DVDとかBlu-rayって、
余程その作品が気に入らないと買わないのですが、
最近、お気に入りの、
いや、お気に入りという言葉は相応しくないかも、
物凄く自分の中の「何か」を刺激された作品に出会ってしまったので、
Amazonで3回レンタルした結果、購入致しました。
こう言う作品を見ると、必ず私は周りから、
やれ「右翼」だの「左翼」だの言われますが
別にそう言う思考を揺さぶられたから買ったわけでなく、
「三島由紀夫」と言う人物に興味を持っただけです。
ちなみにこの記事のタイトルにした「不協和音」は、
この映画で使われている音楽から感じた言葉です。
不協和音とはまた違うのだけれども、
どこか不安定な音、音階、音楽で、
見ているこちらが凄く
「不安」「不安定」な気持ちになるのです。
「不安定」にさせられた状態で見るこの内容。
そもそもが軽いモノじゃないので、
相乗効果でまた不安感に襲われます。
この事件は、個人的にですけれども、
単純に「三島由紀夫の自殺」だったんじゃないかなぁとぼんやり考えるわけです。
常に死に場所や死に方を考えていて、
死に美しさを見出していた。
自分が思う「美しい死に方」、
そして「相応しい死に場所」を求めていたのではないかと。
「日本では死は文化」とか、
良く「ステレオタイプに描かれた日本」で言われてますけれども、
それとは全く違った意味だと思います。
きっと、三島由紀夫の中では「割腹自殺」こそが
「自分に相応しい美しい死に方」だったんでしょう。
誰もがきっと、思っているはずです。考えているはずです。
「どんな風に死にたいか」と。
「長寿の末に老衰で死にたい」だって、「自分の考える死に方」でしょう。
例えば「ビルの上から飛び降りて自殺したい」と考えたとして、
それを実行するかしないか、その違い。
(もちろん周りに迷惑掛かるのでオススメしませんし
自殺を勧めてるわけではないです)
それを、三島由紀夫は実行した。自身の考える死に方を。
私にはそう思えて仕方がない。
この映画を見た限り、自分で調べた限り、ですけれども。
あとね、きっとこの頃の「若者」って、すごく純粋だったんだなって。
良い悪い、そう言う括りでなく、半端なく純粋で、
熱くて、その情熱で行動を起こしていた。
勿論時代が違うから、今そんな人はいない。
今は「匿名」で「顔も姿も見せず」、
でも「言うことだけは、言葉だけはご立派」。
「姿を見せて」「ぶつかり合う」ことは、殆どない。
悲しいね。
そんな時代に生きる、顔も姿も見せず匿名で、
言葉だけはご立派の私です。あゝ哀しいかな。
私、見た目とてもチャラいので活字とか
一切読まないみたいに見えるらしいのですが、
実際は漫画より小説が好きです。
ですので、三島由紀夫先生の作品も購入致しました。
「仮面の告白」や、「憂国」などが有名ですが、
ワタクシVELは「禁色」をセレクト。
まだ読んでない本がたくさんありますのにねぇ。
(ダン・ブラウンのインフェルノ上中下とか)
で、私は井浦新さんにどハマりしました。
ミーハー過ぎる私です…。