塾講師の、あんなことこんなこと

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~夢は大きく、目標は高く~

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皆さんこんにちは、鈴木です。

古文が苦手な人、多いですよね。
私も高校1年の頃は、何がなんだかさっぱりで、普通に0点取ったりしてました。
今では東大や京大入試を、ニヤニヤしながら解く程度には、古文が得意です。
そしてふと、古文に関して思い出した事があるので、書いてみようかなと思います。  

当時の高校の先生に、古文ができないことを相談したことが有ります。
確かこんな感じ。

鈴木「先生、古文全然わかんねーです」
先生「古文を日本語だと思っちゃダメだよ。外国語だと思いなさい」
鈴木「???・・・はい」 

古文を日本語だと思っちゃダメ・・・というのに引っ掛かりを覚えたことだけははっきり覚えています。

当時は本当に「???」でした。
だって当時の私にとって外国語の学習というのは「先生やALTと外国語で会話する」だったのですから。
だから「外国語だと思いなさい」というアドバイスは、「国語の先生やタイムスリップしてきた古文ネイティブと話しながら習得しなさい」ということと同値だったのです。

今になって思えば古文=外国語も、「なるほどな」となるのですが。
確かに、考え方としては「外国語の習得」と「古文の習得」は近しいです。
文法や単語を覚え、短文で解釈をし、長文読解をする。

しかし、古文と英語を教える私としては、このアドバイスはほとんどの人にとって的外れなアドバイスと考えています(笑)


というのは、そもそも英語を習得できていないから


英語を「文法&単語→構文→長文読解」と学習し、アメリカやカナダに行って会話が成立するほどに勉強している高校生が、一体どれほどいるでしょう?
「外国語と同じ」と言っても、ピンと来ないことが多いんですよ。

このアドバイスは「英語の勉強がすごく上手にできている人」以外には通用しないんです。
なのに、未だに「古文を外国語だと考えればいい」なんていう、本職の古文講師がいるのはちょっとどうかなと思います。


古文は、現代日本では使わないから「外国語」でもあり、現代日本語に通じるものがあるから「日本語」でもあります。
両方の視点を持って初めて、古文が上達します。  
最近ご無沙汰でした、鈴木です。

さて、今日は大学受験生に向けて3年後のお話をしてみましょう。

今日高校3年生になった皆さん。3年後の自分を想像してますか?
ちゃんと、3年後の自分のこと、考えてますか?

3年後の君たちは、1月位にきっとこんな会話をしています。


友人「お、久しぶり」
君達「久しぶりじゃん、元気?」
友人「おう、元気元気、今何やってんの?」
君達「大学行ったよー」
友人「へー、どこ?」



はたまた、お正月にはこんな会話が有るかもしれません。



親戚「おう、〇〇、久しぶりだな」
君達「お久しぶりです」
親戚「うちの子は△△大学に行ったんだぞ、君はどうなんだ?」 


きっと3年後、こんな会話をします。
もしかしたら、来年にはするかもしれません。
私は「早稲田です」と答えられました。
皆さんは答えられるでしょうか?

答えられる大学名は、せいぜいMARCHでしょう。

そして、そういう大学は全受験生の上位10%しか行けません。


学校の上位10%にすら入っていない受験生は、MARCHには行けないんです。 


大学どこ?という質問は、案外残酷です。
こんばんは、鈴木です。

最近、とある事情により、この時期に出願できる大学を調べています。
まぁ、そんな事情、一つしか無いんでしょうけどね。


さて、最近の大学受験は正直良くわからないです。

「よくわからない」というのは、別に指導の方法とか、解き方とか、そういうったものではありません。

大学の受験方式が、あまりにも多すぎて全くわからんのですよ。
しかも下位の大学だけ。
慶応義塾大学や早稲田大学は、一般入試とセンター試験利用入試しかありません。
MARCHのほとんども、一般入試、センター試験利用入試に加えて、全学部入試がある程度です。

其れに比べて、ある大学の入学試験はひどいもの。
一般試験Ⅰ日程Ⅱ日程Ⅲ日程Ⅳ日程Ⅴ日程センター試験利用入試Ⅰ日程Ⅱ日程Ⅲ日程Ⅳ日程Ⅴ日程Ⅵ日程・・・

これに加えてAOやら推薦やらが加わります。

これだけたくさんの試験がある理由は、今更言うまでもありません。
大学のレベルが低ければ低いほど、そうでもしないと生徒が集まらないからです。


さて、このような例を挙げて一体私が何を言いたいのか。

これはまさに「富むものは富み、貧しきものは更に貧しくなる」という、資本主義の原理に等しいということです。


おそらく、世の「勉強ができず、志望校からも見放され、浪人もできない受験生」は「自分を受け入れてくれる大学」を探しているわけです。勉強もせず。いや、大学側から勉強を阻まれて。


その間に、東大や京大、早慶、MARCHを受験する受験生は、合格するための勉強だけを行っているわけです。
その短い時間の間に、両者の格差は益々広がっていきます。

難関大学受験生は、たとえ不合格だろうとも、勉強したその内容は彼らの血肉になります。
そういう大学から袖にされた受験生で、それでも浪人できない方々は、残された勉強時間を戦後処理に向けなければなりません。

これでは益々格差が広がります。
レベルの低い大学程、ホームページやオープンキャンパスで「本学で学ぶ事」といった内容を謳っています。
大学で学ぶための予習ともいうべき受験勉強時間を、試験日程を調べるというくだらない作業のために潰させるような大学で、一体何を学ぶというのでしょう?


私は、大学の数を減らすべきだとは思いません。
高卒と大卒というわけのわからないくくりで給与体系を変える企業がある現状で、大卒というカードは何が何でも持っておくべきです。
それよりも試験日程を増やして偏差値の水増しをしている大学をこそ、規制すべきなのでしょう。

私立大学の入試日程の数を制限するだけで、受験生の勉強時間は少しですが増やせます。
受験生に勉強をさせない大学と、それに騙される高校生。こんなことがあってよろしいのでしょうかねぇ。
小説でござる。

問1 語彙問題
例年、この語彙問題は「辞書的な意味」を答えるものとなっています。
基本的にはその語彙を「知っているか」「知らないか」を問うているものと認識してください。


問2 範囲指定心情説明問題
範囲内の主人公の心情表現のみを追いかけます
12行目「内心ほっとしていた」・・・①
18行目「少し照れながら再びほっとした」・・・②
28行目「先方も、私も、安心したようになって」・・・③
これらが範囲内の主人公の心情語ですね。 
さて、それぞれの心情にいたる原因を確認。
①→直前に「坐席を闇で買うのは初めてだった。・・・その男の対応も心得たふうに言って」とありますので、実は初めて闇で席を買うことに対してドキドキしていたが、取引がうまくいって「ほっとしている」んですね。
②→直前に「周囲に対して」とあるので、周りの人間に「恥ずかしさ」を覚えているのでしょう。
③→直前に「いくらでした」「二百円でした」「ああ、じゃあおんなじですよ」とあるので、両者の席の値段が同じだったことに安心したのでしょう。

以上より、心情をまとめると

初めて闇で座席を買うことにドキドキし、周囲にも恥ずかしさを覚えたが、席を確保して安心する。また、前の席の婦人も同じ値段で席を買っていたことにより、更に安心する。

となるでしょう。

さて、この内容になっているものは①です。
②「年配の女性であることに安心している」のではなく、料金面の話です。
③「耐えがたく思」っていたかは「照れながら」の言い換えでしょうけど、少し言いすぎでしょう。「自分と同じ方法で席を買ったことに安心」したのでなく、同じ料金だったことに安心しているのです。
④「罪の意識」も③同様に言いすぎですし、後半の「長い道中を共に過ごせる」も料金について触れていません。
⑤「恥ずかしく思いながら」は「照れながら」の内容に合っていますが、「次の仕事の準備ができる」は心情表現前後での記述がありません。


問3 傍線部心情説明問題
傍線部に「残念な気」という心情語がありますので、この心情語の内容を追いかけます
直前で、「彼女は、言い合いのまま車を出ていった夫が、やっぱり発車までにホームに残っていたということを知らずにいる」とあるので、「残念」の内容は「発車まで夫がホームにいたことを知らない」ことが残念ということになります。
ただ、選択肢がまぎらわしいので、「残念」の内容をジャストで含んでいるものをさがします。
このポイントを押さえているのは選択肢④だけです。


問4 傍線部心情説明問題
この問題、要注意問題です。設問要求は「私の推察している彼女の心情」を問うています。つまり「私から見た女性の様子」を問うています。 この女性について私が推察している部分は以下の3つ。
・87行目「伏目に弱く笑って」
・96行目「うっとうしい表情のまま」
・116行目「彼女は気が善いと見え」

それぞれの点について前後の状況を整理しておくと
父親が見送りに来ていたと聞いて弱々しく返事をしている
直前と合わせて考えると、父親が子育てを手伝ってくれないことを考え、うっとうしそうな顔をしている
話を聞いてもらえて、気が良くなっている
この内容を踏まえているものは③ですね。

①「周囲の乗客に励まされ」た描写がありません
②「感激している」の内容は少し言いすぎです。「気が善い」なので、「気分が良い」程度でしょう。
④これと悩んだ人も多いかもしれません。しかし、上記の内容を一つも含んでいないことがわかるでしょう。
⑤「うっとうしい」の内容が入っていません。


問5 傍線部心情説明問題
これも「傍線部の男の子の発言を聞いた私」の心情です。
140行目で「しかし視線は、走り去る風景が珍しいというように・・・可憐に弱々しく、無心なつぶやきだけで・・・歌っていた
とあります。「私から見た男の子」は「可憐で弱々しい」わけです。
このことを130行目で「この男の子のおとなしさは、まるでこの頃からの我が家の空気を感じ取って、気兼ねしているたようだ」
とあります。私から見たら「男の子」は「自分の家、ひいては両親に遠慮しているように見えた」のですね。
これを押さえているものは②です。
①「車内の騒がしさに圧倒されて」が本文不在。
③「社外の風景でその悲しみを慰めている」は本文不在。
④「珍しい風景を眺めることでそれを紛らわせている」とまでは言われていません。
⑤「父親のことだけは信頼」とは本文にはありません。


問6 表現問題
これはジャストで違うものを選んでいくことができます。できれば一発で正解がほしい所。
①「小さな所帯をいっぱい詰め込んだように」という部分が誤りです。この部分だけを抜き出すと、確かに「庶民的な一体感」があるように見えますが、少し遠くから見てください。
「小さな所帯をいっぱい詰め込んだように、荷物などもごたごたして、・・・、ほこり立っていた。」
これって、荷物の説明じゃないですか?よって、おかしいことがわかります。

④これは確実に正解したい。「昨年からの東京暮らしに対する我慢できないいらだち」が誤りです。
問4でこのいらだちは「夫の無理解に対する不満」と言っていたじゃないですか。いらだちの内容がおかしいです。


以上、平成28年度センター試験国語の解説でした! 
私だ。

さて、現代文の解説をしましょうか。まずは評論から。
今回の現代文はリカちゃんが登場したということで、リカちゃんの公式twitterが炎上したみたいですね。

問1 漢字

今回の漢字はやや難しかったですね。
(ア)の正解である「営繕」や、(ウ)の正解の「緊縮」などは、普段から使いませんからね。
「漢字の意味」を考える訓練をしているかという点がフィーチャーされた問題でした。


問2 傍線部説明問題 
まずは「変容」の内容を確認します。
傍線部直前「特定の物語を背後に背負ったキャラクターから、その略語としての意味から脱却して、どんな物語にも転用可能なプロトタイプを示すキャラ」に変容したんですね。

ここでいう特定の物語を背後に背負ったキャラクターとはすなわち、「リカちゃん」です。リカちゃんの定義は1段落目の3行目に「かつてのリカちゃんは、子どもたちにとって憧れの生活スタイルを演じてくれるイメージキャラクターでした」とあります。
この部分が「特定の物語を背後に背負ったキャラクターから、」の部分。

そして2段落目では、その変化後が語られます。
2段落1行目で「リカちゃんは、その物語の枠組から徐々に解放され・・・
2段落2行目で「自信がキャラクターであるはずのリカちゃんが、全く別のキャラクターになりきる
3段落2行目で「一次作品からキャラクターだけを取り出して、当初の作品のストーリーとはかけ離れた独自の文脈の中で自由に操ってみせます。しかし、・・・あらかじめそのキャラに備わった特徴は変わりません

略語としての意味から脱却して、どんな物語にも転用可能なプロトタイプを示すキャラ」に変容したというのは、この部分でしょう。
整理すると
・リカちゃんは子どもたちにとって憧れの生活スタイルを物語の枠組みとして持つキャラクターだった
・その枠組から解放された
・その結果リカちゃんは別の作品、別のストーリーで、別のキャラクターを演じるようになった

となるでしょう。解答は①
②「『ごっこ遊び』に使われることで」はこの「変容」の原因ではありません。
③「遊び道具としての意味を逸脱して」は傍線部前後の相同関係にありません。
④「より身近な生活スタイルを感じさせるものへ変わっている」は、「変容」の内容に合いません。
⑤「自由な想像力を育む」とは本文のどこにも書いていません。


問3 傍線部説明問題
傍線部を見てみると「大きな物語」は「人々」に「共通の物語」を提供していたと言えます。つまり「以前はそうだった」ということ。
では「大きな物語」がいぜんはどうだったかを書いてある部分を探すと、5段落目の最初から。
「『大きな物語』という揺籃のなかでアイデンティティの確立が目指されていた時代に、このようにふるまうことは困難だったはずです。付き合う相手や場の空気に応じて表面的な態度を取り繕うことは、自己欺瞞と感じられて後ろめたさを覚えるものだった・・・。」
「アイデンティティとは、外面的な要素も内面的な要素もそのまま併存させておくのではなく、揺らぎをはらみながらも一貫した文脈へとそれらを収束させていこうとする・・・。」
つまり、「外面と内面が別々の状態でありながらも、揺らぎを持った状態でそれを一つにまとめようとする」というのが、この部分の言い換えです。

よって、解答は②
①「臨機応変に複数の人格・・・を使い分ける」は、本文で「自己欺瞞」に当たるところですね。
③「ずれを意識しながら」は問題ありません。が、「社会的に自立した人格のイメージ」が先の内容に含まれていません。
④「生まれもった人格のイメージを守ろう」が✕です。これは「内面的な要素」の言い換えですが、外面的な要素に言及がありません。
⑤「自己の外面的な要素と内面的な要素を合致」は本文の「収束させる」に近いのでしょうが、「揺らぎをはらみながら」の説明がされていません。


問4 理由説明問題
この傍線部が10段落目の言い換えだと気付けると、瞬殺できます。
「しかし、ハローキティやミッフィーなどの・・・把握もしやすいのです。生身のキャラの場合も同様であって・・・透明化してくれるのです。」
10段落全部ですね。ですからここだけ読んで、選択肢と比較していけば結構。
①「互いの異なる価値観も認識されやすくなる」は、上記内容には含まれませんね。
②「人物像の個性がはっきりして際立っている方が」は、「単純化」の内容が入っていませんね。
③「臨機応変」を「文化の異なる様々な国」と言っています。本文中では臨機応変の内容を厳密に定義してはいません。 
⑤「現代に生きづらさを感じる若者たち」は本文の内容としては書かれていませんね。

この時点で解答は④に決定できます。


問5 本文趣旨
これに面食らった受験生も居るかもしれません。が、結局のところ本文の内容と照らしあわせて正誤判定していくだけです。
①「自分の中に確固とした信念・・・自分が信じる正しさを貫き通さないと」が✕。13段落目「人間関係における外キャラの呈示は・・・」の部分を見てみると、「確固とした自分」の内容ではまずいでしょう。
③「自分らしさを忘れないように意識・・・」も、①と同様の内容です。あくまでも今回の文章は、「自らの外面的要素を表す『外キャラ』と、内面的要素を表す『キャラ』の対立構造」です。
④「自分の意見や感情を前面に出すのは、むしろ不誠実なことだと見なされ・・・」は問3の内容を考えても✕ですね。設問連動型問題です。
⑤「他者に対する誠実さそのものが成り立たない・・・」が✕。傍線部Dに「誠実さの基準も変わっていかざるをえない」とあります。誠実さが成り立たないはイイスギの表現でしょう。

解答は②


問6 表現問題

これも最近の傾向ですね。不適切を見つける問題なので面倒ですが。
(ⅰ)
これは日本語を如何に大切に扱っているかという意味で、私は好きな問題です。
①「行為を受ける側に向かう敬意」とありますが、この場合の行為対象は「子どもたち」ですよね。この文のメインテーマは「リカちゃん」を主体としたキャラ化するキャラな訳ですが、子どもたちに敬意を払う必要性がありますか?
そもそも、「~してくれる」は敬語ではありません。敬意を表したいなら「演じてくださる」でしょう。よってこれが不適切。


(ⅱ)
③12段落は一貫して前段落の具体例です。11段落は傍線部Cでも言われているように、「生身のキャラ(ここではある人物)にも明快でくっきりした輪郭が求められる」とあります。
これに関して12段落4行目で「店員に求められているのは、一人の人間として多面的に接してくれることではなく、その店のキャラを一面的に演じてくれることなのです」と言ってます。
内容、一緒ですよね?異質ではないですよね?は、これが不適切。





さて、ちょっとこの文章で述べられていることに関して、私的な具体例を述べましょう。
みなさんは、東京ディズニーリゾートって行ったことありますか?マクドナルドでも良いですが、僕の得意科目は「ディズニー」なので、こっちに統一します。

簡単な具体例ですけど、例えばディズニーに行ってこんなこと考えたことありますか?
「このキャストさん、月いくらお給料をもらってるんだろう?」
「週何回の勤務なんだろう?」
「この人どこの大学行ってるのかな?」
「休みの日はなにしてるんだろう?」
「今日のお昼は何を食べたんだろう?」
あります?

無いでしょ?

だって、皆さんはそういうことを求めてディズニーに行くわけではないですから。
だから、ディズニーキャストは、あの場所では「キャスト」という集合体として扱われるんです。

当たり前ですが、ディズニーキャストはそこら辺の大学に通う大学生だったり、社会人だったり、場合によっては副業してる人もいるかもしれません。
最近はネット広告で「ディズニーキャストになろう!」とかってありますから、嫌でも目に入りますもんね。周知の事実です。

でも、皆さんがキャストに求めるものは、礼儀正しく、なんでもかんでも「こんにちは」から始まり、笑顔で「いってらっしゃい」という、「キャラ」を求めるわけですよ。

これって不誠実なんでしょうか?一昔前、それこそ、明治時代や江戸時代くらいまで遡れば、不誠実かもしれません。でも現代ではそうではない。「ディズニーという箱」の中で働いている「キャスト」という「キャラ」を演じてくれればそれで良い。
これがディズニーキャストに求めることなわけです。

と考えると、そもそも「誠実さ」ってなんなんでしょう?例えば学校で友達から話しかけられた時、いつでも「はい、こんにちは!」という人は、誠実とは言えないのですか?ディズニーキャストが良くて、とある学校の生徒ではダメなんでしょうか。
これが使い分けるべき「外キャラ」です。

僕も仕事をしている時と、友人とお酒を飲んでいる時では、キャラクターが違います。使い分けてます。これは「誠実さ」という言葉の定義が、TPOによって変わるということを示すわけです。



さて、私だったら、こういう風にこの文を説明するかなと考えながら打ち込んでみました。

皆さんの勉強の助けになれば幸いです。