"自信がない"から始めた、             訪問マッサージ師の安心づくりノート

"自信がない"から始めた、             訪問マッサージ師の安心づくりノート

現場で悩んだマッサージ師が届ける"安心して働く"ノートをお届けします

“その人の視点”に立てたとき、施術は変わる。

 

訪問マッサージの仕事を始めて、もう30年以上になります。


これまでさまざまな方と出会い、さまざまな背景と向き合ってきました。

今日は、「施術は技術だけではない」と深く考えさせられた体験について、綴ってみようと思います。

 

 

訪問先は、ある高級老人ホーム。
「入居金2000万円」「月々30万円」と噂されるような場所で、
山を切り開いて造成された静かな住宅街の一角にありました。

 

最寄り駅からは徒歩15分以上、電車移動だった当時はなかなか大変な距離。
今ではすっかり車移動が定着しましたが、昔はスクーターや電車で回っていたんですよね……(笑)

 

 

担当させていただいたのは、70代後半の女性。
脳梗塞の後遺症による「運動性失語症」で、
言葉を理解する力はあるけれど、うまく言葉を出せない状態の方でした。

 

初回カウンセリングでは娘さんが同席。
会話がスムーズにいかないストレスからか、
癇癪を起こすお母様と、それに戸惑い苛立つ娘さん——
少しギクシャクした空気が流れていたのを覚えています。

 

 

施術は一応スタートしましたが、毎回うまくいくわけではなく、
声をかけても「その気にならない」日もありました。

 

「マッサージをするだけじゃ足りないな」


そう感じた私は、施設のスタッフさんや看護師さんに、少しずつ情報を聞いていきました。

あるとき、ふとこんな話を耳にしたのです。

「“荒城の月”が好きで、よく音楽を流すと歌ってるんですよ」

 

 

そこから私は「音楽療法」について調べ始めました。
その中で出会った一文が、とても印象的だったんです。

「戦前・戦中に幼少期を過ごした世代にとって、軍歌は生活の記憶そのもの。自然と口ずさむことも多い」

試しに、小さなラジカセを持参し、
“広瀬中佐”という軍歌を流してみました。

すると、表情がふっと変わり、
彼女は、朗々と、驚くほど見事に歌い上げてくれたのです。

 

 

あの瞬間、私は初めて、
**「この人が生きてきた時間に触れた」**気がしました。

 

一曲歌い終わった後は、満足したような様子でベッドに横になってくれて、
マッサージもスムーズにできるようになりました。

 

 

今でも、施設で軍歌を歌う場面には出会いません。
時代背景やイデオロギー的なこともあって、童謡などの“無難な選曲”になることが多いのは、理解できます。

でも、この体験が私に教えてくれたのは——

 

「本当にその人の視点に立つ」とは、
“いま”の価値観だけで測るのをやめることでもある
、ということ。

 

 

施術とは、ただのマッサージではなく、
“その人の時間と心に触れること”なのだと、教えていただいた体験でした。


この体験を通して、私は「施術とは、人生そのものに触れること」だと実感しました。
実際にどんな工夫で信頼関係が築かれ、施術がスムーズに進んでいったのか──

▼noteではその背景と詳細、そして
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