Venus_Aionion STORY

Venus_Aionion STORY

即興短編小説という新たなスタイルを模索中。
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by project zero

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   とある小さな町に、二匹の小さな人気者がいました。


   一匹は真っ白な毛が自慢の仔犬のチロル。

   もう一匹は赤い首輪が自慢の黒猫、クロス。


   チロルは八百屋で飼われています。ご主人は仕事が忙しいので、チロルはあまり散歩に連れて行って貰えません。

   でも、店先でご主人と一緒にお客さんとお話しするのはとても大好きでした。


   かたやクロスはいつもご主人様とお散歩をしています。

   と言っても少女に抱かれているので、クロスが自由に歩ける訳ではないのですが。

   クロスと少女は町でちょっとした人気者になっていました。

   大人しく少女に抱かれるクロスと、少女のその美しさもあいまって、散歩に出掛ければいつも誰かに声を掛けられるぐらいでした。


「本当、あそこのお嬢さんとクロスちゃんは可愛いわね」

「クロスちゃんも大人しく抱かれて、きっとお嬢さんの事が大好きなのね」


   町の人達がする噂話が、耳に入ってくる度にチロルは面白くありません。

「ただ猫を抱いて散歩している事が何故そんなに好奇心を煽るのかね。人間とはそれ程までに、日々退屈なものなのか。僕にはまったくもって理解ができ兼ねるよ」

   八百屋の店先に鎖で繋がれているチロルは鼻からため息を漏らしながらいつも愚痴を吐いていました。


「君は毎日他者を見下す様な事ばかり言っているが、君がのたまう、理解ができ兼ねる人間とどう違うのかさっぱり解らないよ」

   店先に少女に抱かれてクロスがやって来ました。

   この二匹は顔を合わせる度に喧嘩ばかりしています。


「お前みたいに飼主に抱かれて散歩をしている気になっている怠け者には、僕の陰鬱とした気持ちは解らないだろうね」

   チロルはクロスをあまり好きではないようです。

「僕が抱かれたまま散歩をするのは僕なりの愛情があるからであって、僕に対する主人の愛情を許容する表現手段なんだ。君にとやかく言われる筋合いは、全くもってないね」

   ふん、と鼻息を鳴らすと尻尾をクルリと身体に巻きつけてそっぽを向いてしまいました。


「主人からの愛情だって?僕だって愛情たっぷりに育てられているさ。だから僕はこうして毎日主人と一緒に仕事をしている。それが君の言う所の愛情表現さ」

   誇らしげに尻尾を立ててワン!と吠えるとチロルは主人に頭を叩かれてしまいました。

「お客さんのいる所で吠えるんじゃねえ!すいやせんね、どうもこいつはあまり賢くなくて……」

   頭を叩かれたチロルはしゅんとなってしまいました。

「くくく。……あーはっははは!素晴らしい愛情表現だね。素敵だよ、君もそのご主人もさ」

「何が可笑しくて笑っているんだい?あまり僕を苛立たせないでくれないか。今にも君に噛み付いてしまいそうだ」

「僕を見てご覧。この綺麗な赤い首輪には君の様な鎖なんか付いていない。それは僕が主人から信頼されているからさ。かたや君はどうだい?その飾り気の無い黒い首輪は太い頑丈な鎖で繋がれて、散歩すらままならない日常。好きに町を歩く事もできない。君を信頼していないから鎖で繋いでいるんじゃないのか?」

「僕の牙が君の喉笛を噛みちぎる前に、その魚臭い口を閉じた方がいいんじゃないか。僕は其処まで大人じゃないんでね」

  苛立ちを隠しきれないチロルが吠えても、クロスは平然とチロルをからかいました。

「その鎖に繋がれたまま、どうやって僕の喉笛まで噛み付くつもりなんだい?その鎖は君から自由を奪っているじゃないか。君の言う”愛情”ってやつがその鎖って訳さ。なんとも不自由な"愛情"だね」

   ガウウウ!とチロルは我慢出来ずにクロスに飛び掛かりました。

   ギャン!

   しかしその太い鎖はチロルに十分な動きをさせる事を許さず、首に絡みつきました。

「さっきから何やってんでぇいこいつは!へへへ、お嬢さんすいませんね本当に。よかったらこの人参オマケしやすから……」

   主人にも叱られ、自分のせいでオマケまで付けてしまって、チロルはもう立つ瀬がありません。

「あーあ。呆れたもんだね。ご主人様に迷惑をかけるなんて。僕が君だったら人様に合わす顔が無くて暗い井戸の中にでも身投げする事を考えてしまうね」

   勝ち誇った様な顔でクロスは少女に抱かれて帰って行きました。


   面白くないのはチロルでした。クロスにいつも言い負かされて、自由に散歩もできない。

   内心、クロスの事を羨んでいる自分にまた腹が立ちました。

   「あいつが居なければ僕はこんなに悩まずに済んだんだ。彼は僕に取って悪魔の様な存在だ。だが、それはきっと僕が未熟な思考を持っているからに他ならなくて、きっとその存在を許容出来る様になれば……彼すらも愛する事が出来る様になるのだろうか」

「……いや、やっぱりその必要は無いな。僕は僕で、彼は彼なんだ」

   チロルなりに納得がいったのか、その日は満天の星空を眺めながら眠りに付きました。


   翌朝、店の主人がいつもの時間に店を開け、いつもの様に店先の杭に繋がれると、チロルの一日が始まります。

   野菜を買いに来たお客さんに愛想良くするように躾けられているので、チロルはそれが自分の仕事だと思っているのです。


「あの娘さん、どうやら大変らしいわね」

「どうもそのようね」

   野菜を買いに来たお客さん達は、八百屋を病院の待合室と勘違いしているのか、いつも有ること無いこと言い合っています。

「やれやれ、本当に人の噂話ばかり。毎日毎日よく飽きないものだよ」

   チロルは半ば呆れながらその様子を眺めていました。

「今度は結構深刻みたいね」

「あら、それじゃクロスちゃんも暫く見れないのかしら。寂しいわね」


   一体何の事なんだ?チロルは聞き耳を立てました。

「それにしても療養の為とは言え、別荘を買ってそこに引っ越すなんて、庶民には考えれない贅沢だわね」

「本当、羨ましいわ。ねぇ奥さん、あの娘さんが元気になって帰ってきたら私達もその別荘、お邪魔できないものかしらね」

   どうやらクロスのご主人様が身体を悪くして、この町から引っ越してしまうと言ったような事でした。

「という事はしばらくあいつの顔を見ないで済むって事か。……ふん。何が僕は鎖に繋がれていない自由な身だ。主人がいなけりゃ結局散歩にも出られないんじゃ、僕とそう変わりは無いじゃないか」

   チロルはやかましいクロスの暴言を聞かなくて済むと安堵しました。


   それから一週間程経って、クロスと少女の姿は町で見る事が無くなりました。

   初めは町の人達もクロスと少女の事を心配していましたが、段々その話も聞かなくなって行きました。

「どいつもこいつも勝手なもんだ。噂話に進展がなけりゃぱったり話題にも出さなくなる。人間なんてそんなもんなんだ。クロス、お前が姿を見せなけりゃ、少女もいつか忘れられちまうんだぞ……」

   チロルは姿を見せないクロスに対して何故か苛立っていました。

「なんで姿を見せないんだあいつは!僕と違って鎖にも繋がれていないし、自由な存在じゃあないのか!良いように町の人間に忘れられちまってもいいのか!クロスの大馬鹿野郎!」

   チロルはクロスの家の方に向かって吼えました。


「相変わらず耳に残るガナリ声だね」

「クロス!なんで此処に居るんだい!」

   チロルがビックリして腰を抜かしかけているとクロスは言いました。

「何で、って此処にいちゃいけない理由でもあるのか?僕の姿が見えなかったのがそんなに寂しかったのかい?天邪鬼も良いとこだね」

   イキナリ現れたのも驚きましたが、一匹では外に出られないと思っていたので余計に驚きました。

「寂しいだなんて一言たりとも言っちゃあいないだろ。勝手に家を出て来て怒られないのか」

「何で屋敷を出るのに許可がいるんだい?僕は君と違って鎖に繋がれていないからね。それにここ最近町に来なかったのはご主人が引っ越した後、屋敷の者を僕の可愛さで癒していたんだ。僕は僕なりに忙しいのさ」

   相変わらず口の減らないクロスでしたが、ちょっと様子が普段と違いました。

   口では強がっている風でしたが、後脚は弱々しく内側に曲がり、普段は優雅にくゆらせていた尻尾も何処へやら、後脚の間に仕舞い込んでいました。

「……なんだい。お前、外を一匹で歩くの……もしかして怖いのか?」

   聞くまでも無く誰の目にもそれは明らかでしたがクロスは慌てて否定しました。

「怖い?僕がかい?冗談としては三流も良い所だ。僕をそんな弱者に仕立て上げようなんて本当に君は知恵が回らなくなったんだね。犬として産まれなくて感謝してもしきれないよ」

   どれだけ強がりを言ってもチロルは呆れるばかりでした。

「これ以上君とクダラナイ話をしている暇は無いんでね。失礼させて貰うよ」

「おい、そんな怯えたままで何処に行くんだい?家に帰るのか?帰れるのか?」

「僕の仕事にこれから向かうんだ。……それに僕は怯えてもいないし、家にだってまっすぐ帰れるからな!低俗な事を言うな!」

   シュンとしょげていた尻尾は、ブワッと太くなり威勢良く歩いて行きました。

「やれやれ。どういうつもりか知らないが、あんな調子で大丈夫かね」

   チロルの心配は後ほど当たってしまう事になるのですが、今は全てが平和でした。


「あら?クロスちゃんじゃない!?一人でお散歩なんて偉いわねー」

「あらあら、久しぶりじゃないの!お嬢さんが居なくても一人で来れるのね」

「お嬢さんはまだ元気にならないのかしら?元気になったら教えてね、おばちゃん一番最初に別荘の予約申し込みに行くから」

   町の人達はクロスの姿を見る度に大喜びでした。クロスの言う"仕事"とは、こうして町を散歩する事でした。

「ふん。まるで僕が死んでたみたいな騒ぎだな。ご主人が帰って来たらもっと騒ぎ立てるだろうな。しかし……なんで人間ってやつは僕の年齢も知らない癖に赤ん坊を相手にする様な口振りなのだ。対象が可愛いと言うだけで自分も可愛くなったつもりなのだろうか。そうだとしたらそれは自己防衛ってやつなのか。自分の愚かさに気づいているのなら大したものだがね。……しかし最後の奴はなんなんだ。予約ってなんだいったい」

   愚痴を言いながらもクロスは何処となく嬉しそうでした。

   一通り町を練り歩くと満足したのか、家路につこうとした時に自分の過ちに気づいてしまいました。

「……しまった。此処は一体何処なんだ。確かあっちの方から来たから……家の近くには森が有ったし……多分向こうに歩いていけばそのうち家に着くだろう……」


   クロスの唯一の弱点は方向音痴だったのです。

   迷いながらも町を出たのはいいですが、まったく見当違いの方向に歩いているのをクロスはまったく気づいていません。

「ここは僕が見覚えのある森じゃぁ……ないな……。でも大丈夫だろう。僕の帰巣本能がそういっている」

   しかしクロスはますます迷ってしまい、最終的に裏山に出てしまいました。

「おかしいな、裏山に出たってことはまったく逆の方角じゃないか。家が勝手に動いたとも考えにくいし……随分変な事もあるものだ」

   徹底的に自分の過ちを認めないクロスの根性は大したものでした。

   「おいおい、随分と此処に似つかわしく無いやつがいるじゃないか。どうしたんだいお嬢さん」

   タイミングが悪いのか、住み着いている野良犬の群れがクロスに絡んできました。

「僕はお嬢さんではない。それに似つかわしくなければ此処に居てはいけないのか?此処は誰の土地でもないだろう」

「随分と生意気な口を聞くじゃねえか。おい、お前ら少し痛めつけてやりな」

    体躯の大きい野良犬達がクロスに向かって行くと、クロスは一歩も怯まずに立ち向かいますが、必死の抵抗も虚しく返り討ちにあってしまいます。

「生意気な口を聞くだけはあるが、所詮猫なんざ俺らに敵う訳ねえんだ。……ん?随分立派な首輪をしているじゃねぇか。野良犬の俺達に当てつけかい。おい、そんなもの引きちぎってやれ」

   野良犬のボスの号令と同時に何匹かが一斉に首輪に噛み付き、クロスの身体を弄び出しました。

「や、やめろ!汚らしい口で首輪に触れるんじゃない!」

   抵抗する気力もとうに無い筈でしたが、首輪だけは死守しようと必死に身をよじります。

   しかし小さな身体のクロスが敵う筈もなく敢え無く首輪は千切れてしまいました。

   クロスの小さな身体は見るも無残な姿に変わり果てました。

   耳は欠けて尻尾は千切れ、首の辺りの肉は裂けて骨が見えていました。

   好き放題にクロスを弄んだ犬達は満足したのか、裏山の住処に帰って行きました。

「……低俗な者たちめ……こんな事で……僕が折れると思うなよ……」

   

   ボロ雑巾の様になった身体で引きずる様に、最後の力を振り絞って歩き始めました。

   行き着く先は散歩をしていたあの、町でした。

   無意識にその方角を辿ったのかクロスにも分かりませんが、家に帰るのでは無く、向かった先はあの"町"だったんです。


「あらやだ奥さん、見てご覧なさいよ。汚らしい猫が居るわ」

「本当に。あの綺麗なクロスちゃんとは似ても似つかない様な汚らわしい薄汚い猫ね」

   変わり果てたその姿は、誰もクロスだとは気がつかない程になっていました。

「僕が僕でいる為のアイデンティティが無いんじゃあ、それもしょうがないさ……。だからこそ僕は……」

   クロスが行き着いた先は鎖に繋がれたチロルが居る八百屋でした。

「どうしたんだクロス!いったい何が有ったって言うんだ!」

   チロルだけはボロ雑巾がクロスであると直ぐ認識できました。

「僕の……首輪が裏山に……。此処に居る間は……僕でいたいんだ」

   それがクロスの最後の言葉になりました。

「君でいたいんだな。分かったよ。君はやっぱり大馬鹿野郎だ」

   チロルはクロスの最後の言葉を聞くと、鎖が繋がって居る杭に体当たりを始めました。

「鎖に、繋がれていたから、ここから動けなかったんじゃない!僕はここに居たかったら繋がれていたんだ。クロス、君に一つ貸しが出来たな。帰ったらちゃんと返して貰うからな!」

   杭は体当たりの衝撃で次第に斜めになり、繋がれた鎖がするりと抜けました。

   自由の身になったチロルは一目散に裏山に向かいました。

「僕の鼻が君の足跡を明確に教えてくれる。この便利な鼻を持って産まれたことに感謝してくれよ」

   一寸の迷いも無く裏山まで駆け出したチロルはクロスの臭いを辿り、ボロボロになった首輪の元に辿り着きました。

「なんでぇなんでぇ。今日は珍しい客が良く来る日だな」

   先程クロスを襲った野良犬達が、裏山に入ったチロルに気づき姿を見せたのでした。

「貴様等がクロスをあんな目にあわせたのだな。向かって来るなら掛かってくるがいい。ただしクロスの気持ちを踏み躙った罰は受けて貰う。それ相応の覚悟を持って来たまえ」

「何を訳の分からない事をごちゃごちゃと言ってやがんでぇ。お前もあのドラ猫と同じ目にあわせてやる。いけお前ら!」

   しかし、ボス犬の号令に他の犬たちはすくんだまま動けず従いませんでした。

   チロルの眼光の鋭さに怯えてしまったのか、尻尾を折り畳んで後ずさりする犬もいます。

「この根性無しどもが!俺様が意気地無しのお前らに見本を見せてやる!」

   ボス犬がチロルに飛び掛かるやいなや、チロルは身を翻し、ボス犬を投げ飛ばしました。

「その足りない頭に少しでも太古の記憶が残っているならば思い出すが良い。誰が貴様らに命を与えたのかをな」

   チロルの怒号の凄まじさに野良犬達はすごすごと裏山の奥に帰って行きました。

「クロスだって、最初からこうすりゃ良いものを……。つまらない意地を張るからあんな目に会うんだ」

   チロルはボロボロに千切れた首輪を咥えて町に戻って行きました。 

   その日からチロルの仕事が増えました。

   その仕事とは、クロスがした様に赤い首輪を見せつける様に、少女とクロスの記憶が町の人から消えない様に散歩をする事でした。



_____「随分と痛い目に合わせてしまったが、これでお前の名前は正式にお前の物となったのじゃ。其の名の通り十字架を背負った気持ちはどうかね?」

「まだ実感が湧きません。ただ色んな事が分かりました」

「ほう。何が分かったんだね」

「人間は思慮深い者もいればそうでない者もいる。愛情深い者もいれば愛情すら知らない者もいる。それは人間ならず動物も同じだと。全てを理解するには膨大な時間が必要であり、今回私に与えられた時間では足らなすぎます」

「成る程。ではどうするのかね」

「暫くこのまま様子を見ます。あなたがこの世界を作り直すには、まだ到底早過ぎる」

「ふむ。それがお前の考えなら尊重しようじゃないか。……それとお前には今回辛い想いをさせてしまった。詫びと言う訳じゃないが何か一つ我儘を聞いてやろう。何かないかね?」

「……私が我儘を言える様な身じゃない事はお分かりなのではないですか?」

「そう言わずに」

「……分かりました。では私では無く、一人の少女の願いを叶えてやってください」

「ほう。それでお前が良いなら構わないぞ」

「少女は最後の願いにこう言いました。”もし生まれ変われるなら、また人間の女の子に生まれたい。そして、猫のクロスとまた一緒に暮らしたい”と……」

「随分お前も下の世界に染まったものだな……。まぁ、前向きに検討しておくよ」