奴らがやってきた。
人前にその姿を晒すことも、足音を響かすことも無く。
最初はほんの少しの咳から・・・
次には眼の痒みを伴って・・・
最後には鼻水を誘発しながら・・・
いつの間にか、しかし確実に奴らは僕の周りに蔓延し、僕を蝕んでいるのだ!
’花粉
’
奴らが今年も、僕の住むこの街に忍び寄ってきたのだ。
負けるわけにはいかない!僕にも人類の端くれとしてのプライドがある。
そう考えた僕は、滴り落ちる鼻水を啜りながら家を後にした。
グリーク、インディアン、和食、メキシカン・・・多彩な国際色豊かなレストランが立ち並ぶDavieストリートを抜け、イエールタウンへ。
最初に眼に止まったのは、新しくオープンしたらしいお洒落な’帽子屋’さん。
立ち止まり物色してみる。
ブロンド店員のお姉さんが隣に来て、色んな帽子を勧めてくれた。キャスケット、ニット帽、ボルサリーノ、果てはパナマ帽まで。香水の甘い香りがする。僕はクラクラとしてしまう。すかさずセールストークが繰り出される。
「あなたは眼が大きくて、頭のかたちが良いから、大抵の帽子は似合うわ。」と。
そう囁かれると、本当にそんな気がして来てしまう。まるで催眠術だ。
危うく$60のキャスケットを買いかけるが、そんな時、別の客が。碧眼のイタリアン(多分)。どう見ても、僕より眼が大きく、頭の形も良い・・・色男の典型。
ハッ!いかんいかん。同じようなキャスケットを昨年買ったではないか
眼が覚めた僕は、そそくさと帽子屋を後にした。
しばらく歩いた後、ふと見かけた’眼鏡屋’へ。
ここでも、中国系のカナディアンと思われるかわいこちゃん店員が、眼を輝かせてにじり寄ってきた。
様々なサンプルを持参した彼女は「あなたはアジア人なのに顔がどんな眼鏡にも合う形だからラッキーね。」と囁く。またまた甘いにおいがした。おまけにじっと僕の眼を見つめて「私はコレが好き。」とグリーンのウエリントン型の眼鏡を勧められる。
もう抵抗すら出来ない。まるで蜘蛛の巣にかかったハエ状態だ。
殆ど落ちかけた僕だったが、ふと値段を見て(この時点まで価格も確認できなかった)正気に戻る。
$475・・・僕はここでも踏ん張って彼女を振り切った。
よく考えたら、同じようなものを既に持っているではないか!
←おなじようなもの
そう、真に恐れるべきは、花粉などという眼にもとまらぬ存在ではなかったのだ。
僕の場合のそれは、女性のおだてに非常に弱いことだ。僕は幼い頃女性に囲まれて育った。家では母と祖母に、外では女の子の友人達に(僕の育った町内では、たまたま僕の年代だけ、僕以外全て女の子だった。)
なのに、というか、だからなのか、今でも女性にはとことん弱い。
僕は、僕の中に巣くうこの危うさこそ、花粉に勝るとも劣らない脅威であることを改めて認識したのだった。
人は皆、自分の内に危うさを秘めている。