嘘月
少年はビルの端に立っていた。
小柄な体にオレンジ色のショートカット、年齢的には中学生にも見えた。
月夜に照らされた少年の顔は丁度陰になっていて確認する事ができずこの状況では少し映えていた。
ギリッと奥歯を噛み締め月夜を見上げる。
悔しさも痛みからも悲しみからも逃げたい。
そんな感情が黒い憎悪となって胃の中をのた打ち回っていた。
嗚呼、世界はどこまで腐敗していくのだろうか。
「腐りきってる……」
今ならこの腐りきった世界から解放される。
飛べる。
自分には翼がある。
栄光の未来へと飛ぶための翼が俺にはある。
「まぁ、腐りきってるわな」
その光景を鼻で笑い『俺』は皮肉の籠った声を放つ。
少年が俺を見る。
驚愕で彩られた瞳は激しく上下に動き焦点が失われていた。
「……アンタ誰だ」
少年は冷静な声で問いかける、俺は冷静さを失わずに一歩少年に近づく。
そして顔を手で覆うとそっと離す。
自分が見る世界が完全に変わった。
「そろそろその汚い演技をやめたらどうだ?」
皮肉気な笑みを浮かべ言葉の刃を突き刺す、少年の撫肩がピクリと動き俺は確信する。
コイツだ。
少年は冷静と言う名の仮面を繕うと瞬時に被る。誰がどう見ても中学生のその顔を見て少年の演技に感心する。
「演技って何だよ、後もう一回言うけどアンタは誰なんだ?」
惚ける少年の言葉を聞いて俺は薄く笑う。
月夜を見上げて手を伸ばす。
瞬間、刃渡り10センチ程の漆黒のナイフを召喚する。
月夜の下で黒光するナイフは鮮やか過ぎてこの世のものとは思えなかった。
「俺は――」
ナイフを持った右手をだらりと下げる。
そして獰猛な笑みを浮かべ告げる。
「魔術師だよ」
瞬間ビリビリと空気が震える感覚を感じると同時、少年が犬歯を剥き出しにして突進してきた。
物理法則と慣性を無視した少年の高速移動に対し俺は真正面から突撃する。
ナイフを持ち軽やかに構え少年に向かって音速の突きを放つ。
バキィッ、と骨が折れる様な音が廃ビルに鳴り響くと同時、少年が後方へ飛び退る。
「へぇ……中々やるじゃん」
少年の右腕は肘から下が消失していた。それは明らかにナイフによる一閃。驚愕に包まれた少年の顔は青ざめていて肩で息をしていた。
「一応肩を斬り飛ばすつもりだったんだけど……そう簡単にはいかないよな」
俺は再び獰猛な笑みを浮かべて恐怖で顔が強張った少年の元へ高速移動で接近する。
下から上へのナイフによる一閃、少年の胸を切り裂き肉片と鮮血の嵐が吹き荒れ少年がバックステップを行う前に右足に力を込めてわき腹を蹴り飛ばす。
少年は衝撃で少し浮いた後数回バウンドしゴロゴロと転がり暫くして起き上がる。
「まいったな、これじゃあ俺がまるで児童虐待してる様に見えるぞ……? いや学生だからまだ大丈夫なのか? なぁ、どう思う?」
ナイフを片手で弄びながら少年に問う。
少年は憎悪を込めた目で俺を睨みつけると両手を使って起き上がった。
「……それだと、やっぱりお前は異端なんだな」
少年の肩が再びビクリと震える。
図星だ。
そう、この少年は異端だ。
所詮異端に過ぎない。
異端となった彼は元には戻れない。
「……異端って言うのは魔術師の成れの果てだ。魔術師は精霊と契約する事によって正式に契約する事になるが、お前は契約精霊を無理矢理取り込んで魔術師となった違法契約者だ」
ナイフを弄ぶのを止め逆手に持ち少年を見つめる。
「精霊を無理矢理取り込んだ罪は重いと思うんだよ」
「 」
俺は呟き、魔術を発動させる。
ナイフを中心として魔方陣が展開される。
「 」
再び言葉を紡ぐ。
憎悪を混めた口調で。
「 」
最後の言葉を紡ぐ。
全てを浄化させる為の言葉。
「 」
…………
