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18才

最近こんなことが出来るようになった。必須アイテムはCDウォークマンと包丁。音楽を聴きながら何か野菜を刻む。あとは想像で、近くには誰もいないと思うだけ。外部をシャットアウトするのと作業するのとで敏感すぎる部分が鈍くなるから。少しリフレッシュできる。洗う、刻む、炒める、洗う、歌詞を聴いているから何も余計なことは考えない。
こんなこともあった。ふっと懐かしい写真をみてブワッと涙が出てくる。感情が素直にでる。戦争のドラマで涙が出る。人を恋しいと思う。自然なことだと思った。
18まで普通にしていたことだ。家族から離れる場所や一人の瞬間をうまく作るのも感情がああこんな風に動いていたってこと、他人に情がわくこと、秘密を作ること、こんなクソ田舎で暮らしていても最善を尽して人を尊敬して自己啓発すること。神様を信じること。苦しいのはやってくるけど耐えることやりすごすこと待つこと助けを求めすぎないこと。自尊心をもつこと。
愛する人を自然に愛すること。自分から愛すること。過去を振り返ってパズルみたいにつないでゆくより、未来のこと、今、愛してるのにと惜しまないこと。注げるほど湧いてきたら感謝すること。

あの日

悲しい出来事を思い出してしまう時がある。楽しい思い出だけ取り出したいけれど余裕がない。それに、とことん落ち込んでみたらいつかは上がる時が来るから、どうせなら『あれは私の人生に本当に起こった事実』と認めてしまうしかないと思う。辛い作業だけれど。あれよりはましだ、なんて過去があるのは時々助かる。まだ希望がある、今のほうがいい、謙虚な気持ちになれる。
千葉。あの日、私の脳細胞はもう沢山死んでいたんだと思う。自分で自分を救えなかった。
東京。昼も夜も分からなくて一睡もしなかった数日間。あの日死ねていたらこんなに苦しまずに済んだと何年も親をなじった。このまま何も食べなければ餓死できると思ったし、そこから立ち直るのがどんなに辛くて億劫かと思った。計算していた。
身内が死んだ日。その夏。家族の揉め事。叫んだ日。壁を殴った日。雪の中病院へ連れていかれた日。薬を見るのも嫌になって疲れきった日。孤独感が強くて手首を切ってみた日。全部取り消せないし、担いで歩いてかなきゃなんない。重すぎて辛い。大抵のことはちょぴっとの悩みですむから、ちょっといい時もある。
彼氏なんていたことないし、好きだなんて言われたこともない。多分一生バージンのまんま過ぎてくのかなとボンヤリ考えるけど、それが悩みの種になる年齢が過ぎちゃったので、悩みが普通の欲求不満やそういう体のことになっていて昔より現実的だ。

いい日、それは過去が糧と思える瞬間だと思う。そんな日が少なくても待つだけでも価値はある。優しい気持ちが出てきた日に優しい気持ちが出ることに涙が出てくる。

日本語学校へ行くってゆってた。また来る?また会える?私はチャレンジングな若い日を過ごしてきて、今頑張ってるのは君。私はもう疲れた。君の餃子のこと考えてたなんて日本じゃプロポーズだよ。ホストファミリーと住んで家には帰れないとしたらどう感じるって、半分探りだよ。だけどそんなことが嬉しかった。きれいだってゆってくれた。病気のことも、夢のことも、煙草吸う量も、全部ぶちまけられた。妊娠しちゃいけないことも父が死んだことも、背が低い男が好きなことも、何でも話せた。ノーテンキな私はアメリカに行ってみればって言われて、英語のほうが私がうまくやっていけて、二人で一緒にいる未来があったらいいのになって考えた。可能性として。
紙に書かれた文章よりも、体の皮膚、体毛、瞳、本当のものはそれなんだと言った。だから私とは対極だ。反対っこだ。だけどだから余計に惹かれた。頭をゴツンと殴られたように。
ねえ外国は日本とは違う辛さがあるよね。犬より猫が好きなら、私は猫になるよ。また会いたくて。友達でいいから会いたくて。隣の空き家が寂しくて。ここはもうひとつのHOMEだよ。帰ってきて、お願い。