GW後半は復興支援と自分たちで題して東北を旅してきました。


3日の早朝4時に自宅を出発。2年前にGWを東北を旅した際は同じ4時に出発し、盛岡ぴょんぴょん舎に開店する11時に到着するつもりがあまりにも早過ぎて、平泉に立ち寄ったことが思い出されます。


今回は雨でしたが、矢板までは順調でした。ほぼ1時間半で到着。ところが東北道が3車線から2車線になる矢板から断続渋滞となります。



雨なので旅行する人も少ないと考えたのですがこれが甘かった・・・・



ずっと続く渋滞、途中で「70キロ断続渋滞」という標識が。70キロなんて見たこともないし、断続だからちょっと渋滞、かなり走ってまた渋滞みたいなことを考えたいのですが。



これが甘かった・・・・この大雨の中、なんと70キロ渋滞どころか、それが終わっても「50キロ断続渋滞」との標識が。いつまでたっても渋滞が終わらず、結局仙台を超えて暫く続き、断続渋滞は200キロを超えて、6時半から13時まで渋滞の中の運転でした。


ここまでは初めて。渋滞が嫌いでいらいらする私ですが、ここまでだともう達観してしまい、、、、


やっとのことで一関で高速を降りて気仙沼に到着したのは15時過ぎ。フェリーは満車で乗れず。結局(結果的には良かったのですが)被災した港の前の市営の駐車場に車を置いてフェリーで大島に渡りました。


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この市営駐車場もほぼ満車で、一番上にやっと停めれたくらいで。



気仙沼港に来て初めて被災地を見ました。テレビで見る画像に慣れていることと、時間がなくて、また雨で車の中からということもあり、単に見てこの日は終わったのです。
(その後にすごい光景を目にしたのですが・・・・)

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フェリーのチケット売り場はまだ仮の建物でした。


気仙沼から大島まではフェリーで20分です。車ではないので宿泊予定の国民休暇村から迎えにきてもらいました。



フェリー乗り場も何もありません。ここも津波で被災したようです。こちらからではなく、島の向こうから来た津波が島を横断したようで。




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色々な建物があったようです。山の上に登るロープウェーも流されたようです。
確かに土台だけのところが点々としてました。


国民休暇村は少し高台にあったので津波の被災は受けず、暫くは被災者の宿泊、その後は工事関係者の宿泊施設、被災者が仮設に移った後で一般営業を開始したようです。


大雨で夜中には携帯にあの地震速報と同じで、緊急避難指示が届いたのですが(私の地域は避難地域ではなかったのですが)。



ともあれ、大雨の東北復興支援一日目は何もせずに終わったのでした。


続く