膵臓癌 4姉妹の母、がんばる -15ページ目

膵臓癌 4姉妹の母、がんばる

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6/3(日)に、退院しました爆笑
お腹の調子が整わなかったけど、
予定より2日早く、家に帰りました。




入院中におじいちゃんが亡くなりました。
やっぱりな…。




今日、6/4(月)に告別式をしました。
なので、日曜日に退院をさせて頂く事になりました。お葬式に行けた事に、感謝です✨✨✨
子供の頃、育ててくれたじーちゃんに、
『ありがとう』と別れの言葉を伝えられて、
満足でした☺








手術は手術室に入ったとたん、
あれよあれよと、
身体に色々な物がついていき、
酸素マスクからの麻酔で
あっという間に眠ってしまいました。
そして、先生に
『◯◯さーん、終わりましたよ。』
と声を掛けられ手術台の上で目が覚めました。
えっ、もう終わったの!早っ!
なんて考えてると同時にお腹に痛みが感じられ、
『ありがとうございました、痛いー』と、
わめきました。
その後すぐに痛み止めを注入してくれましたが、痛みが半端なくって、
病室に帰って来てからもウーウーうなってました。

…その日の夜は超痛くって、
痛み止めを使っても痛くって、
とーっても、夜が長かった…💧 
手術を受けた方は術後に
一睡もできなかったと、
夜があんなに長い…と皆さんいいますが、
ホントに痛いし、どうしようもなくて、
泣きました。
看護師さんが30~40分ぐらいで
見に来てくれて、声を掛けてくれました。
夜中、お腹の痛みより背中の痛みが強くて、
看護師さんが背中をさすってくれました。
さすってもらってる時は、
少しホッとする事ができました。
吸い飲みでうがいもしてくれました。
熱もあったので、アイスノンも持ってきてくれました。
明け方、看護師さんが、
『今、4時半まできましたよー、もう少しで明るくなってきますからね。』
と声を掛けてくれた時、
時間も分からなかったので、
そんな事でも励みになりました。
明日になれば、痛みもだいぶ違うと、
手術前に説明がありました。
早く明日になれと願うばかりでした。
『こんなに同じ体勢で寝てると痛いんだなー、
じーちゃんも寝たきりで身体が痛いだろうな、
おまけに肺気腫で息をするのも苦しい…、早く楽になれるといいのに…』
…そう思うばかりでした。

朝を迎え、先生が来ました!
私は背中が痛い事を訴えると、
先生はどんな痛みなのか、詳しく聞いてきました。
ボルタレン(坐薬)を処方してもらいました。
そして、今日は自分でトイレに行く事を目標に頑張ろうと言われました。

早速、看護師さんに見守られ、
立ってみました。
そして、1歩2歩…、
大丈夫👍OKをもらい、
おしこっこのくだを抜いてくれました。
初めのおしっこには呼ぶように言われました。
そんな感じで、
何度かトイレにも行けるようになってきて、
動けたので背中の痛みが少しずつとれていきました。(ボルタレンをいれてもなかなか痛みは治まりませんでした)




一日、一時間、時が経つごとに、身体も回復していきました。
そんな中、30日の夜中にじいちゃんの危篤の連絡が…。
31日を2分過ぎたところで、心拍が止まったらしいです。
私の代わりに主人が立ち合ってくれましたが、私が立ち合えなかった無念の気持ちと、
これで楽になれて良かったなと思う気持ちで、
一人で泣きました。


術後3日目、流動食から始まりました。
すこしでも食べ物が入っていくと、
したからくだってきました。
それは、退院する日まで続きました。
食べるとお腹が痛くなり、
すぐに、トイレへかけ込む。
それの繰り返しでした。

術後4日目、点滴がとれるという時に、
38.5℃の熱がでてしまい、
点滴が2日、延びてしまいました。
CTの結果によっては、
早めに退院できないかもと言われましたが、
結果も大丈夫でした✌
腹痛の不安はあったものの、
退院しました。



アンパンマンだけ、完成しました!
他のお友達も作る予定でしたが、
早く帰ることを理由に、
下の子には、アンパンマンだけで勘弁してもらいました。
とても、喜んでくれて、
お葬式にもずっと持ち歩いていました。








ナノナイフ…
この癌がどこまで死滅したんだろう…
この先、どうなるんだろう…
また不安になった…けど、

頑張ろう💪おねがい✨✨✨✨✨