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4月5日。高度化独自のオリエンテーションのあとにM2の先輩方と一緒に担当教員(樫●先生:かっしー)のお部屋に行ってきた!
名目上は英語科の高度化プログラム生の今年度のオリエンテーションだったんだけど、中心はM1生、M2生の教育実習実習について。
ついったーでもつぶやいたけどかっしーのスゴさを改めて認識。
備忘録にする。
●実習の前にすべきこと
M2の3人の先輩方は公立高校・中学校での実習を控えている。
もう発表があってみなさんその学校には行かれてるみたいだけどかっしーは一言
「学校の周りはどうだった??」と聞いていた。
実習校にあいさつに行くのが目的のはず。なのに学校の周りに着目とは。。。
その質問には誰も答えることができなかった(というより"田舎だった"とか"山中にあった”とか漠然とした答え)
もちろん私もそう答えていただろう。
かっしーはここで、実習校に行く前の心得として環境を見ることの大切さを教えてくれた。
学校の周りはどうなのか、
雰囲気はどうなのか、
これらのことを見れば在る程度、生徒の様子がわかるらしいのだ。
と、いうのも学校を取り巻く環境には地域の人や保護者がいるわけで。
地域の人、保護者がよい教育をしている、つまりは地域の教育力の高い所は自然と学校の周りの雰囲気もよくなるという。
例えば、伝統を守り続けている地域や名産品のある地域にある学校は、地域の人と人とのコミュニケーションがよくとれている所であり、教育力も高いという。
また、環境を見てその学校に所属する生徒の保護者がどうやって生計を立てているかを把握(在る程度でいいから)することも重要らしい。
悲しい話だが、優先順位がある。自らの生活ありきの教育であるから、教育力と経済力は切り離せない。どうしても教育が後回しになってしまう保護者の多い地域は教育課題を多く抱えているケースが多いらしい。
実習に行く時は、この学校でうまく実習できるかな、生徒達にどう接したらいいかな・・・
なんて、「自分」の視点で考えることが多かった。
今回学んだのは、実習に行く、学校の一員となるにおいては先生である自分を対象化するだけではなく、学校を対象化して客観的に見ることも大事だということ。
多角的に見る視点を持つ、これも私の課題です。
名目上は英語科の高度化プログラム生の今年度のオリエンテーションだったんだけど、中心はM1生、M2生の教育実習実習について。
ついったーでもつぶやいたけどかっしーのスゴさを改めて認識。
備忘録にする。
●実習の前にすべきこと
M2の3人の先輩方は公立高校・中学校での実習を控えている。
もう発表があってみなさんその学校には行かれてるみたいだけどかっしーは一言
「学校の周りはどうだった??」と聞いていた。
実習校にあいさつに行くのが目的のはず。なのに学校の周りに着目とは。。。
その質問には誰も答えることができなかった(というより"田舎だった"とか"山中にあった”とか漠然とした答え)
もちろん私もそう答えていただろう。
かっしーはここで、実習校に行く前の心得として環境を見ることの大切さを教えてくれた。
学校の周りはどうなのか、
雰囲気はどうなのか、
これらのことを見れば在る程度、生徒の様子がわかるらしいのだ。
と、いうのも学校を取り巻く環境には地域の人や保護者がいるわけで。
地域の人、保護者がよい教育をしている、つまりは地域の教育力の高い所は自然と学校の周りの雰囲気もよくなるという。
例えば、伝統を守り続けている地域や名産品のある地域にある学校は、地域の人と人とのコミュニケーションがよくとれている所であり、教育力も高いという。
また、環境を見てその学校に所属する生徒の保護者がどうやって生計を立てているかを把握(在る程度でいいから)することも重要らしい。
悲しい話だが、優先順位がある。自らの生活ありきの教育であるから、教育力と経済力は切り離せない。どうしても教育が後回しになってしまう保護者の多い地域は教育課題を多く抱えているケースが多いらしい。
実習に行く時は、この学校でうまく実習できるかな、生徒達にどう接したらいいかな・・・
なんて、「自分」の視点で考えることが多かった。
今回学んだのは、実習に行く、学校の一員となるにおいては先生である自分を対象化するだけではなく、学校を対象化して客観的に見ることも大事だということ。
多角的に見る視点を持つ、これも私の課題です。
戯言書きます。ほんとにしょーもないことです。
今日ね、お昼のごきげんよう見てたら東尾理子さんが出ててちょうど”アメリカで英語が伝わらなかった”って話をしてた。
おーおー、なんだい英語関係かおもしれーじゃねーか。って思って聞いてると
外国人にとっても日本語が理解しづらいっていう方向に話が進んだ。
そんでね、”ひや”と”おひや”の違いが例として出されてた。
外国の人からすると”お”がつくだけで全く別ものになることが理解しづらいのだそうだ。
いわずもがな
おひや=飲食店で出される飲料水
ひや =居酒屋で出される冷酒
のことであるが、自分だったらどう説明するか・・・と考えてみた。
以下全くもって持論を記す。
①おひやについて
おひやをまず お + ひや に分類することとする。
まずは「お」について。
「お」は(おそらく日本語を多少なりともかじったことがある人は知っていることだろうが)丁寧語である。これは相手に敬意を表する際に用いるもの。
ここでなぜ丁寧語が用いられているかというと、本来お金を払って得るべき飲料水が、日本の飲食店では無料で出されるからである。「ご丁寧に、ありがとうございます」の意を込めて、また場合によっては「申し訳ないです・・」という遠慮の気持ちもこめて「お」が使われる。
「ひや」とは冷えているものの意。「冷えている」の派生語と考えるべし。
ひえているもの、というのは発話者からすれば「水」を意味する。
ここでは水、という直接的な表現ではなくあえて遠まわしに言うことで店員に申し訳なさを伝えようとしている日本人の心がある。
つまり「おひやください」をわかりやすく日本語訳すると
”申し訳ないのだけど冷たいもの(something cold?)もらえますか?(冷たいもの、って水のことだよ、わかるよね??という含意)”
somethingには遠慮が詰まっている。
したがって、「おひや」は客側の遠慮のかたまりに過ぎない。
②ひやについて
ここで「お」がないのは、言ってしまえば遠慮をする必要がないからである。
言い換えると、”ひやください”は注文であって店員に対するお願いではない。
客は料金を支払いサービスを受ける。モノをもらう。
その事実、背景を店員にもわかってもらうために「お」という丁寧語を用いない。
また先ほどの「ひや」と同じようにここでも"冷えているもの”という意が用いられている。
日本人は温度に応じてsakeを飲み分ける。かん(熱)、とひや(冷)、と常温(だったようなw)である。
したがってここでの「ひや」は店員に飲み方を伝えているだけである。
”sakeは冷やしたものを持ってきて=(cold sake,please?)”という日本語訳になる。
ということを悶々と考えていると
一番見たかったさくら心中を見逃してしまった('A`)ヴァー
ちなみに
うそではありませんw
他に考えられる解釈ありましたらこちらまで
↓ ↓ ↓
え、メアドは載せませんが、wwww
今日ね、お昼のごきげんよう見てたら東尾理子さんが出ててちょうど”アメリカで英語が伝わらなかった”って話をしてた。
おーおー、なんだい英語関係かおもしれーじゃねーか。って思って聞いてると
外国人にとっても日本語が理解しづらいっていう方向に話が進んだ。
そんでね、”ひや”と”おひや”の違いが例として出されてた。
外国の人からすると”お”がつくだけで全く別ものになることが理解しづらいのだそうだ。
いわずもがな
おひや=飲食店で出される飲料水
ひや =居酒屋で出される冷酒
のことであるが、自分だったらどう説明するか・・・と考えてみた。
以下全くもって持論を記す。
①おひやについて
おひやをまず お + ひや に分類することとする。
まずは「お」について。
「お」は(おそらく日本語を多少なりともかじったことがある人は知っていることだろうが)丁寧語である。これは相手に敬意を表する際に用いるもの。
ここでなぜ丁寧語が用いられているかというと、本来お金を払って得るべき飲料水が、日本の飲食店では無料で出されるからである。「ご丁寧に、ありがとうございます」の意を込めて、また場合によっては「申し訳ないです・・」という遠慮の気持ちもこめて「お」が使われる。
「ひや」とは冷えているものの意。「冷えている」の派生語と考えるべし。
ひえているもの、というのは発話者からすれば「水」を意味する。
ここでは水、という直接的な表現ではなくあえて遠まわしに言うことで店員に申し訳なさを伝えようとしている日本人の心がある。
つまり「おひやください」をわかりやすく日本語訳すると
”申し訳ないのだけど冷たいもの(something cold?)もらえますか?(冷たいもの、って水のことだよ、わかるよね??という含意)”
somethingには遠慮が詰まっている。
したがって、「おひや」は客側の遠慮のかたまりに過ぎない。
②ひやについて
ここで「お」がないのは、言ってしまえば遠慮をする必要がないからである。
言い換えると、”ひやください”は注文であって店員に対するお願いではない。
客は料金を支払いサービスを受ける。モノをもらう。
その事実、背景を店員にもわかってもらうために「お」という丁寧語を用いない。
また先ほどの「ひや」と同じようにここでも"冷えているもの”という意が用いられている。
日本人は温度に応じてsakeを飲み分ける。かん(熱)、とひや(冷)、と常温(だったようなw)である。
したがってここでの「ひや」は店員に飲み方を伝えているだけである。
”sakeは冷やしたものを持ってきて=(cold sake,please?)”という日本語訳になる。
ということを悶々と考えていると
一番見たかったさくら心中を見逃してしまった('A`)ヴァー
ちなみに
うそではありませんw
他に考えられる解釈ありましたらこちらまで
↓ ↓ ↓
え、メアドは載せませんが、wwww
ついったー始めました
@varika_614 でございます
リストとかいろいろよくわからん機能がおおすぎるwww
デーブスペクターとサザエbotが笑えますなwww
すべ、ありがとう。。サザエさんやっぱおもろいわww
ほとんど戯言なんでお暇なときにでもみてくださいな。。
@varika_614 でございます
リストとかいろいろよくわからん機能がおおすぎるwww
デーブスペクターとサザエbotが笑えますなwww
すべ、ありがとう。。サザエさんやっぱおもろいわww
ほとんど戯言なんでお暇なときにでもみてくださいな。。
いつも思う。私は時間の使い方がへたくそ^^;
学部4年の1年間でものの見事についた”ぐーたら病”。
自由な時間を有効に使えなかった、そんな病気です。
今日は●●するぞ、って決めても結局夜にしか達成できてない気がすんだよな。
1日の過ごし方と同じで、ある達成すべきタスクを長期間計画的に行うことが苦手。
1日の中で、長期間の中の中で、各ステージまたは各時間帯においてすべきことを達成できない所が私の欠点。
例えばテストの勉強や課題。
取り組むのはいつもぎりぎりで毎回「なんで早くやらんかったんやろう・・・」て後悔しっぱなし。
でもそれの繰り返し。反省が活かしきれてない。
だからこなすだけに終わってしまった4年間になってしまった
やればできるのに、やらなくていつもダメな子。
計画的に学習の計画を立ててた(学校の方針で立てさせられた)高校時代はすこぶる成績はよかったし、苦手な教科を勉強するのも楽しかった。
早めに取り組めば、それだけ一つのことを長期間できるわけだからそこに楽しさが生まれるんです。
お、今日はちょっと違った観点から考えれたぞ、って。
大学時代は管理されることがなくなったから自由。
それで身に着いたぐーたら病は結局目に見える形として現れなかった成果に結びつきました。
社会人になったらそうはいかない。
特に学校では教科指導だけで終われない。公務分掌も部活も雑務も報告書作成も生徒指導も・・・いろんな仕事をイッキに消化しなくてはいけない。生徒が対象である以上成果を出さなくてはいけない。教師は生徒の成長を保証しなくてはいけない。
だからぐーたらで後回し病が治らない限り私はまだ、社会には出れない。
「忙しい人」「余裕のない人」になるのは必至。
そんなことしてたら体と人間関係と信用が崩壊すんだろな。。。
だから大学院でクセづけるべきは時間の有効的な使い方だと思う。
一つのプロジェクトやタスクを長期間コンスタントに取り組むことに慣れたい。
それでいて休んだりテレビを見たりお茶を飲んだりできるプライベートな時間とのバランスも取れるようになりたい。
幸い3日後から始まる来年度はいろんなタスクがある。
8月の学会、教員採用試験、後輩の授業でのTA(teaching assistant)、教育実習もちろん自分の授業も。
(TAはまっつん担当のプランニング論と樫●先生の実習入門!特にプランニング論は後輩が初めて模擬授業を行うアシスタントとして一緒に授業作りを行うやつでね、ほんと時間がかかるらしい。)
授業を除いてそのほとんどが準備時間を分割できるものだから時間を上手く使わなきゃ、どれも消化不良にできないぞ。
自分の意識改革が一番大切。もう、みんなからの「忙しい人」イメージは卒業したい!!
いっぱいのタスクを楽しむための最善策は(私の場合)上手なタイムマネジメントに違いないぞ!
まずは手帳を上手く使うことから初めてみたい。
例えばデザイン性機能性から評判がいい Mark's diary(マークスダイアリー)
周りみてると実はいろんな人がもってる手帳のブランド。
http://store.shopping.yahoo.co.jp/marks/11dr-hv05.html
この商品なんか、日ごとにバーチカルタイプの予定が組みこめるから便利。
月ごとのプランニング、to doリストなんて立てやすそうだなぁ。
実家から広島に帰るみちのり、天神あたりで探してみるかな。
いろんなタスクをうまくこなせる人になろう。
忙しい先生(人)、忙しそうな先生(人)から卒業しよう。
そして忙しくても、心から楽しめる人になろう。
来年度の目標です。
学部4年の1年間でものの見事についた”ぐーたら病”。
自由な時間を有効に使えなかった、そんな病気です。
今日は●●するぞ、って決めても結局夜にしか達成できてない気がすんだよな。
1日の過ごし方と同じで、ある達成すべきタスクを長期間計画的に行うことが苦手。
1日の中で、長期間の中の中で、各ステージまたは各時間帯においてすべきことを達成できない所が私の欠点。
例えばテストの勉強や課題。
取り組むのはいつもぎりぎりで毎回「なんで早くやらんかったんやろう・・・」て後悔しっぱなし。
でもそれの繰り返し。反省が活かしきれてない。
だからこなすだけに終わってしまった4年間になってしまった
やればできるのに、やらなくていつもダメな子。
計画的に学習の計画を立ててた(学校の方針で立てさせられた)高校時代はすこぶる成績はよかったし、苦手な教科を勉強するのも楽しかった。
早めに取り組めば、それだけ一つのことを長期間できるわけだからそこに楽しさが生まれるんです。
お、今日はちょっと違った観点から考えれたぞ、って。
大学時代は管理されることがなくなったから自由。
それで身に着いたぐーたら病は結局目に見える形として現れなかった成果に結びつきました。
社会人になったらそうはいかない。
特に学校では教科指導だけで終われない。公務分掌も部活も雑務も報告書作成も生徒指導も・・・いろんな仕事をイッキに消化しなくてはいけない。生徒が対象である以上成果を出さなくてはいけない。教師は生徒の成長を保証しなくてはいけない。
だからぐーたらで後回し病が治らない限り私はまだ、社会には出れない。
「忙しい人」「余裕のない人」になるのは必至。
そんなことしてたら体と人間関係と信用が崩壊すんだろな。。。
だから大学院でクセづけるべきは時間の有効的な使い方だと思う。
一つのプロジェクトやタスクを長期間コンスタントに取り組むことに慣れたい。
それでいて休んだりテレビを見たりお茶を飲んだりできるプライベートな時間とのバランスも取れるようになりたい。
幸い3日後から始まる来年度はいろんなタスクがある。
8月の学会、教員採用試験、後輩の授業でのTA(teaching assistant)、教育実習もちろん自分の授業も。
(TAはまっつん担当のプランニング論と樫●先生の実習入門!特にプランニング論は後輩が初めて模擬授業を行うアシスタントとして一緒に授業作りを行うやつでね、ほんと時間がかかるらしい。)
授業を除いてそのほとんどが準備時間を分割できるものだから時間を上手く使わなきゃ、どれも消化不良にできないぞ。
自分の意識改革が一番大切。もう、みんなからの「忙しい人」イメージは卒業したい!!
いっぱいのタスクを楽しむための最善策は(私の場合)上手なタイムマネジメントに違いないぞ!
まずは手帳を上手く使うことから初めてみたい。
例えばデザイン性機能性から評判がいい Mark's diary(マークスダイアリー)
周りみてると実はいろんな人がもってる手帳のブランド。
http://store.shopping.yahoo.co.jp/marks/11dr-hv05.html
この商品なんか、日ごとにバーチカルタイプの予定が組みこめるから便利。
月ごとのプランニング、to doリストなんて立てやすそうだなぁ。
実家から広島に帰るみちのり、天神あたりで探してみるかな。
いろんなタスクをうまくこなせる人になろう。
忙しい先生(人)、忙しそうな先生(人)から卒業しよう。
そして忙しくても、心から楽しめる人になろう。
来年度の目標です。