洋裁&着物リメイクおしゃれ日記

こんばんは。

またまたブログの間隔が開いてしまった💦💦私は元気です😃


さてさて、購入した家庭用コンピューターミシン、早速使ってみました。


機種はブラザーのPS203Xになります。


価格は¥24000 (安っ!)

アマゾンで購入しました。キャッシュバックが¥2000あったので、少し安くなりました。

メルカリで¥20000で出品されてたけど、誰か使ってたものと新品とで¥2000しか変わらないなら新品にしようと思って!




開けてみてあまりの軽さにビックリ👀!
大丈夫かーと思ったけど、大丈夫でした🤭

↑おまけをつけてくれてた。

↑セットの押さえ。

普段JUKIの職業用ミシンの重さに慣れてるので、ちょっとおもちゃみたいに思ってしまったけど、直線縫いもきれいに縫えた。

上糸が少しつってるように思うけど許容範囲かなぁ。調整の仕方が分からなかった。

色々縫ってみた。↓
面白いー!
13番とか15番、可愛い❤
色々遊べそう🤗

問題のボタンホール♪
(これが家庭用ミシンを購入した目的)
まずまずいいんじゃない?
縫い目0.2 幅4.5がBESTだった。

17番は13㎜のボタン、18番は20㎜のボタンです。
左端の押さえレバーをついつい下げ忘れてしまう💦

うん。これだったらまぁ満足かなー。

外注に比べたらもちろん劣るけど、シャツやブラウスなら十分そう。コートとか2cm以上のボタンになると考えよう!

3月もあっという間に終わっちゃいますね〜。
もう陽射しが春🌸って感じで気持ちだけでも嬉しくなってきます。
4月はもう少しマメに更新したいです!


またまたブログアップがおろそかになってしまった。


私は何とか元気です😃


先週、病院に行ってきたら、かかとの傷口が膿んでしまっててインソール作るのが延期になってしまいました。


傷口ふさがってたのに、前回、先生が無理やりかさぶたをはがしたからか?その後の私の処置が悪かったのか?とにかくバイ菌が入ったのでまた抗生剤飲む事になった。

抗生剤の副作用…とにかく眠くなる!まぁそれはいいとして、本当に気をつけないとダメだわと反省(;´д`)

明日また病院なんだけど、良くなってますように!


ところで、こんなんお迎えしました。


じゃーん!
ブラザーの家庭用ミシン。
ボタンホール用に迷いに迷ったあげく購入。
ちゃんと仕事してくれるかなぁ?
ちなみに、まだ、開けてません。

少し前からメルカリを始めたんだけど、とうとう服も出品してみました。

が、が、、、なかなか売れません🤣
新参者には厳しいわ。

というか、たぶんお値段を下げたら売れるんでしょうね。ビックリするほどお安く出品してる方も多くて、それってどうなんだろう?って思ったり。値段設定難しい。

とりあえず今は売れなくてもたくさん作ってアップしていこうと思ってます。

そんなんでミシンも購入しちゃったんですけどね。

メルカリで試しに銘仙も買ってみた。

自分以外の人の服を作るのも楽しくなってきた。夢中になると他の事が止まっちゃうのは悪い癖ですわ爆笑


今日は気になっていたことを片付けてきた。


一つは今回の病気で大学病院に紹介状を書いてくれた皮膚科の先生への挨拶とお礼。


先生の紹介状に心打たれたと大学病院の主治医が言ってた。どんなメッセージを書いてくれたのやら?


皮膚科の先生は 僕、何にもしてないのにこの為だけにわざわざ来てくれたんですか?って驚いてたけど、先生の的確な判断があっての私の今がある。


足を見てもらったら、ここまで出来るのは大学病院やからやね。ほんまにいい先生に当たったね!僕は先生選んだ訳じゃないから…と言ってくれた。


とにかく、先生にお礼が言えてほっとした。


それから百貨店に行き、弟の会社の人へのお香典返し(満中陰志が私の入院で間に合わなかった)に志として商品券を包むことにした。


もう8ヶ月もほったらかしで、一応総務の人には入院中ですとは言ってあるだけど、気になっていた。


私が今、車の運転が出来ないので、お助けマンの従兄弟に連れて行ってもらい2つとも完了!ほっとした。


百貨店には車椅子で行ったよ。(従兄弟に借りた)

車椅子でエレベーターに乗ったり、トイレ行ったり、レストランに行ったり…。病院外で車椅子に乗ることなんてまずないからこんな感じなんだと思った。


車椅子乗ってるとエレベーターでもどこでも人が気を遣って親切にしてくれるんですね。


でも早く車椅子なしで歩けるようになりたい!


先日、リハビリを多めにした日があって、その日から膝が痛くなってしまった。

私、膝を痛めたことがないのでこういうのっていつになったら治るのか検討つかない。

腰と同じような感じかなぁ。

今日は百貨店以外は頑張って歩いたので膝が悲鳴あげてるよー。

リハビリって本当に難しい。


さて、あとやる事は、柚子ポン酢作りとお味噌作り。

柚子は13kg取れて、絞り汁は3600ml
今年で作るの3回目です。1年は十分持つのでここ数年はポン酢を買ってない。

それからお味噌は今回4回目。
3回目のお味噌作りは麹の量を間違えてしまった。ま、それでもそれなりのが出来たけど。2つとも2月中に作りまーす。



ふ今日節分は恵方巻を食べる日!って関西だけ?


恵方巻をお昼に作った。

酢飯ではなくキンパみたいに味のついてない白飯で。



恵方巻は切って食べたらだめなんだけど、普通に切って今年の吉方南南東も向かずに食べちゃった🤭

白飯だとちょっと頼りないので塩を投入した方が良さそう。私は塩を控えない人なので、追い塩して食べました。

午前中に母に頼まれてた老眼鏡入れを作った。(簡単仕様)

ついでにコースターも!


コースター敷いて3時のお茶☕


昨日リハビリで外に出て15分×2回歩いたら膝と腰が痛くなってしまった。

急に歩数を増やしたら負担かかるのね。
焦らずゆっくりリハビリしよう…てことで、今日は筋肉休めの日です。




退院から3週間経ってようやくミシンを触り始めました!


2階の洋裁部屋は極寒なのでミシンを1階のリビングまで降ろしてもらいました。


しばらくリビングで洋裁をしまーす。


先週からパターンを引き始め、フレンチスリーブのブラウスとフラットカラーのブラウスと長袖のウエスト切り替えなしのワンピースのパターンを引きました。


また順番にトワル組んでいきまーす。


今日はリハビリミシンとして🤭ちょっとそこまでミニバッグを作りました。



前にこの着物生地でスカートを作ったのですが、その余り生地です。
サイズ縦25×横22 持ち手28cm です。
持ち手の幅を1cmにしたのですが、このミニにはこの細さが合ってる。

生地が足りなかったので接いでいます。

中はオレンジ色の八掛。
この色はほぼ色落ちしなかったのを確認済。
ポケットも一応つけた。

作ってみて、やっぱり小物作るの苦手~と思った。もっと要領よくピシッと作りたい!

さて、退院してから今更ながらなんだけどメルカリを始めてみた。

まだ今は購入のみなんだけど、色々見てたら楽しくて!早速洋裁の副資材を買い始めた。早速沼にはまりそう爆笑

いつか着物リメイク品も出そうかな~と考え中です。




こんばんは。

入院生活の続きです。

 

約半年の入院生活でしたが、最初の3ヵ月は本当に怖かった。

私は日記をつけるタイプなんですが、怖すぎて日記が書けなかったんですよね。

日記は10月中旬からようやく書けるようになってきた。いや、書きたいと思える余裕が出てきた。セリアの百均で買ったB6ノート(今のお気に入り🎵)に思ってることを吐き出すように書き始めた。

 

入院中はTVは全く見ずに、YouTube観たり、またTVerで韓国ドラマを観たりしてたけど、時間潰しにやってたのが数独です。もともとこういうのは全然得意じゃないんだけど、やりだすと結構はまるんですね~。でも数独やってるのって年配の方ばかりと看護師さんが言ってた。

私もその中の一人なのね( ´艸`)

 

入院生活で実は一番心にしみたのは看護助手さんやお掃除の方の声掛けだったかもです。

 

大学病院では毎日ごみ箱のごみを取りに来てくれてベッド周りをお掃除してくれる方がいらっしゃって毎日声を掛けてくれるんです。

 

別におはようございますって言ってごみだけ取るのでもお仕事としてはOKなんでしょうが、必ず「今日は暑いですね~」とか時候の挨拶から始まってちょっとした世間話をして下さる。

もちろん私だけではなく、患者さん全員にそうされてる。

毎日毎日にこにこ笑顔で声を掛けるって出来そうで出来ないような気がして、本当に頭が下がりました。

 

また私はある看護助手さんに本当に救われたんです。

その人は50代半ばの男性の看護助手さんだったけど、夕方から夜にかけて病院で働かれてて、すごく元気で患者さんにやっぱり優しく声掛けされてる人でした。

 

私が治療に行き詰まりすごく落ち込んでる時期(9月中旬~10月上旬頃)バルーンにたまった尿を取りに来てくれるのがその人の仕事の一つだったんだけど、その尿を取ってくれる時間に色んな話をした。(考えてみると普段では恥ずかしいことだけど、入院中は尿を取ってもらうことを恥ずかしいと思うこともなかった)

 

その人はおちゃめな人だったので「今日は作り笑いしてましたね~。え?分かりますよ。毎日見てるからちょっとした表情でどんな状況かすぐに分かりますわ。」とか「病院の先生は最悪の事態のことしか言わんから気にせん方がいい。絶対に良くなってるから。あまりくよくよせずに病気のことは忘れた方がええよ。」そんな事とか、廊下であったらおちょけて笑わせてくれたり、たまにどうしてこの仕事をしているのか…自分が大病したときにどうやって立ち直ったかとかそういう真剣な話もしたりした。

 

入院最後の日にわざわざ長い時間を取って激励の言葉をくれて私は涙が出そうになった。

その人の優しさがどこから来てるんだろうとずっと不思議に思ってたけど、最後の日にその理由がわかった。

もうずいぶん前にその人は自分の1番大切な人を事故で亡くされるという経験をされていたのだった。

そのショックで大病し、それを克服されてから今の仕事をされているみたいだったけど、やっぱりすごく辛い体験をしそれを乗り越えた人って何か違う。

懐が深いというか上手く言えないけど心底から温かいの。


こんな男性、私の周りにはいないので(笑)本当にいい人に出会ったなあ…と思った。(恋は芽生えないけどね)


一番辛かった時に励ましてくれて優しくしてもらったことは一生忘れないだろう。


そして私もそれが出来る人間になりたいと強く思ったのでした。

 

 

 

こんにちは。


ようやく洋裁始めようかなって気分になってきました。


まずは入院前にボタンつけを残したままのこちらにもスナップボタンをつけました。


これ、本当は中心線が端から1.5cmなのに2cmのところに間違えてつけてしまった!


なので写真見てもボタンが中心から外れてますよねー。

スナップボタン18個分はやり直す元気がないので、後でボタンだけ修正しよう〜。

ちゃんとパターン確認しないといけませんね!


このパターン衿元がつまってるので2cmほど下げることにしました。

身頃修正すると衿ももれなく修正なのが面倒ですよね。
でも久々のパターン…楽しいわ~🤗

早く裁断して縫いたいけどミシンが冷たすぎて触れない(-_-;)私のミシン部屋極寒なんで。

しばらくパターン引いときましょうかね。

入院生活のことちょっと振り返ってみます。

興味のない方はスルーしてくださいね!

 

リハビリ病院は手術を終えて気持ちに余裕のある高齢者の方々が多くいらっしゃいました。

60手前の私はまだ若手のひよっこ扱いです。

 

大学病院ではみんな手術を終えたばかりで余裕がないのか、あまり他の患者さんとしゃべるってことなかったのですよ。(きっと私が一番余裕がなかったのだが…)

 

リハビリ病院では車椅子で移動してトイレに行ってましたが、ある時部屋に帰って来たら隣のベッドの患者さんが床に蹲ってあわあわしてたんですね。

 

私も慌てて助けなきゃ!!と思ったのですが、自分が車椅子に乗ってることをすっかり忘れて立ち上がろうとして、いやいや無理やん、と、その方のベッド横のナースコールを這いつくばって押しに行きました。

 

そんなことがあってバタバタした日にそれを見ていた患者さんの一人とデイルームで一緒になって「さっきは大変やったね~」とか言って話すようになりました。

 

その方は社交的な方で年齢は79歳って言ってたから母親(81歳)と同世代の女性でした。

私だけじゃなく色んな方と気軽にしゃべられていたので、私もたまにご一緒させてもらいいつしかデイルームに集うグループみたいになっていきました。

 

年代は70後半から80代の方が多かったように思います。

みなさん、どこどこが悪いと自分の自己紹介みたいなのされてて、その中では私が1番若いけど1番重症ってことが分かりました~。

 

股関節とか膝関節を人工関節にする手術してたりとか、肋骨が何もしてないのに折れてしまってギブズみたいなのされてる方が多かったのですが、みなさん気持ちはとてもお元気で退院したらどこどこの何々食べに行きたいわ~とかおいしいお店の話や趣味の話などよくされていました。

 

79歳の方が暇だから塗り絵したり絵を書いたりして遊んでるんよ、とマイスケッチブックを見せてくれました。そこにはムーミンの絵がたくさん描かれてあり、画像を見てさらっと描いてるっておっしゃってたけどすごい上手かったです。その絵を見て、私も子供の頃ムーミン好きだったな~と思い出し後日マグカップを買ってしまったのでした。

 

2人の時は私にも絵描いてみたら?と勧めてくれて、ものすごく下手くそな絵を私も描いてみたりしました。

 

その方がクリスマスカードを描いてくれました。

すごい可愛いでしょ。ラブラブ

私が大学病院にまた戻らないとと凹んでる時も慰めてもらいました。

 

他に仲良くなったおじさん(おじいさん?)もいて、その人は夜景のきれいに見える個室にいるということで、夜突撃して一緒に夜景を楽しんだりしました。

 

普段こんな年齢の違う方々とお話しする機会のなかった私にはとても新鮮な経験でした。

 

一期一会というのか、もうたぶんお会いすることないのでしょうが、一緒の時間を楽しく過ごさせてもらえたことに感謝です。ニコニコ  (続く、、、まだ続くんかい!)

 

入院生活のことちょっと振り返ってみます。

興味のない方はスルーしてくださいね!

 

入院した大学病院は急性期の病院なので、治療が終わるとリハビリの出来る病院に転院しなければならなかった。

私の踵の傷はまだ完全には治ってなかったけど、リハビリしながら治していきましょうということで11月中旬にリハビリ出来る病院に転院した。

 

大学病院でも少しだけリハビリは始めていたけど、4ヶ月間ほとんど寝たきり状態だった私はまともに立つことも出来なかった。固定して動かしてなかった右足の指は少し動かすだけでも激痛だった。その状態で転院した私。

 

転院した当日、リハビリの先生が挨拶に来てくれた。

30代後半くらいの明るくて元気な女性の理学療法士さんだった。

私の足を触って「明日から頑張りましょうね!11時に下(リハビリのお部屋)に来てくださいね。」と言われた。

少しの会話だったけど、自分に合うタイプの人で良かったな~と思った。

 

次の日からリハビリが始まった。

午前中はマッサージから始まり念入りにほぐしてくれた。大学病院でのマッサージと全然違っていて、体のことをちゃんと説明しながら楽しい話を織り交ぜてリラックスモードで対応してくれた。

 

最初の日は平行棒の前で立ってみたけど、フラフラで手すりがないと倒れてしまう状態だった。先生が力の入れ方とか今こうした状態になるのがは何故なのかちゃんと説明しながらその日は終わった。

 

全然立てない状況から3日目には普通に立てるようになってきた。

それを見て先生が大げさなくらい褒めてくれた。「たった3日前はあんなにフラフラやったのにこの3日で立てるようになってんで!すごいことやわ!!」と。私は褒められたら伸びる…というのはこういうことかと本当に実感した。


それから午前中はマッサージと平行棒で歩く練習が始まり、午後は自主トレで先生が他の人を対応しながらたまに私を見てアドバイスくれる…のような形で進められていった。

平行棒を3往復するだけでゼイゼイいうほど私の体力は落ちていた。4ヶ月間寝ているってこういうことなのね。

 

最初の頃は立てても長い時間が立てなかったので、部屋(4人部屋の仕切りのスペース)に戻ってから窓に向かって1分立つ練習から始めた。それを×3回。それだけもはぁーとため息が出るほど疲れる。しかも左に傾いててフラフラする。

 

1分×3回を1日2回、次は1日3回、次は1分30秒×3回を1日2回・・・・てな感じて3分くらいまで続けていったと思う。

 

先生から筋肉が衰えているので回復するにの最低3ヵ月はかかるから、焦らずゆっくりとリハビリしてね。筋肉疲労させたら逆効果になることもあるからと説明されていた。

ということで、筋肉を休める日は何もせずにお尻のストレッチだけして終わることもあった。

 

先生に1か月で家に帰りたいので、松葉杖ではなく、普通の杖で歩けるように教えてくださいと言ってその形で指導してもらってたのだけど、、、

 

私の足の血流が急に悪くなりリハビリ病院の主治医がビビッてしまい、もう一度大学病院で傷を完全に治してからリハビリ病院に来てもらった方がいいのでは?と追い返されることになった。

 

大学病院に状態を見せに行くと、この状態は想定内だけど、血流も落ちていることは確かなのでもう一度ちゃんと検査しなおしましょうということになった。

 

私は少なからずショックを受けたけど(あと1週間でリハビリ終えて家に帰れると思っていたので)後で振り返るとその先生方の決断はとても良かったのでした。

 

リハビリの先生にはとても良くしてもらい、友達のように仲良くなったので、最後まで見てもらいたかった。残念だったな~。

たった3週間のリハビリだったけど飛躍的に進歩したことは本当に先生のおかげであった。

もっとちゃんと歩けるようになったら絶対に先生に挨拶に行こうと心に誓っている!

 

そしてまた大学病院に舞い戻った私です。

 

リハビリ病院では患者さんたちとも仲良くなって楽しい時間を過ごすことが出来た。(続く)

 

毎日、着物を解いています。

マグカップはムーミン。退院記念に購入しました♪
 

 
 

 

 

 

 

入院生活のことちょっと振り返ってみます。

興味のない方はスルーしてくださいね!

 

約6ヵ月(179日)の入院でした。

 

当初はここまで長くかかると私も先生方も思っていなかったのですが、踵の壊死が骨の感染症に広がってしまい、バイ菌を殺すのにとてもとても時間がかかったのでした。
 
最初の手術で壊死したところを削除し骨も削ってもらい、途中までの経過はすこぶる良かったのですが、皮膚を植皮する段階で骨がボロボロと砕けてしまってバイ菌がまだ死んでないことが分かったのです。
そこから骨に穴を開けて針で刺し抗生剤を直接流すという、私の入院した大学病院とあと2、3つくらいの病院しか取り入れてない最新の治療を行ってもらいました。
 
私の症状はとても重症だったので(そこまでほっておく自分も相当おかしかったのは置いといて…)最初の見立てでは9割切断は免れないと言われていたんです。
ただ担当の先生(女医さん)は、かなり難しいけど私は最善を尽くすから、それでもだめだった場合は申し訳ないけど、出来ることは全部やるから!と力強く言ってくれたんですよね。
多分この担当医じゃなかったら最初の見立て通りになっていたでしょう。
 
この女医さんが担当になったこと、最初のカテーテルの手術の時に塞がってた血管が奇跡的に開通したこと、等出だしは良かったのですが、バイ菌がなかなか死んでくれなかった時期、本当に落ち込みました。とにかく入院した当初から傷口が痛くて痛くてたまらんかったけど、骨に抗生剤を投与する治療はもう本当に痛みとの闘いだった。
 
形成外科、整形外科、循環器科、麻酔科、膠原病科、にかかり、検査に次ぐ検査の日々。
生食の点滴、抗生剤の点滴、おしっこの管を通すバルーンの装着。
点滴では血管の細い私は何度もやり直しされ(最高9回も!!)腕はいつも紫色になっていた。
 
先生からは厳しいこと言われるので(先生は最悪の事態を常に想定されるので仕方ないが)めちゃくちゃ落ち込んで日々体重は減っていって、とうとう40kgを切ってしまった!
(身長167㎝なのでどれだけガリガリか分かりますよね。現在42kgまで戻ってきました!)
 
髪を染められなかったので、いつしか前髪がグレイヘアに勝手に移行してしまって、一気に老け込んでしまった。メイクなし、ガリガリ、髪グレイってなかなか怖かったです。
 
骨に抗生剤投与の治療は2週間なのですが、その後は経過良く(その後また悪くなるのだが…)傷口の植皮の手術も無事に終わり、大学病院からリハビリの病院に一旦移ることになったのでした。(続く)
 
入院前に作っていたお洋服を昨日仕上げましたよニコニコ
 

去年はこれからお洋服を販売する予定で計画を立ててたんですよね。
まさかのまさかで、長い入院生活になりましたが、この服は販売用にサンプルで作ってみたんですよ。
 

今、ボタンホールを出しに行けないからスナップボタンをつけてみた。
スナップボタンってどうなんでしょうね?体の不自由な方とかマタニティのイメージ?
着物コートでは普通にスナップボタンだけどね。つけるの地味に大変!!

 

このサンプル服は私の還暦祝いのお洋服にしよ~かな~~~ウインク飛び出すハート