看護学校の同窓会に参加してきました
卒業から40年、同窓会自体は何度かあったのですが、私が最終出席してからでも、既に20年経っていました


44人の同級生のうち16人が集まりました。
朝早く東京駅から新幹線に乗って久しぶりに大阪を目指しました🚄
指定された大阪駅直結のルクアサウスのお店に無事に着くと。。
それでも何年経っていてもおもかげというのは変わらないもので、昔のあだ名が出てくる人もいれば、下の名前を聞いて、 あぁ、、そうだった。となるけどフルネームは??
あぁ、そうだったね。
記憶を繋ぎ合わせる作業が追いつかない。
嬉しい悲鳴。。


髪型さえも変わっていない。。
黒髪でロングでお団子にして。。
当時のまんま。
私はどんな髪型だったかな??
当時の言い方で、サーファーカットかな。。
肩くらいでサイドを後ろに流すような。。

既に伴侶を亡くしている友達、孫が5人もいる友達、卒業した母病院に変わらず勤めてて師長してる友達、助産師になった友達に我が子を取り上げてもらった友達。。
アメリカで出産した友達、
それでもみんななんやかんやで働き方は違うけれど看護師を続けてる同級生が多かったです。
ぼぼみんな関西方面なので、
私が東京から来たことはとても驚かれたけど😳
時間と共に話は盛り上がり、3年間全寮制で今の時代では考えられないような規則正しすぎる厳しい生活を送ってたなって話が弾むはずむ。
先輩を優先させなくちゃ!とか、門限遅れたら連帯責任とか。。
夜や休日になると10円玉両手にいっぱい持って敷地内の病院の公衆電話から。。
そんなことが唯一の楽しみでした。
九州出身の友達も多く、でもなかなか参加できないから、今度は泊まりで私たちが九州方面へ出向くことになりました。
一気に36人のグループラインに参加することができ、会えなくても情報のやり取りができるようになりました

私たちの人生60年の中でたった3年しか一緒に過ごさなかった同級生ですが、とても中身の濃い、同じ釜の飯を食べて過ごした大切な仲間に会えてまたまた私の励みになります。
こういう経験があるからこそ、歳をとることもそぅ悪いことではないと思えます。




次は九州に多くいる同級生に会いに泊まりで行くことを約束して、私は一足早く大好きな人がいる東京に向けて大阪を後にしました。🚄


