月に1度くらい自分が自分じゃなくなる感覚になってきた数日、究極に考えさせられる事に直面し、メルトダウン。
暫く黒猫の避妊手術について物凄く悩んでいたの。
私のエゴで、この子には子供を産ませてあげられない。
そのせいで、4歳頃にはほぼ確実に子宮の病気を患わせてしまう事。
それを阻止するには避妊手術しかない事。
でもワンコやニャンコと違って、2度と麻酔から目覚める事もないリスク。
避妊手術後のリスク。
避妊手術は1歳くらいまでにした方が良いらしく、9ヶ月前の黒猫には迫ってきている問題。
この子の達の病気は、気付いた頃には手遅れになる場合が多く、そうなれば確実に命を落とす。
それも運命だと思うかどうかはさておき。
それで凄く悩んでた。
もし麻酔から2度と目覚めなかったら?
病気で命で落とす以前に、私は獣医を恨む事になるかも知れない。
でも病気になって命を落としたら、私は私をずっと恨む事になるかも知れない。
命に関わる事だから、安易に決める事は出来ない。
時々思う。
医学の進歩や最新の科学で、人も動物も本当に救われてるのかな?とか。
確かに痛みから救われる事は多々ある。
でも本来の「生」ではない。
病気に対して使われる薬は、謂わば「毒には毒を」
だから、1度は黒猫が本来持っている生命力で、命を全うするまでいっぱい愛してあげようとも考えた。
でもね、フッとそれはおかしいのかな?って。
先ず、人間のエゴで彼女を引き取った。
それならば、黒猫が病気になる事を分かってて何もしないのはおかしくない?と。
天使のカツオと悪魔のカツオの葛藤(なぜカツオを選んだかは謎。)じゃないけど、兎に角物凄く悩んだの。
きっと命に正解なんてモノはないのかも知れない。
人の感情で突然奪うなんて論外だし。
大切なモノの為なら尚更、生きてて欲しいと思うのは当然。
でもそれも自分のエゴなんじゃないか…とかね。
その子にとっての正解が、他の誰かには値しない。
だからかな。
今のこのご時世には余計疑問を抱く事も多い。
情報過多に疑問を抱く事も多いし。
私自身そんな中で生きてるから、矛盾してるけど。
情報が沢山あるのはとても助かるけど、該当しない事もまだまだある。
何でもかんでも鵜呑みにせず、黒猫の命と向き合わなければな…。
