼の顔を覆って居る髪をちょいと退かしてやった。
黒の下から現れた、真っ直ぐな黄金(きん)の瞳。
私にはない、非現実的な色。
こんなに美しいのに、なぜ隠そうとするのか解らない。
「ビヨンド、お前は私にはなれないよ」
だってお前は、お前であるが故に存在して居るのだから。
そう言ってやると彼は複雑そうに眉をしかめながら、本日一番、嬉しそうな顔をした。
(それでも私は、私以外の何かになりたい)
(出来る事ならば、お前になりたい)
それは所謂変身願望
(Beyond+Errold)
