「俺、今年結婚すんねん。」

唐突にいうものだから、思わず予定調和に「そうか」と返してしまった。

実感がわかないというかなんというか。

自分もそんな歳になったのだと、彼の一言でふと自分のいまを考えてみる。


人はハタチになったその瞬間から立派な大人になれないように、
結婚したからといって、突然お父さんになれないと思う。

結婚生活という日常を重ね、
一緒に馬鹿をやっていた彼もしだいに夫の顔になっていくのだろうか。



そうだ。
そういえば僕の親父はいまの僕の歳で僕を生んだのだった。


親父も迷いながら、しだいに父の顔になったのだろうか。








"藍色夏恋"

人生を変えてしまう映画がある。



彼は言った。

君は、胸を焦がすような思いで仕事に臨んでいるかどうかと。

彼にとっての仕事とは、果てしない物欲とつまらない名誉とオトナになることへのあきらめの賜物では決してなく、

そこに胸を焦がし対峙し向き合う自分がいるかどうか、ということなのだろう。

かくして彼はこの映画によっていま新しい世界が開かれようとしている。

そう。彼の言っていた「忘れていたも」のが、本当にそこにはあった。

それは確かにまだ、未来のほうを向いていた。



そして僕は思った。

彼はどんなふうに変わっていくのだろう、と。

何故だか分からないが、自分が不安定になると彼の声が聞きたくなる。

それはたぶん、彼の声そのものに「痛み」と「悲しみ」が内包されているからなのだと、僕は思う。

一人で生きていくのはとてもつらいことだと分かるのが、僕はたぶん人より遅かった。

いや、そう思うことをどこかでかたくなに拒んでさえいたのだ。

痛みと悲しみは、どうしようもなく日常にあふれていて、存在そのものをおびやかす。

そうだよ、君は誰かを愛し、そしてその自分で一人、強く生きて行けばいいんだ。





彼の歌声は、そう歌っているように聞こえた。