日本の生活が本格的に再スタートしたので、新しくブログを始めました。
http://ameblo.jp/小泉0112/


小泉をkoizumiに変換すると飛びます。

Facebookは、ぼくの私事を伝えるにはソーシャル的すぎるし、ツイッターは言葉がまとまらないのでブログにしました。

ある程度限られたコミュニティーで、自分の考えている事を発信できたらいいな、と思ってます。

2009年の11月にバンクーバーへ行くときから、このブログを始め、自分の旅も始まった気がします。そして、2011年8月26日に、日本へ戻ってきました。この約2年間の海外生活は、なんとなくずっと旅人だった気がします。

「旅の終わり」と共に、このブログも閉めたいと思います。



4月末でバンクーバーの会社を退職してからは、よく遊びました。4ヶ月間、色々な国と地域へ行きました。飛行機を乗った時を中心に、まとめておきます。



5月初め  ヴィクトリア⇒バンクーバーへ水上飛行機  ケルベロスのみんなと

5月中旬  ウェストコーストトレイル    バンクーバーアイランドにある国立公園で、7日間のテント生活。25キロのバックパックをもって7日間を過ごしたこのトレイルで、相当タフになる。

5月下旬  カナダを西から東へ       ロッキーマウンテン中心に旅。カナダは広かった。

6月中旬  トロント⇒ロンドン         ロンドンは2日間の滞在。でもロンドンは強烈な印象。僕にとって、ロンドンは世界の中心でした。世界の中心で愛を叫びたいなら、ぜひロンドンで。

6月下旬  ロンドン⇒日本          おばあちゃんの容態変化で、緊急帰国。無事持ち直し、旅再開。

7月11日  日本⇒スペイン          姉の住むマドリッドへ。

7月中旬  マドリッド⇒カナリア諸島    海がきれいなリゾート。

7月下旬  マドリッド⇒ピレネー山脈    フランスとの国境にあるピレネー山脈。とても素敵なトレイルがいっぱい。いつか、10日間ぐらい山小屋を使って縦走してみたい。

7月下旬   ヌーディストビーチ in Spain 本格的なヌーディストビーチ。トップレスじゃない、何も身にまとわない状態。カップルや、友達同士で楽しんでいるのは、比較的容易に理解できるけど、家族で楽しんでいるのは、日本人の僕には倫理観を超えた光景でした。というのも、20歳ぐらいの娘と両親が、一糸まとわぬ姿で海水浴しているのです。日本にも温泉文化があり、場所により混浴というものがあるけど、あの露出感は、僕の堅い頭じゃ一生理解出来ない気がします。  ぼくもスペイン人にまじって裸になり、これでは直接日の光を浴びることのなかった部分を、ラテンの太陽にさらしていると、なんとも平和な気持になるのでした。


8月初め  マドリッド⇒バルセロナ    兄と一緒にバルセロナ観光。ガウディー漬けの2日間。

8月中旬  モロッコ9日間          ラマダン中のモロッコ。観光立国のこの国は、とても陽気だけど、タフな国。サハラ砂漠は、とても貴重な経験。人生に一度、砂の上にゴロンとして、星空を見ながら寝てみてほしい。人生を見つめ直す機会になります。

8月26日  日本帰国




ざっと、こんな感じの4ヶ月間。この4ヶ月間で飛行機に11回乗りました。それまでは、飛行機に乗ることは、一つのドキドキするイベントでしたが、こう立て続けに乗ると、そういう感動は薄れていきます。




そして、8月27日に96歳のおばあちゃんが亡くなりました。96年という長さの人生が終わりました。後半の10年はボケてしまい、会話が成り立たない状態でした。残念なことに、そういうおばあちゃんの印象しか残ってません。亡骸にさよならを言い、その後たった1時間で、焼かれて骨だけになってしまうあっけなさに、死というものが遠い存在ではなく、すぐ隣にあるものなんだなと、改めて感じます。


昨日は母親の69歳の誕生日。兄貴と3人で、20時から始まったその誕生会は、朝の4時までノンストップ。みんなよく飲むなぁ。

今日、8月31日。明日から、新たなスタートです。最近全然更新してなかったけど、今日の旅の終わりと共に、このブログも終わりにします。



明日は、1泊2日で、石巻に行きます。そして9月中旬には本格的に被災地へ入り、自分ができるボランティア活動をする予定です。その期間は1ヶ月なのか、それ以上なのかはまだ決めてません。


その後、就職活動します。誰かの為になるような仕事がしたいので、個人的にはボランティアも既に新しい社会人生活の始まりだという気持ちでいます。


人生はきっと短く、僕はすでに31歳。

だから、いつも、ドキドキワクワクしていたいです。


今、少し不謹慎かもしれませんが、被災地に行く事、とてもドキドキワクワクしています。



それではみなさん、お元気で!




取りあえず、速報として。

3時間30分を切る事を目標にした、2回目のバンクーバーマラソン。


結果 3時間29分01秒



無事、達成しました!!!!


今日、今まで働いていたメディアカンパニーを退職。


振り返れば、あっという間の短い時間だったけど、様々な事を考えさせられた1年と数カ月だった。全てが充実してて、楽しい時期もあったし、全てがネガティブで、落ち込む時もあった。成長欲が強く、成長をビシビシ感じる時も、逆に怠慢で、衰退してるんじゃ?と思う時もあった。

確かな事は、この期間で、色々と物事の考え方がかわった。

日本にいても、1年半ぐらいあれば、モノの見方、考え方は大分変わるだろうから、海外で生活する事が特別だとか、必要だとか一概には思わない。海外生活を、そう軽々しくお勧めする事も出来ない。かなり厳しい現実があるから。

でも自分の場合は、「日本語での営業力」以外に社会と勝負出来る武器がない中、悪戦苦闘して行く中で、自分の生命力を感じる事が出来たし、逆に自分なんて存在しなくたって、世の中が何事もないように回って行くことも実感した。


今、送別会から帰ってきて、このブログを書いてるわけだけど、充実感や疲労感のような気持より、「ホッとした」とい無に近い気持ちが一番今の気持ちを表現するのに近いと思う。


社会人の初めの頃は、1人前になる事が一番の目的だった。3,4年経つと、今度は人より出来るようになる事が目的になり、それからもう少し経験を積むと、ただ垂直に穴を掘るだけじゃなくて、横にも掘ったりして、能力に万能性をつけるように努力した。

意図的に垂直に掘ったわけじゃないし、横に掘ろうとしたわけじゃなくて、「今、その時を振り返るとそう思う」という種類の話だけど。


そして、自分の中である程度、万能性と呼べるような営業力、洞察力、直観力などの社会人スキルを身につけられたんじゃないかと思い、いったん穴を掘ること辞めて、英語を身につけてみようとチャレンジすることにしたわけ。
今掘っている穴は、1年後にもう一回、同じ場所から掘って行く事が出来るだろうという強い自信も、辞める事の大きな理由だった。

そして、英語を勉強する道は、一体どこに続いているのか見当もつかないなか、漠然とした未来への希望と想像して、若さならではの勢いと自分勝手な自信だけでバンクーバーに来た。
「英語はただのツールだから、そのツールを手に入れたところで、未来が開けるわけじゃない」、という意見も承知の上だったけど、結局ツールを手に入れる事の目的以外に、深くて多面的な目標なんてなかったな。


3ヶ月弱の語学学校生活を卒業してすぐ、今の会社に入った。

働き始めると、実際に、勢いとその自分勝手な自信はとても大きな武器になったし、これまでの日本での経験は、多くの場合、良い方向へ道を創ってくれたと思う。
でも、それだけじゃどうにもならない事もあった。人種差別(ココは、表面上はそんなにあからさまな差別は無いけど)とか、文化の違いなんかも、その中の一つ。
そうした壁と向き合い、乗り越えたり、乗り越えられなかったりを繰り返していると、ふと「結局、バンクーバーでも、日本で掘り続けてた時の穴を、また掘っているだけじゃんか。それにもまして、英語と習得するという目標が、大きな石のように重く背中にのしかかり、心が重くなっているな。」と感じる事が増えてきた。


それが今、ようやく英語習得の重圧を感じなくなり (決して流暢にしゃべれるようになったわけでも、ネイティブが話している事がクリアに理解できるようになったわけでもないけど、今のレベルでも、まぁそんなに悪くないだろ。という妥協に近い開き直りが身についたという事)、ある程度の自分が納得できる仕事の成果を残して、多少の人々に惜しまれながら仕事を辞める事が出来た。

だから、今、初めて「ホッ」とした気持ちになってる。


社会人を始めた時から、知らず知らずに背負い込んでた、目に見えない重りの様な何かを、明日はもう背負いながら歩かないんで良いんだって思うと、何かから解放されたんだ!って思う。

今の自分は、日本にも、バンクーバーにも、どんな会社組織にも属してない。そして、属さない事を非難されたり、誰かに迷惑をかけたりする状況でもない。英語をろくすっぽしゃべれないで日本に帰る事を恐れる必要もない。


だから、こういう時期を使って、国をハシゴしながら、日本に戻ろうと思う。
国内も全然旅行していないので、まずはこの世界第2位の国土を持つカナダを1ヵ月程度旅しようと思う。
そして、ロンドン、スペイン、パリなどへ行く予定。

面白い事に、肩の荷が下り途端、旅行へはテントとか寝袋とか、15キロ以上の荷物をバックパックに詰め込んで背負っていく。これまでの重圧が、キログラムに換算して15キロなのかどうかはわからないけど、下ろす荷物があれば、新たに背負い込む荷物もあるんだね。



8月下旬の高円寺の阿波踊り祭りには間に合うように帰ろうと思う。

ひとまず、お疲れさまでした。




久しぶりのブログ。


何のためにブログを書くのかな。自分用に書いているようで、そうとも言い切れない。そんな宙ぶらりんな気持ちが気持ち悪くて遠ざかってた。今回は、友達に「書けば読むよ」と言われたので、書くことにした。でも、ブログの使い方、意味をつかめていないままなので、次はまたいつ書くのか。



季節が冬から春にかわって、外はすでに桜が満開。気温も上がってきて気持ちが良い。
文章の初めだから季節ネタを書いたのではなくて、本当に気持ちが良い日々が始まったうれしさから。
今回のバンクーバーの冬には、かなり強力な負の力を感じた。毎日雨で、カラッと晴れる日が無かった。


choizumi's Vancouver Life



5月1日のマラソンのトレーニングとして、先月200キロ走った。その結果、左足の甲を負傷。普通に歩いても痛くてトレーニング中止。
こういう痛みの時にどのように対応するべきかネットで調べると、いろんなアドバイスがのっていた。まとめると「完全休養」が一番ということらしい。だから、痛みが引くまで休んだら、結局15日間ほどランニングを休んだ。


今まで、こういった痛みが出た事が無かったから、原因を考えてみる。思い当たる事は、歳を取ったという事もあるし、シューズについても。買ってから3年ぐらい履き続けてきたし、かかとも大分すり減ってる。クッション性能の低下もあるだろうなとおもい、思い切って新しいのを買いに行った。

1店舗目に行った大きなスポーツショップ。
新しいランニングシューズを探している旨を伝えると、「そしたら、これが安いからいいよ。」と、即セール品を指定。「値段じゃないんだよね。。」と残念な気持ちになりながら、一応それを履いてみて、終了。


2店舗目はランニング用品専門店。
同じ話をすると、「そしたら、靴を脱いで。」「まっすぐ立って」「ちょっと膝曲げてみて」「向こうまで歩いてみて」といった診断が始まり、「キミは足のアーチの大きさが少し少なめだね。アーチの高さ別に並べてあるから、ここからここまでがキミに合うと思うよ。まず、僕の方で良さそうなのもってくるね。」

ランニングシューズを選ぶというのは、やはりこういう事だよな、と買う前から満足。
バンクーバー生まれ、両親はフィリピン出身の親切なスタッフに、結局6足ほど色々なブランド、シリーズを出してもらって、都度履いてはお店の中を歩き回った。そして、アディダスに決定。

choizumi's Vancouver Life



ランニングをちゃんと始めてからずーーーーとアシックスだったから、アディダスは新鮮。(友達からナイキのシューズをもらった事を除けば)
新しいモノをじっくり選んで買った時って、すごくテンションがあがる。買い物が終わったのは21時で、夕ご飯も食べてなかった。でも家に帰ってすぐに履いて走りに行った。



また、時間が取れなくてトレーニングが継続できないという言訳をやめることにした。毎日走ると決めたら、夜遅くても、少しの距離でも走る。
それと、日常にトレーニングを取り入れることにした。ランニング用に着替えて、外に出て走るだけがトレーニングはなくて、身近で出来る事があるはず。自分の生活を見つめなおすと、2つあった。会社までの往復の距離と、階段上り下り。

会社までは家の前からバスに乗れば10分でついちゃうが、歩けば25分。これを早歩きに変えて20分。
もう一つは、階段の上り下り。いま14階に住んでるけど、エレベーターを使うのをやめた。


つまり、目的が明確になると、その為のアプローチ方法が色々出てくる。
ブログもそうだな。一つの手段であって、目的が無い中で、ただ書くと言う事には前向きになれないんだろうと思う。



この前の満月の時の写真。肉眼ではクレーターもよく見れた。でも写真にすると、ただの白い丸になってしまうのが残念。

choizumi's Vancouver Life



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