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E-Juiceブランド「VapeSick」公式ブログです

こんばんは、シッキーです。


国産リキッド国内最大級の品揃えのVAPE COLLECTIONにて、VapeSickオリジナルラインナップ(寡婦を除く)の取り扱いが間もなく開始いたしますのでお知らせいたします。



これまでVapeSickでは、販売開始後すぐに全商品がSold outしてしまい、リストックまでにも時間がかかっていたため、ご不満の声をいただいておりました。


今回VAPE COLLECTION様にてお取り扱いいただくことで、VapeSick商品がもう少し手に入りやすくなるかと思います。詳しくはVAPE COLLECTION WEBショップ にてご確認ください。


■VAPE COLLECTION WEB SHOP:http://vape-collection.com/




また、国内随一のVAPEレビューサイト、ベプログ(ベプログショップ) においても、近日中にVapeSickオリジナルがラインナップされる予定です。こちらも併せてご確認いただければ幸いです。


■ベプログショップ:https://vapelog.jp/shop/


販売価格はさすがに本家と同価格というわけにはいきませんが、それでもかなり良心的に設定してくれていますのでご期待ください。


なお、VapeSickでもこれまでと変わらず不定期でリストックはいたしますので、今後とも変わらぬご愛顧のほど何卒宜しくお願い申し上げます。



こんにちは、シッキーです。


前回に引き続き、ライバルの存在についてお話しします。


僕の親友の一人に、パイロットになった者がおります。


彼は昔から飛行機が大好きでした。幼い頃からパイロットを夢見て、やがてはそれを実現させたのです。


今、彼は外国でパイロットと整備士をしています。飛行機を縦横無尽に操縦できるだけでなく、自分で整備もできてしまうという有能な人材です。


彼と僕はまったく性格も趣味嗜好も異なりますから、対立することもなければ摩擦が生まれることもありません。ですからライバルという観点からすると少し違う気もするのですが、夢を実現させた彼の実績が僕の励みになることはよくあります。


ライバルとは言わなくても、意識できる存在──といったところでしょうか。


創作において僕はひたすら内向的でありたいと思っていますが、創作以外の部分、たとえば根気だとかモチベーションだとか忍耐といった部分においては、自分の力だけではどうしようもないことがよくあります。そういうとき、やはりライバルの存在や意識できる存在、あるいは友人や仲間といったものに救われることが珍しくありません。


「人は一人では生きていけない」とよく言いますが、生命を維持するという意味においては一人で生きていくことはできます。しかし、社会下において豊かに生きるためには、あるいは社会活動を継続するには、やはり人は一人では生きていけないものなのだなと、創作活動をしていたりVapeSickを運営していたりすると、つくずくそういうことを感じます。


大変なことはたくさんありますが、人に感謝できるようになった分、人に感謝される行いをしたい。素直にそう思えるのは、おそらく胸を張って堂々と渡り合いたい人間がいるからかもしれません。



ライバルの話はこれでおしまい。


次回からはそろそろVapeSickの話に戻ります。





おはようございます、シッキーです。


ここしばらく、規則正しい生活を送っています。朝は8:30に起きたいのですが、どうしても7:30に目が覚めてしまう。どうやら脳みそが起きたがっています。


さて、今日はライバルの話を。


アスリートは、独走するよりも競争相手がいた方がレコードが伸びると言われています。これは、創作においても同じこと。僕は創作の上では思考の雑音を軽減するために周りを意識しないようにしていますが、それでも潜在的なところにライバルの存在はあります。


彼女との出会いはもう十年以上も前になるでしょうか。聡明で「知的でありたい」という願いを持ち、信念の下に生きているように見えた彼女は、女性としてよりも人間としてとても魅力的に感じたものです。放浪癖のあった僕は、ある日周りに多くを告げずにその街を離れました。彼女との縁はそれっきり。恋人というわけではありませんでしたが、同じベッドで眠るくらいには親し気でフランクな仲でした。


彼女は以前、「将来はデザイナーになるためヨーロッパに行こうと思っている」と、自分の夢を語ってくれました。したたかで見栄っ張りで、いつも背伸びをして強い女を気取りたがる年下の子(まるで子供のように)でしたが、だからこそ僕はその子に“何か”を感じていました。いわゆる直感というやつでしょうか。「こいつは将来、大きくなるぞ」というような。そして、僕のその直感は大体当たるのです。


数年後、彼女はデザイナーとしてブランドを立ち上げ、世界を股に掛けて活躍していました。僕がそのブランドを知ったときには既に人気ブランドへと成長しており、広く周知される存在になっていたようです。僕が彼女のブランドを知ることになったのはほんの偶然でしたが、驚きはありませんでした。彼女はただ有言実行しただけであり、それができる人間であることも概ねは予想していたからです。


彼女の成功を遠く眺めつつ、僕は未だ彼女と連絡をとるようなことはしていません。そうする意味が見当たらないからです。当時は彼女といろいろなことを語り合いました。朝まで語り合うこともあったように記憶しています。楽しい時間ではありましたが、その楽しさは今の自分には必要ないのかもしれません。


ですが、潜在的には彼女をライバルとして意識しているところがあるように自覚しています。それは敵愾心や嫉妬などといった醜い感情から生まれるライバル心ではなく、彼女の成功を喜びつつ、それに負けないよう自分を鼓舞するといった類の、非常に健全な心理。


僕がなぜ彼女をライバルとして意識するのか。それはおそらく、彼女には個性あるいは独自性があったからです。


世の中にはデザイナーや写真家、ミュージシャンなど、物を創る人間はたくさんいます。そういう人間と出会っても、多くの場合僕はライバルとして意識することはありません。なぜなら、本当の意味で個性のある人間というのは、非常に限られるからです。つまり、個性を作品に反映する能力を持っている人間こそ、僕のライバルなのでしょう。ちょうど同じ頃、僕は音楽活動に精を出していましたが、当時の僕のライバルはバンドマンやミュージシャンなどではなく、舞台俳優の卵でした。


バンドマンが舞台俳優をライバル視するのはおかしな話かもしれませんが、「何をしている人か」というのはさほど重要ではないのです。大切なのは、「どういう資質を持っているか」ということ。


彼女は、数少ない“本物の個性”を持っている人間でした。いえ、当時はまだ個性が確立されていなかったかもしれません。でも少なくとも、本物の個性を身につける素質があるのを、僕は感じていました。だからこそライバルとして意識してしまうのかもしれません。


土俵は違えど、人生のベクトルが違えど、意識できる相手がいるというのは素晴らしいことです。そうやって人は切磋琢磨し、研ぎ澄まされていくのですから。


次回も引き続き、「ライバルの存在」についてお話ししようと思います。




おはようございます、シッキーです。


事務所移転に伴い、営業時間も平日10:00~18:00に変更となりました。祝日・土・日は定休となっております。メールでのお問い合わせは時間外でもご対応する場合がございますので、引き続き宜しくお願い致します。


さて、最近は色々と考えることが多く、相変わらずやることも多くてバタバタしております。実行が多くなると思考も乱暴になりがちなので、こういう状態が長く続くのはあまりいい兆候ではありません。



昨日ふと思ったんですが、人間、感動や刺激からインスピレーションを受けることがありますよね。たとえば海外でダイナミックな自然に身を置いたり、異文化の人達と触れ合ったり……


新しい体験というのは人生に新しい風を送り込んでくれるような気がするものですが、僕にとってそういう出来事は、ほとんど無意味(物創りの上では)なのだと改めて思いました。海外に自分探しの旅に出掛けたり、自分を励ますかのように必死に充実感を演出したりしようとしている人達に共感できない理由は、おそらくこういうところにあるのでしょう。


新鮮な体験というのは人に影響を与えますが、僕にとってそれはインスピレーションに直結するものではありません。たとえば、未知なるものに触れれば、既存のアイデアや構想をブラッシュアップするきっかけやヒントにはなるでしょう。しかしそれは決して無から何かを得たわけではなく、“変化のきっかけ”を与えられたに過ぎません。


この“変化のきっかけ”というのは厄介で、自分にない何かを外部から与えられるため、まるで無から何かを得たような、いわゆる「インスピレーションが働いた」ような錯覚に陥ります。そして麻薬のようにこれが習慣化してしまうと、やがては本来自分が持っていたオリジナリティや個性といったものが失われていく。自分で何かを生み出す力がどんどん鈍っていってしまいます。


新しい体験というのは、人間の感性を生かしもすれば殺しもする危険な(とりわけ物を創る人間には)現象を生むのかもしれないと、そんなことを考えておりました。



僕はアーティストあるいはクリエイターとして名乗るのはあまり好きではないのですが、物を創るということで人生を歩んできましたし、おそらく死ぬまでそうでしょう。そういう生き方をする上で、無意識的にか意識的にか、絶対に守り抜くべき自分の聖域というものがあったように思います。それは、およそ三歳~小学校低学年頃の感性や感覚です。


ちょうどこの頃の子供というのは、人格が形成される時期です。思春期とはまた違った形で多感な時期であり、自我や欲求や知恵といった、人間らしいパワーが内側から溢れる時期でもあります。


この年頃はとても感受性が豊かで、外部からの刺激をあっという間に自分のものとし、そして新しい形で吐き出そうとします。一つのインプットから十のアウトプットができるのは、既成概念や先入観などにまったくとらわれることなく、まさに無から有を生み出す根拠のないパワーがあったからでしょう。


長い人生、歳をとればとっただけ人生経験は増えていきます。


しかし、僕の人生にとって本当に大切なものは、幼少期に既に与えられていました。


子供の機転や器用さ、発想力や自由奔放さには素晴らしいものがあります。


それはきっと、誰もが持って生まれた才能なのだと思います。


僕の場合、幼い頃から物創りが好きだったため、無意識のうちに物を生み出す習慣が身につき、無意識のうちにその才能を磨いてきただけに過ぎません。


あとは、その才能をどうやって守っていくか。


物を創る人間として歩む以上、これこそが絶対に守らなければならない財産なのでしょう。


人生のかなり早い時期からそれを自覚していたお陰で、新しい体験が起こっても僕にとってそれは必ずしも関心の対象とはなりません。不用意に感動しようとするのは、ある意味で大人のあざとさです。自分で自分を理想の自分へと導くのは、ありのままの自分を否定するという事。だから僕は、人並には感動しません。鈍感というわけではなく、大人になって知恵がついたからでもなく、ただ当時のまま。子供の頃から何も変わっていないだけ。やりたいことだけをやって、やりたくないことはやらない。無理に「楽しい!」「凄い!」と、思い込もうとしない。ただ直感に従う。シンプルな話です。


社会生活を送る上ではどうしてもやりたくない事だってやらなければなりませんが、そんなわけで物を創る上では徹底してわがままを貫いています。


それは僕にとって、子供の頃の感性を失わないようにするための唯一の防衛策なのかもしれません。


では、よい一日を。




こんにちは、シッキーです。


本日は、VapeSick新作E-Juice「Bubble Tea」のニコチンとの相性についてお話しいたします。


VapeSickでは、リリース前にニコチンとの相性を検証します。それ以外にも様々な条件・環境でのスティープなど、あらゆるテストと検証を行っています。これも開発に時間が要される理由の一つ。


さて、本題ですが、やはりニコチンとの相性はEVANSが最高です。Bubble TeaにはEVANSのような懐の広さはなく、どちらかというと繊細です。ですから、ニコチンの癖や香りによって持ち前の繊細さが犠牲になってしまう可能性があります。


とはいえ、純度の高い高品質なニコチンであれば、相性をあまり気にせずお楽しみいただけるはず。Bubble Teaはニコチンを想定したものではないので、個人的にはニコチンなしで純粋な香味を楽しむのをおすすめします。


次にスティープに関しては各々の好みとしか言いようがありませんが、Bubble Teaはさっぱりしているようで決して薄味ではありません。その分、スティープすると味の変化もまた大きくなりやすい傾向があります。


Bubble Teaは梅酒などと違い、スティープさせることによって変化を楽しむという意図はありません。蜜やEVANS、きよみや寡婦などと同様、出荷したその時点で最高の出来になるように調整してあります。ご参考までに。


E-Juiceってついスティープさせてみたくなってしまうものですよね。Bubble Teaをどう楽しむかはそれぞれの自由。可愛がってあげてください。