はじめまして。
Amebaブログ始めました。
特に毎日更新する持続力もないので気の向いた時に書きます。
軽い自己紹介から。
Ever on Wardというバンドでボーカルをさせてもらってます。お酒が好きです。
他に好きなものは沢山ありますが嫌いなものは特にありません。
めっちゃ匂いフェチです。
年齢と本名は全く隠していないのですが、改まって言うのもどこか恥ずかしいので割愛。
なんでこのタイミングでブログなんてはじめたのかと言うとバンドで起きたこと、思ったこと、その時その時の感情をどこかに残しておきたかったから。
せっかくなので今までにあったことをザッとではありますがここに書いておきます。
(めちゃめちゃ長いです)
まずは結成前の出会い。
高校2年生。
中学の同級生であった、今のうちのドラムの熊谷に、ボーカルとして『fractal』というバンドに誘われた。
当時ボーカルで入ったもののすぐにベースを始めて、ボーカルは辞めた。
ベースになる。
ちなみに熊谷はギターだった。
fractal自体コピーバンドだったんだけど、もともと僕はコピーバンドが好きじゃなかった。
バンドをやるならオリジナルの曲でやりたかった。
ただ漠然としていて、曲を作るスキルなんてどこにもない。
ただオリジナル曲は作りたい。
そこで声をかけたのは小学校の同級生である、今のうちのバンドのピアノ。石川君。
小学生の時から異彩を放っていた。
音楽に関しては天才だと知っていた。
詳しくは覚えてないけど「バンドやってるんだけどさー、曲作りたいから作るの手伝ってよ!」
彼はふたつ返事で楽曲制作に力を貸してくれたと思う。
そこで初めて熊谷と石川が出会う。
2人とも最初はどんな顔してたかすら覚えてない。ただ曲作りも、漠然とした熊谷と僕のイメージを石川が少しずつ形にして行ってくれたんだと思う。多分。
歌詞もその時始めて書いた。
熊谷と2人で。
それでその時できた曲が
『Weather Report』
天気予報。人間の感情の変化と天気を重ねて歌詞を書いた事を覚えてる。
〝ずっと雨に
打たれていた私の心も
変わっていった
まだ雨はやまない
けれどやまない雨などないのだから
信じてる
今も雲の向こう側には日差しが待ってる〟
そんな歌詞だったと思う。
今でも共感はできるけど、言い回しが今の自分とは違うし「けれど」とかの接続詞が入るのは熊谷っぽい。ジャズっぽい曲調だった。
ちなみにEver on Wardの楽曲にする予定はない。
そんなこんなで曲はある程度できたけど、なぜかfractal自体の活動が少なくなってくる。
その流れでfractal解散。
そして高校3年夏。
曲を作る楽しさもバンドをしてる楽しさも忘れられなかった。
自分がボーカルをしてるバンドを作りたい!
そんなありがちな思考からだった。
メンバー集め。
まず連絡したのは石川。
曲作るだけじゃなくて一緒にバンド組みたかった。やってくれるかわからないけど、絶対一緒にやったら楽しい!
確信していた。
ここも彼はふたつ返事。
やろーよ!
2人目。
fractalのギター熊谷。
fractalってバンドは完全に熊谷のバンドだった。
ギター、ベース、ドラム、全てこなせる彼は各メンバーに楽器を教えていた。
その中でも彼が叩いてるドラムがかっこよかった。
素人の僕が見てもカッコいいドラムを叩く人だった。
なので
「新しいバンドをやりたいんだけど、熊谷にはドラムをやってほしいんだよね!」
彼も即了承。
やろーよ!
彼は頭もキレるし、リーダーも務めてくれた。
そんなこんなで始まったのが
『Ever on Ward』
バンド名の意味は『限りなき、前進』
初めて3人で集まったのは石川宅。
オリジナル曲を作る為に集まったので、石川はイントロとAメロ。そしてサビをあらかじめ作っていた。
もうこの頃には熊谷は作曲のセンスが光っていて、もちろんドラムの打ち込みは完全に熊谷。
その日は、ここはこーだのあそこがこーだの、3人で話し合い夜まで曲を作った。
スムーズではなかったけど笑
そこから長かったけど、記念すべき1曲目。
『スターマイン』が完成した。
本当に嬉しかったし、かっこよかった。
めちゃめちゃ自分好みの楽曲だった。
この2人とならマジですごいものが作れる!
興奮してたのを覚えてる。
2曲目にできたのは
『ふみきりの住人』
完全に僕以外の2人で作ってきた。
スターマインとは全くイメージの違う曲。
興奮が止まらなかった。
そこから今のバンドのスタイル。ノージャンルにしよう。って思ったんだよね。
色んなジャンルの曲を1つのバンドでやっていたら面白いんじゃないか。そんな感じだったと思う。
ここからはメンバーを増やそうとし始める。
まず軽音部に入ってた人間に片っ端から「すげー奴いないか?」って聞いて回ったと思う。
もちろんそんな簡単に見つからない。
数日してやっと1人候補があがる。
ギター、かなりの強者。
たまたま住んでいたのが近所で、すぐに熊谷の家に呼んだ。
全く音楽性が合わず即キャンセル。
コードに縛られたくない。
だったかな?あんまり覚えてないけど、そんな事を言ってた気がする。
次にだいぶしばらくして、石川と僕の小学校の同級生2人がギターとベースで加わる。
初めて5人体制になる。
ある程度5人で活動したけど、ライブで見せれるまでのレベルには至らなかった。
簡単に演奏できる曲を作り始める。
この辺でできたのが『Blanca』かな?
スターマインやふみきりを練習しなくなる。
しばらくして後加入の2人が同時脱退。
この時初めてのメンバーの脱退だったから正直、相当落ち込んだのを覚えてる。
辞めようとは思わなかったけど、嫌になる。
しばらくして、高校の同級生をベースに誘う。
快くOK。
4人体制になる。
そしてそのあとすぐギターの阿部くんが加入。
またまた5人体制になる。
ライブも視野に入れられるメンバーだった。
阿部くん加入直後、ベース脱退。
遠方から来てくれてたとゆーのもあったが、急すぎて、ブチ切れたのを覚えてる。
そしてベース無しの4人体制になる。
いつまでもライブできないし、4人でライブ出ちゃおう!と、そこから4人でライブに出演できる為の練習を始める。毎回手応えのある練習だった。
そして今年の3月24日
池袋monoにてファーストライブを行う。
自分達の曲をライブで演奏できる日が来たことにメンバー4人で歓喜した。
本当に嬉しかったし、今後が楽しみでしょうがなかった。
そこからできる曲も増えて
幅が広がった
そして5月、6月とライブをして
宣伝素材を作ろうという話になる。
いわゆる音源。
アルバムレコーディングを予定していた。
みんなに聴いてほしかったからね。
しかし
6月のライブをしてすぐ、阿部くんが諸事情によりバンド活動が難しくなる。
もちろん予定していたレコーディングは中止。
なにをしていいのかわからなくなり
メンバーが集まらなくなる。
少しでもなにか行動しようと
作曲ソフトを新規購入。
今までの曲を打ち込み始める。
レコーディング用のギターを購入。
レコーディングスタジオにてボーカルのレコーディング。
可能な事を少しずつ行動した。
そして今日。
ギターの阿部くんが脱退。
ここからは今日のこと
今の気持ち
メンバーが脱退するのにはもう正直慣れていて
ただ共にライブをしたメンバーが抜けるのはとても辛いし、悲しいことであるのも事実
今後また3人になる。
脱退した彼をとやかく言うつもりもないし、振り出しではない、ライブもしたし、楽曲も充分あるし、知り合いも増えた。
〝やまない雨などないのだから〟
高校2年生だった自分が書いた歌詞。
その通りだと思う。
今になってこの普通の歌詞の良さに気づいた気がする。
このブログ以外Twitterなどで今回のメンバーの脱退を報告するつもりはありません。
長々と読んでいただきありがとうございました。
今後もEver on Wardをよろしくお願いします。