おはようございます。


今年は、浜名湖の潮干狩りは中止だそうです。(><)


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あさりが、あまりにも少なくて1200円の渡船で渡っても、全く取れないそうです。


部屋の前は、潮干狩りのメッカなのに少し残念です。



さて、昨日の続きです。


手の、手術も終え、会社復帰を果たし作業指導を続けていました。


相変わらず、手はまだ動かないまま!


そして、半年後ギブスも取れ、本格的なリハビリのスタートです。



まじ、痛い!動かない!


でも、ギブスが取れたおかげで腕は軽くなりましたけど(笑)


まぁ~根気よく、やって行くしかないのでしょうね。



それでも、仕事は待ってくれません。


作業指導も、図面だけで判断すると、うまくいかないんです。


やはり、机上の計算と、現場は違うのです。



そこで、動かない手を使いながら、作業をするようになりました。


不自由な手で、きちんと作業できれば、必ずうまくいく!


俺ができているのだから、君たちにもできる!と言えます。



でも、当然世の中、そんなに甘くはないです。


でも、諦めたら終わりです。


単なる負け犬でしかないのです。



そこで、どんな人でも作業ができるように治具化を図って行ったのです。


楽に、正確に、誰でも作業できる方法を、やればいいだけです。


これを、考え、実行するようになりました。


すると、気がついたときには、右手は自由に動くようになっていたし、多少の後遺症は残ったけど、人並みの手と同じになっていました。



後遺症で、右手が動かなくなったときは、本当に凹みました。


誰だって、凹むもんなのです。


でも、凹んだままでいるのか、それとも打開策を見つけて前に進むのか?


それも、絶対に諦めずに・・・


ここが、成功への鍵ではないでしょうか?



あと、動かない手で、できるものは、健常者には、とても楽なのです。


人に、作業をやってもらうときは、いかに楽にやる方法を伝え、開発していくか?


いかに、楽して、早く仕事を済めせる。


このことを追求していくことも大切なんでしょうね。



それをやるには、まず自ら作業者をやって、頭脳を使って改善していくしかないのです。


作業経験なしで、その作業の頭脳労働者には、なりえないのです。


まずやってみる! 早く、楽に、正確に作業する方法を考える。


ただ、これだけをやれば、きっと今の仕事も変わってくると思いますよ。




これで、半自叙伝的な、ものは終わりです。


少しは、参考になって頂ければ、嬉しいです。


でも、まだ終わりじゃないですよ!不定期にまだまだブログは続けて行きます。



これからも、よろしく!



おはようございます。


昨日は、何故か昼近くまで、寝てました(汗)


別段、夜ふかしもしてないのですが・・・・


ということで、昨日のブログ更新はお休み!


そうそう、昨日の夕方とても綺麗な、夕日が部屋から見えました。


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浜名湖の湖面に光の帯が走ってる。


まじ、ヤバイくらい綺麗でした。



さて、前回の続きです。


上司や、親会社の方、社員の言葉で復活を決めた私です。


でも、大きい病院で、診察してもらい、結果はいつも手首の固定するしかない!


まじ、めげそうになります。



静岡ではここが最後の浜松医大に行きました。


もし、ここがダメなら愛知県まで行かなくては・・・・


そんな覚悟をして、診察を受けると、先生いわく、


「手首は、全部固定しなくても行けるのでは?一部を固定して、骨を切って手首を動かせるようにすればいいかも?


実際、手術して見ないとわからないけど・・・・


リハビリは、めちゃ大変だけど大丈夫?」



なんだか、よくわからんけど、手首は動くようになるらしい!


その先生は、何故か直感的に信じれそうに思えたのです。


そこで、ダメもとで手術を受けることにしました。



手術後は、6ヶ月はギブスで固定して、その後はリハビリ・・・


まぁ、痛みはないのだし、ギブスをしたまま仕事に復帰しました。



当然、手は動かない。


でも、立場は現場の責任者!


教えるもどかしさ、作業指示するもどかしさ、書類をかけないもどかしさなどなど様々です。



でも、経験と頭を使って仕事すると決めている以上諦めません。


ワープロを自費で買って、左手で指示書を作る毎日です。


でも、必死にやっていると不思議と伝わるものだし、うまくいくものです。



でも、あとから聞いたのですが、手術してくれた先生も正直うまくいくか不安だったそうです。


そんなの知らないし・・・


もし、うまくいかなくても、一度信頼した先生だから後悔はしてないでしょうね。


やはり、自分が本当に信頼できると思ったときはとことん信頼したいです。


もし、それが裏切りに会おうとも・・・


そして、決して後悔は残さない!



さて、次は地獄のリハビリです。


続きはまた書きます。(^^)/





おはようございます。


めちゃ天気がよくて、とても気持ちがいい朝です。



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今日は、4日ぶりに本社に出勤してきます。


と言っても、午前中で予定は終了して、午後には戻ってくる予定です(^^)




さて、昨日の続きです。


仕事中に装具が壊れ、手首がグギっとなった瞬間、凄い激痛と右手が全く動かなくなりました。


原因は、交通事故の影響で手首の軟が、すり減り手首がグラグラしているとのこと。


単純にいえば、常に手首が脱臼している状態でした。


病院の先生いわく、手首を手術で完全に固定して動かなくするしかないと言われたのです。



でも、私の当時の仕事は電子機器の組立、たまには顕微鏡見ながらハンダ付けする仕事です。


当然、もう実作業はできるはずない!


子供は、小さい、家は建てたばかり・・・


たかだか、手首ですが、私にとっては生活の破綻をきたすくらいに思ってしまいました。



それから、一週間位は、完全に部屋に閉じこもっていました。


ほとんど食事も取らずに・・・


学歴もない、技術といえば電子機器の組立位・・・・


喘息持ちで、父子家庭で育ち、ぐれてどうしょうもない人間だったのに・・・


やっと掴んだ、人並みの生活と幸せも終わりと思いましたね。


まじ、死にたいと思いましたよ。



そして、会社をやめる決心をして、会社の部長に伝えました。

(この部長は、今では社長になっています)



すると、数時間後、


会社の部長と親会社であるNECの品質管理の課長が、自宅に訪れました。


会いたくないと言っていたのですが、どうしてもということで、不貞腐れて客間に行くと、



部長から言われました。


「自業自得でやった事故かもしれない。もう手が動かないことも承知している。実作業は、今後一切やらなくていい!今までの経験と知識だけで仕事して欲しい!みんなも待ってるよ。」


まじ、泣けました。


生きてきて、初めて認められたと思いました。



認めてくれる人がいる。


だから、そのためにがんばる!


その期待に絶対に答えたい!



今まで、自分との為とか、家族の為だけに働いていたのに、マジ人生観が変わりました。


そして、絶対にあきらめない! 絶対頂点に立ってやる!と思いました。



そこで、ふと思ったのが本当に完全に手首を固定しなくてはいけないの?


もしかしたら、専門医ならなんとかなるのでは?


翌日からは、手の専門外科を調べ(当時はインターネットもない時代です)再度復活に挑戦することにしました。



そして今では、ほとんど不自由なく手は動いてます(^^)


なぜでしょう?


続きは、また次回に書きます。



おはようございます。


浜松は、暖かい朝を迎えています。


外は、晴れていますが、なんとなくどんよりとした感じです。


昨日、部屋で飲みすぎたのが原因とは思われないのですが・・・(笑)


夕日と勘違いしそうな、朝日が出ています。



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早いもので、もう4月も半ばですね。


この時期になるといつも思い出しことがあります。


それは、25年前の4月13日に起こした交通事故!


もし、この事故がなければ、今の自分は居ないと思っています。


この、事故がきっかけで、現場作業者から頭脳労働者に変わって行けたのですから・・・


この、話は、長いので、数回に分けて書いて行きます。




22歳で結婚した当時は、電子機器の組立工場で、1作業者として、電子基盤の修理をしていました。


ポケットベル・ファクシミリの普及きが始まる時で、毎日8時から夜10時過ぎまで会社でで仕事をしていました。




4月13日は、会社の花見で昼間から宴会


当然、二次回、三次回と飲んで、歌って、お踊ってました。

(当時は私も若かった^^;)


友人が、帰るということで車で送っている途中です。


完全な酒酔い運転、めちゃスピードをだしていたのだけは覚えています。



突然、目の前のカーブが現れ、ハンドル操作を誤って、ガードレールの隙間から、玉ねぎ畑へ・・・


幸い、同乗していた友人は大した怪我は無かったのですが、私は、右腕が動かない、頭からは血を出してる状態です。



そこで、友人は救急車を呼ばず、まだ飲んでる友人に連絡して迎えに来てもらいました。

(友人いわく、警察にばれるとヤバイと思って救急車は呼ばなかったらしいです。)


私は、迎えに来てくれた車で、病院へ


頭の怪我は大したことは無かったのですが、右手が大変なことになってました。


手首の関節から、縦に割けるように骨折!


当然、入院して、手術!


先生からは、元には戻らないかもと言われました。



でも、電子機器の組立作業者が、手が使えなくては洒落にもなりません。


子供は、まだ1歳、結婚3年目の出来事です。


まじ、ヤバイです!


それから、必死のリハビリ、先生も驚くほど、細かい作業もできるまで回避したのですが、やはり後遺症は、残り、手首には爆弾を抱えた状態です。



会社にも復帰して、基盤修理の作業者から、現場の班長、品質管理、自動製造ラインの導入と仕事でもステップUP



そして、家も建てすべてが順調に思えたのですが、約5年後手首の爆弾が破裂!


右手首が痛くて仕方ない!


病院に行くと、右手首の関節が、ボロボロになっているのこと・・・


病院で、ギブスを巻き、その後は手首に装具を付けるハメになったのです。



私には、家もある。家族もいる。手には装具を付けそれでも仕事を続けていました。


病院の先生からは、もう治らない!装具をつけて生活するしかないでしょう。と言われてました。


装具をつけて仕事をしているので、当然装具はボロボロ、固定部分が壊れたりすれば、自分で直して仕事は続けていました。


まぁ、それも自業自得だから仕方ないと諦め、相変わらず仕事をしていると、装具が壊れ、手首がグギっといった瞬間、完全に私の手首が完全に壊れてしまいました。



さて、その後、私はどうするでしょう?


続きは次回で・・・・