カトリックの夏

カトリックの夏

信仰と学問の両側からカトリックを見つめてみるゆるーい備忘録。

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どうしてグレゴリオ聖歌の五線譜表記は歌いにくい譜割りになっているのかと首を傾げざるを得ません。ウンウン唸りながら写譜しています。一曲の中で同じ形が繰り返されていたり、聖歌全体が一つの小品集のようになっていたり、気付かされる事があって楽しくて、写譜する事にしてよかったなと思います。音取りもしていますが、惰性で歌ってしまうと美しさが失われてしまうなと痛感します。特にキリエだと一つの母音をずっとレガートで歌うので、うっかり音を飛ばしてしまいがちです。こういう楽譜を見ると簡単な事ほど難しいという事を思い出します。

ところで大阪では今月13日から映画『神は死んだのか(原題:God's not dead)』が公開されます。もう公開が終わっている地域もあるようですが、ご覧になった方も多いでしょうか?神の存在証明が主題の映画なのですが、こう聞くだけでテンションが上がりませんか?無神論者の哲学教授から、神の存在否定宣言書の提出を求められたキリスト者の大学生が主人公だそうで、トマスの神学大全を読み進めている最中という事もあって好奇心が刺激されます。この相対する教授が哲学者で無神論者という時点で、かなり突破口はあるように思えるのですけどね。今の日本のように無関心な人に"神とは"を説く事の方がよっぽど困難に思えます。それも踏まえて、この映画を観る事で何か得たいとも思います。
私の好きなThe BIBLEシリーズの映画版、Sun of GODも楽しみなのですが、続編として来年のイースターから放送が始まるA.Dではイエス役の俳優が変わってしまいます。あの柔和な笑顔が好きだったので残念です。やっぱりイケメン過ぎると騒がれたからでしょうか。。。というか役者ほぼ総入れ替えです。人種に拘らずキャスティングされているのは凄くいい点だと思うのですが、時代と出身地の考証から見てこれはちょっとどうなのかなと感じざるを得ません。
一映画ファンとしては、キリストの行った奇跡を前面に出したり(聖書の言わんとする事をクローズし忘れて、非キリスト者にはインチキサイキックスーパースターに見えるから本末転倒)、信仰が薄らいでしまった神父VS物理で攻めてくる悪魔だったり(神から遠ざけようと言葉巧みに誘惑するのが悪魔であり、それを主の御言葉で退けるという構図の崩壊)人間を愛せない天使だったり、これでは宣教したいのか誤解させたいのか首を傾げてしまいます。キリスト教を主題にしているのに愛が薄いっていうのがそもそもおかしな話ですよね。

さて、明日は信仰講座です。.:*゚:*:✼✿(ღ✪v✪)。゚:*:✼.。✿.。私はS神父のお話は分かりやすくて好きなのですが、『難しくて諦めちゃった』と仰る方もいるのでそういうものかと知らされました。W神父の入門講座も難しいという声を耳にするので、万人に分かるように伝えるって本当に難しい事だなと思います。W神父の講座は"入門"とハードルを下げて行ってみたら詩篇の解説から始まったりするので、想像と実際とのギャップがあって難しいと感じるのかもしれません。でも神父様の解釈を多分に含んでいるので、その事に関して自分はどう考えるかという点ではとても素晴らしいと思います。間違えていたら神父様に悪いのですが、S神父の講座は『神という存在をどう捉えるか』、W神父の講座は『神の行為をどう捉えるか』という感じだと思います。同じものを異なる側面から同時に見つめ考える事が出来る機会を与えられた事、この機会で素晴らしい神父様に出会わせてもらえた事に感謝して、しっかり勉強していきたいと思います。