先生の所に通うようになって20年、その間に私も結婚をし、子供も2人授かりました。
子育て中には中々お稽古に毎週伺うのは難しかったのですが、先生のご好意により季節毎のお茶事や時間がある時にはお茶を飲みにお邪魔しておりました。
それでも、上の子が高校生になる頃にはまたお稽古に復帰させて頂くように。
しかし、ちょうどその頃、先生が体調を崩され入退院の繰り返し…
お話しなどは全く大丈夫なのですが、お稽古は暫くお休みされるとの事…。
せっかく復帰出来たのに残念だった私はとても茶道がしたく、その頃偶然ご縁がありました他流の先生に私の先生のお許しを得て試しに少しお習いする事に。
お邪魔したそのお宅は、先生の邸宅とは全く違う普通の一軒家でして、(※駐車場もなく路駐して)とその先生の年齢は私より10歳くらい年上のその当時としては、茶道の世界ではお若い先生でした。
(青年部の地区長もされたという肩書きの持ち主でしたが…)
半年くらいお習いしましたが、驚いた事にその間お軸はずっと同じまま…お花は一度も飾られる事はありませんでした…。
「お稽古後のお茶碗はこちらで洗って」と部屋を突っきって進み、風呂場の脱衣所に通され、家人の歯ブラシが並ぶ、お茶碗を落としたら間違いなく割れてしまう洗面台がお水屋…。
一番驚いたのは、私がこちらにお邪魔する際にお持ちした「桜」の和菓子を、半年経った「秋」に出して来られた事でした。
思わず「あ、このお菓子…」と言ってしまった私に、「大丈夫よ!冷凍してたから♡」と…
はっ!そこじゃないわっ!
百歩譲って冷凍は許しますが、桜のお菓子を秋に出す先生なんています?
とは言えず、「あ…はい…」と…
私の他に2人お弟子さんがいらっしゃるとの事でしたが、一度もお会いする事はありませんでした。
でも、このおかげで、先生のような邸宅でお茶室がなくてもお茶の先生って出来るんだ…と、ぼんやり気づいた事は今に繋がっている事かもしれません。
しかしいざ他流をお習いしてみても、長い間していた当流宗徧流の美しいお点前にはかなうわけもなく、またお点前も宗徧がどうしても出てしまい、こんがらがっていろいろ無理でしたので、先生の体調も戻られた頃にはこちらの方はきちんとご説明をして辞めさせて頂きました。
この辺りからぼんやりと、素晴らしいお茶室がなくてもあの程度でも(失礼!)お茶の先生ってなれるんだ…ならまだ私もの方がましかも?(笑)教授のお免状を頂いておこうかな…と思い始めたのかも知れません。
どんなきっかけがどんな気付きに繋がるのかわからないものですね…。
※こちらは私の蔵元先生のお稽古場