眞莉亜のブログ

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眞莉亜です。

ワタクシは、末日聖徒イエス・キリスト教会の教会員です。
パニック障碍を持っています。周囲の理解を得るのはむずかしい時もあるけど、そんな自分だからこそできることがある――と感じています。 福音を通して一人でも多くの方たちと分かち合えたら――と思っています。

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皆ちゃま、こんにちはm(__)m
春の嵐の次は雨です(^_^;)

今日は、主の戒めについて、戒めを守ることについて考えてみようと思います。 戒めには様々なものがあります。
「安息日を覚えて、これを聖とせよ」安息日に関係して「わたしの聖日に祈りの家に行って、聖式をささげなければならない」とか、知恵の言葉、純潔の律法など多岐に渡ります。 では、御父がワタクシたちに戒めを与えておられるのは何故でしょうか?
答えは、御父からの試しであり、愛ということになります。 何事によらずワタクシたちが従うか否かを、御父がご覧になっているからです。

とは言っても、戒めを破ってしまうこともあります。
何故守れないのでしょうか?
一つには、人の霊性が下がってしまい、サタンの誘惑に屈し易くなっていることがあると思います。
教義と誓約29:35には次のような主御自身の言葉があります。「見よ、わたしはアダムに、自ら選択し行動する者となることを許した。そして、彼に戒めを与えた。しかし、わたしが彼に与えたのは、現世の戒めではない。わたしの戒めは霊にかかわるものだからである。それらは自然のものでも、現世のものでもなく、肉欲のものでも、官能的なものでもない。」
また、教義と誓約42:29には「あなたはわたしを愛するならば、わたしに仕え、わたしのすべての戒めを守るべきである。」とも言われています。

これらの主御自身の言葉から、戒めは、人を縛り、束縛するために設けられたものではなく、ワタクシたちの霊的成長を促すために必要な要素であることが学べます。
霊性が下がってしまうのは、たとえば日曜日の聖餐を受けていなかったり、聖文を学ぶことを止めてしまった時に陥り易くなります。
霊性が下がってしまうと、聖霊の導きを受けにくくなり、結果として、「生まれながらの人」としての選択をしてしまいがちになるのではないでしょうか?
それが、サタンの誘惑に屈し易くなる…という危険性を伴うのではないでしょうか?
ワタクシたちが戒めを守るのは、御父と主への愛であり、現世のみならず永遠の命という、霊的な救いに関わっていることをよく学び理解する必要があると思います。