こんにちは。
ITコンサルのベンチャー企業で働いている者です。
前回は初めてのブログ投稿でしたが
コメントやいいねを頂き、大変うれしく存じます。
それではこの記事の内容に入らせて頂きます。
前回は、〈出生から大学入学まで〉の出来事を赤裸々に書かせて頂きましたが、
今回はそれ以降の出来事についてです。かなり紆余曲折ありましたが、
暇つぶし程度に、ご気楽にご拝読ください。
【大学入学~中退、専門学校入学まで】
大学に入学してからは、まず他の人と同様に入学の前に事前にツイッターを通して
同じ学部の知り合いを作ったり、入学式や同じゼミの仲間を通して知り合いを増やした。
バイト(牛丼チェーン、複合カフェ)や同じく一人暮らしをしている大学の友達同士でお泊りをして
夜通し、同じ学部内の好きな子の話をしたり、ごく普通の大学生活を送る。
一か月後→飽きてきた・・・。
周りの人たちにあまり将来についての目標を持っている人が少なく、
成長できる環境ではないと思った(今思うと、かなり自惚れている) という理由で大学に行かなくなる。
元々、何か一つの物事に熱中したり冷めたりしやすい性格であったため(ADHDかも?)
中学高校と、いろいろ悩んだり挫折してきており、そのことで苦労してきたため、
「苦労した分大きな成功を成し遂げたい」という想いが自分の中で強く芽生えていた。
その当時、大学にも行かずに、家でテレビを見ていると長らく休業していた「宇多田ヒカルの復帰特番」が流れていた。
端的に言うとそのインタービューの回答内容の奥深さに魅了された。→音楽にのめり込む。曲を作ったり、グランドピアノや合計2万くらいする音大受験用テキスト(和声、対位法など)を購入して勉強した。熱中した。楽しかった。
→そんなことをしていたら、大学一年生の夏ころ(8月くらい)
親から連絡が来た。「大学の成績表が実家に届いたよ。」と。
そのメッセージを確認して心臓がドキッとした。
もちろんテストどころか大学には5月から行かなくなっていたため、取得単位はほとんど「0」
両親との電話の後、実家へ強制送還となった。そして実家での臨時家族会議の開催。
音楽の学校に通いたいのが本音だが、そんなことは口が裂けても言えないので
ひとまず一年で公務員の専門を出て、税務署に就職した友人がいたため、その友人の例を提示して
大学を中退。
翌年の四月に公務員の専門学校(1年制)へ入学。就職浪人をしている方々も多くクラスメイトは、
年上や年下の方が多く、同い年は1人しかいなかったが、思いのほか楽しかった。ほとんど
クラスの人たち全員と仲良くなった。先輩からも毎日のように温泉や食事に誘われてひたすら語っていた。
今考えると公務員の専門学校は、大学と違い、通う1年間通して「就職」という共通目標があり、部活動のように目標に向かって切磋琢磨していたため
自分に合っていて楽しめたと思う。そのような環境を求めている方にはお勧め致します。
また、入学して2か月が過ぎた、6月時点で関東の警察職員に合格した。(多分剣道二段の資格をもっていたおかげ)
個人的にが音楽がやりたい。でも実力もないし、すぐにマネタイズは難しい。今から音大に通うのも金銭的に難しい。
結果、とりあえず内定先はすぐに決まり、残りの期間(約10か月)はほんとにただの
「社会人になるまでのモラトリアム期間」として専門学校に通いながら過ぎていった。
結局、悩んだ末、警察職員にはならなかった。
まだ自分の中で就職(しかも周りの人たちに合わせて受けただけ)することに折り合いがつかなかった。
就業開始目前の2月に逃亡するように近くに住んでいる
友達の家に居候した。就職は辞めて、独断と偏見でモラトリアム期間、延長(笑)。
両親には、就職すると言っていたのにこの時、ほんとにご迷惑をお掛けしました・・・
いろいろありましたが、今では本当に仲良しです(笑)
【専門学校卒業から芸能スクール入学そして社会人になるまで】
その後、四月に周りの専門の同期が社会人として働いている中、
「圧倒的成長」と「楽しそう」という安直な目的で、芸能スクールに入学した(計130万すべて自費のアルバイト代で賄う)。
入学して感じたこと。まずは1分でも遅刻したら怒られるような校風に、「軍隊みたいな環境」だと感じた。
想像だと尊敬できるようなすごい仲間がたくさんいるのかなと思っていたが
どちらかというと青春したい!というような学生っぽい雰囲気が感じられた。
→あまり自分とは合わずに一か月で通わなくなる。辞める。130万くらいかかったが自己成長のための
「経験」という名の投資だと
思ってさほど気にはしなかった(「入学前に気づけ」とこの時の自分に激しめのツッコミを入れたい(笑))。
【社会人になってからの成功体験及び転職するまで】
こんな私でも、専門学校入学当初からずっと続けてきたことが1つだけありました。
それは「中高大学受験向けの学習塾の講師アルバイト」です。
自分がモラトリアム期間で悩んでいた分、同じような悩みを持つ子供たちの気持ちが分かり、仲良くなれたし、
子供たちは、こんな自分にも忖度なしにありのままの笑顔で接してくれる。
当時の自分にはとても居心地が良かった。心の底から
「この子たちのためなら、自分の時間を使いたい。子供たちのためにすこしでもなりたい。」
と思った。合格した生徒に、うれしいお言葉を頂き、思いがけず感動して家に帰ってからひとり涙したこともあった。
そのような経緯でひとまず成果をかって頂いたこともあり、正社員として業界最大手の教育会社に総合職として入社した。
ちょうど同年代の大学生が卒業して、働き始めるタイミングと重なった。
教室長として関東の校舎に赴任した。子供たちのことが大好きでやりがいがあり、楽しく天職だと感じた。
もちろん、正社員一人でアルバイトの講師の方々のマネジメントや、入出金管理、給与や授業料の管理、授業日程の作成など行うため、初めのうちはマルチタスクによる業務量の多さに、とても苦労した。
また、校舎の売り上げをたてるために、親御さんとの入塾説明や年3回ほど行われる在籍生徒の親御様との
定期面談時も基本的に一人で行った。その際の、季節講習の受講内容や金額に関する商談も重要業務のひとつであった。塾運営は完全にBtoCであった。売り上げや生徒数が伸び悩み、閉校する校舎も多々あった。
塾業界のビッグイベント言えばやはり「夏季・冬期講習」だった。
幸運なことに親御様や生徒の方にも恵まれて、
全国直営校250ー舎以上の中で平均授業単価が在籍していた2年間ずっと1位を獲得することができた。
季節講習の面談の際にも、過剰な提案はせずに、生徒のことを第一に考えて本当に必要な内容や学習料のみご提案した。特に季節講習は、受験生にとっては部活動を引退して、夏明けまでに基礎を復習する重要なイベントなのである。
そのため、お金や経営云々ではなく生徒のためにひたすら根拠資料を作り、親御様に必要性も訴求した。
生徒のためにも本当に必要だと感じたからである。
その結果、毎年、塾部門では250校以上の中からエクセルを使って全社でランキングをつけ、全体発表されるのだが、
入社二年目の時には夏季、冬期ともに全国TOP3以内にランクインした。全社に向けて成功の秘訣を
発表する機会も与えられた。役職も同じタイミングで入社した社員の中では
一番初めに主任となった。
そのような毎日を過ごす中で、成功体験のひとつとして自信がついた。
その経験も踏まえてさらなる成長を求めて
伸びている業界、急成長しているベンチャー会社を軸に、
キャリアアップを求めて転職活動を行った。前職の経験が活きて、希望の会社にうまく就職することができた。
そしてそこから新たな社会人としてキャリアが始まりました。大変だったことやうれしかった成功体験など
たくさんありました。また今後の社会人としてのエピソードも執筆いたしますので
暇つぶし程度にぜひご覧ください。
知り合いの大学教授や商工会議所、ベンチャーキャピタルに通い、
「事業計画書」や「30歳までに実現させるフリーランス計画」の作成も同時並行して行いました。
不動産ベンチャーでの営業を経て、現在は急成長しているITコンサルのベンチャー企業で
働きながら日々猛進しております。
前回も記載致しましたが、【このブログを始めた理由】としては
・30歳までに実現させるフリーランス計画の遂行
・将来コラボする同じ志を持った成長を求めている方を探している
という目的があります。
これからも転職してからの話や、営業の際に心がけていることなど
これからの記事でも赤裸々に綴っていきます。
ですので、仕事以外でも趣味や考え方など、ご気軽にコメントでお話しして頂けると嬉しいです!
同じように成長を求めている方、一緒に邁進していきましょう。
長文になりましたが、今回もご拝読頂き誠にありがとうございます。
また次回の記事でも、自身のことを赤裸々に綴っていきます。
拙い文章ですが最後までご拝読頂き
誠心誠意、感謝致します。
では!