なんか、1ヶ月ぶりの更新ですね~


父が脳梗塞で倒れて、早いもので、1ヶ月を超えました。


皆さんのおかげで、一命は取り留めて、ICUから一般病棟の、重症部屋に移りました。


前回更新してから、色々ホントにありました。


月末前に、一度浜松に帰って、7日から博多にいます。



実は、この1ヶ月の中で、博多にいる間は、ほとんどネットが使えない状態でした。


実家には、光回線が無いので、ウルトラWiFiを買ったのですが・・・・


これが全く使えない。


別段、エリア外ではないのに・・(私の実家は福岡の街の中です)


色々調べると、ヘビーユーザーには、回線の優先順位が下がり、回線のスピードめちゃ落ちるのです。


色々、だだこねたけど、あきらめて光回線を引きました。


その工事が終わったのが、土曜日。


やっとこれで、実家で、まともに仕事が出来ます。


でも、なんか変ですね。


昔、自分の部屋を仕事部屋に改造して使ってますが、まさかここに戻ってくるとは・・・


これから、博多にいる間は、1日1度、父の面会と、後はツール作ったり、アフィリエイトをやろうと思ってます。

(1月はちょっといい結果が出たので、やる気十分なんです)


あっそれと、時々中州に進出も、行かないと・・・(笑)



父の手術後、一昨日位から、快方に向かってます。


でも、相変わらず危機的な状態は変わってないのですが・・・


しかし、一昨日は、一瞬でしたが、目も開けることができました。


話も理解できているみたいで、話しかけると、うなずいたりしています。


何か、話そうとして、口を一生懸命動かしていますが、人工呼吸器が着いてるので話せません。


でも、「がんばって、生きてや」と言うと、一生懸命うなずいてくれました。



そして、昨日は、MRIの検査のため、薬で眠っていて、看護婦さんと話してました。


その中で、看護婦さんと親父の会話(正確には看護婦さんの問いかけにうなずくだけ)で、


「息子さん毎日来てくれてるの覚えてる?」 と聞いたところ・・・


なんと、親父は首を横に振ったそうです。


えーーーー なに昨日散々話して、一瞬だけど、俺の顔見ててたやん!


大脳は、きれいな状態だから・・・ ボケはないはず。


はっきり言って呆れてしまいます。



でも、反応してくれて、会話に、うなずいたり、首を横に振ってくれたり・・・


一旦死にかけた、親父が戻ってきてくれてめちゃうれしいです。


その後、先生から病状の説明があり、小脳は両方とも壊死していること、また脳幹の一部も損傷していると説明を受けました。


それと、人工呼吸器を口から入れているが、それもいつまでもできないので、のどに人工呼吸器を着ける穴をあけるのと、脳の水を抜く管の再手術の検討をしていると言われました。


詳しくは、月曜日に再度お話するので、時間の約束をしてきました。


本来なら、もう親父の葬式を出してもおかしくないのに、皆さんのおかげで、まだ生きてます。


話せないけど、コミュニケーションも取れるようになりました。


私は、絶対にあきらめず、最後まで延命治療にかけようと、再度心に誓った日でした。


今、病院から家に帰ってきました。


父は、相変わらず昏睡状態です。


でも、昨日までは、体がまったく動いて無かったのですが、今日行くと、やたら動かしてます。


管を抜かないように、手は拘束しているのですが、やはり動かそうとしています。


なんか、少しだけよくなってるような気がしました。



そうそう、昨日、主治医から、質問がありました。


「高齢なので、どこまで治療しますか?」


当然、どんな状態になってもいいから、最後まで延命治療をお願いしました。


死んでしまえば、もうすべて終わりです。


でも、生きていれば、奇跡が起きるかも知れないし、まして途中であきらめることなんてできません。


たとえ、寝たきりだろうが、植物状態だろうが、やはり生きてて、一緒の時間を少しでも過ごしたいです。


本人は、苦しく、私のわがままなのかも知れませんが、やはり生きててほしいです。


明日も、30分だけの面会ですが、また行ってきます。


昨日から、急に父の容態が悪くなり、緊急手術をしました。


病院から、TELがあり、主治医が話したいことがあるといわれ、病院へ


すると、主治医は、緊急手術の同意を求められました。


脳梗塞をおこしたところが、腫れだして、脳ヘルニアになってしまったようです。


頭蓋骨をはずして、腫れを外側に逃がす手術です。


手術開始が夕方6時で終わったのが、夜10時でした。


山場は、今週いっぱい。今は、意識も無く、人工呼吸器で息をしています。


それを乗り切ると、快方に向かうとのこと。


今は、どのような状態になってもいいから、生きてほしいという気持ちでいっぱいです。


しかし、本業もあるので、TELでみんなに指示して手伝ってもらってます。


今は、そんな仲間に感謝と、なんとか父が生きてほしいという気持ちでいっぱいです。

昨日は、めちゃ早く寝すぎて、4時すぎには目が開いて、もう眠れないです。


父が、倒れた日、速効で博多に帰ることにしたのですが、新幹線で、一番早く着くのが、13時58分に浜松発で、18時13分に博多着、病院には18時半すぎには着いてました。


昔なら、とても信じれない時間で着くのですネ。


病院で、先生の説明を聞いたのですが、主治医はもう用事で出かけてるとのこと。


代わりに、上司の先生が説明してくれました。


そして、翌日10時に病院に来て、再度主治医から説明を聞いてくださいと言われました。


はっきり、言ってここまで来ると、私のやることなんて、まったくないです。


まして、ICUに長時間いることもできないので、8時前には病院を出ていました。


その後、自宅に帰らず・・・・・


中州に出向いてしまいました(汗)


いつもの屋台で食事して、いつものスナックに・・・・


まぁ~ 正直飲まないといられない気持ちもあったのですが、やはり親不孝もんかな?


翌日は、いとこも入院の買い物などの手伝いで来てくれました。


50歳の男2人のどたばた入院準備が始まります。


この続きは、またあしたにも書きます。


一応、脳血管撮影の検査が12日の午前中です。


それまでは、博多にいて、一旦浜松に戻る予定です。


今日も、1時にまた病院に行ってきます。


そそ、今日は十日戎なので、病院の帰りに、何十年ぶりにお参りにでも行ってきます。