久しぶりのブログ投稿です![]()
夏真っ盛りですが、このところ東京も少し曇り気味で、暑さが和らいでいるようです。
実は、娘が里帰り出産を終え、徳島に帰ったので送りがてら一週間ほど行ってきました。
ちょうど、阿波踊りの時期でしたので見てきましたが、実際にライブで観ると盛り上がりますね。
とても楽しい時間を過ごすことができました。
愛孫との時間は、至福のひと時でした。
実は仕事で少し心身ともに疲れていたので、自分をリセットする時間が必要だったのだと思いますが、ジャストタイミングで、今の状況を冷静に見直すことができました。
”孤独解決セラピスト”を謳(うた)っている私にも、悩みはないわけではなく・・・
それなりにあるのです(苦笑)
男女間・家族の問題で相談を受けることが多いのですが、こんなご相談をいただきました。
子供の頃から、感性の違う母親との食い違いに悩んでいたという女性、自分自身”家族との関わり方に悩み、2年近く心理の講座を受講して色々学び、これまでの自分の家族への関わり方を見直すことが出来たとのこと、当時その方に「真摯に学んだ結果ですね」と、伝えました。
ところが、先日久しぶりに相談したいとのご連絡でお話を伺ったところ、下記のような内容でした。
(以下、ご本人了解のもと、掲載させていただきます)
結婚して大阪に住んでいる娘がおめでたで、悪阻(つわり)がひどいので、1週間ほど手伝いに行った時のこと、共働きで余裕があるわけではないのはわかっていたけれど、少々ショックなことがあったそうです。
母親(相談者の女性)に対して、自分の食べる分は材料買って欲しいといわれ・・もちろん買い物には行くつもりでいたけれど、その前に言われたことがショックだったそうです。
その後、娘は母親が来てホッとしたのか、食欲も出て、作る料理はきれいに食べてくれたそうですが、何となく彼女も意地を張ってしまい、作る料理は娘にだけ食べさせ、自分は納豆ご飯で済ませたとのこと、更にショックだったことには、それに対して、娘さんは「お母さんも食べて」とは言わず、作る料理を美味しいでもなく黙々と食べていたそうです。
感受性の強い娘に対して、未熟だった自分は「至らない関わり方をしていた」事に気づき、後悔と申し訳なかったという思いがあり、娘自身も苦しい中で自分に対して素直になれない気持ちと葛藤しているのだろうと思っているそうです。
そこはさすがに学んだことを活かして、その事自体は受け入れることが出来たそうですが、問題はその後でした。
自分の母親にそのことを話したら、「甘えているだけよ、ちゃんと分かっているから大丈夫、気にしなさんな」と、軽く言われ、娘さんと自分の関係性は、生まれたときから色々あって、そんな簡単な一言で済まされるものではないと、話したことでかえって一層憂鬱になってしまったそうです。
その後も、ちょっと言った一言に対して、十言返ってきて、その日は散々言われっぱなしで、意気消沈してしまったとのことでした。
娘と母親の関係は、同性なだけに概して難しいことが多いもので、私自身もそうです。
心理の勉強をすると、人を変えるのは難しいので、自分の見方・捉え方を変えるということを学びますが、心が疲弊しているときは、なかなかその余裕がありません。
先ずは、自分の気持ちをそのまま受け止めて欲しいものなのです。
母親は、良かれと思って慰めているつもりなので(もちろん、意地悪を言うなどとは思っていないはずです)、娘の神経を逆撫でしているなんで、夢にも思っていません。
だから尚更ややこしいのですが、母親は自分の感性であれこれ言うのではなく、何かあった時には、丸ごと受け止めてあげる存在であって欲しいものです。
近い人ほど、親身になって「何とかしてあげよう」と思うあまり、色々なアドバイスをするものです。
私はカウンセラーとしてお話を伺いますが、”家族の支え”に変わるほどの存在にはなり得ません。
心から信頼できる家族ほど強力な存在はないと思います。
支えあうことで大切なのは、”分かり合う”ことではなく、”信頼できる”ことです。
人のことを(家族であっても、別の人格です)”100%分かる”ことは無理ですが、”信頼できる存在になる”ことは出来ます。
身近にその様な人がいない時は、出来る限りその方により沿い、思いを共有したいと思っております。
「近くの親戚より遠くの他人」という言葉がありますが、家族は互いの思いが強いが故に、むずかしいものなのです。
夏も、後半に差しかかってきましたが、これからは残暑となりますので、お疲れが出ませんよう・・・。
