民族的な衣装をつくるときは、その歴史の背景を学ぶようにしています。
今回はアロハシャツ。
ハワイの伝統的な衣装には日本人が大きく関わっていました。
アロハシャツの定義
ざっと調べたら以下のことが判明🌟
- 柄がトロピカルやオリエンタルであること
- 色彩が華やかであること
- 開襟シャツであること
- ボタンは基本ヤシの木やココナッツの実でできていること
- 生地の素材に制限はないこと
柄はたしかにアロハシャツ柄🌺みたいな雰囲気ってなんとなくわかりますよね。
知らなかったのは金魚とか虎などの和柄でもいいということ。これは後述するアロハシャツの歴史でその理由がわかります。
正式には、ボタンもプラスチックのボタンならアロハシャツとは認められず「アロハ風シャツ」になるようです。日本にあるのはプラスチックのボタンのものが多そう😅
あと開襟シャツじゃないものも多そう💧
とはいっても現代はデザインの多様化が認められる時代。
本人がよければ何でもアリの時代です。
でも正装として認められているアロハシャツであるからこそ、自分は定義をしっかり押さえて本物のアロハシャツを作りたいと思います^^♡
アロハシャツの歴史
起源は諸説あるそうですが、有力なのは日本の和服から派生した説だそうです。
正直驚いたΣ(*゚д゚ノ)ノ
時代は19世紀後半から20世紀前半。
- 日本移民が持ってきた着物を洋服へと再利用した説
- 着物の美しさに惹かれた現地の方がシャツにした説
どちらにせよ日本の着物から発生したと考えてもよさそう👘✨ハワイに渡りサトウキビ農業に従事した日本移民は22万人にのぼるそうです。昔は日本人も海外にどんどん出て行ってた時代があるんですね。
そのため和柄もアロハシャツに認定されるというのは納得です。
当時、生地を織る技術・鮮やかな色を染める技術はハワイにはなく日本やアメリカ本土から渡ったもので作られていたそうです。京都で織られた生地は重宝されたそう💎✨
なので生地は日本産のものでも浴衣生地でも米国産でもOKとしたいと思います^^
「アロハシャツ」は日本人が作ったけれど・・・
少し話がそれますが、
需要が増えてアロハシャツの専門店をハワイに一番先に出店したのは宮本孝一郎さんという日本人だったそうです。シャツが評判になり売れてきたころ、雑貨店を営むエラリー・チャンという中国系アメリカ人が登場します。
エラリー・チャン氏はホノルルの旅行者に孝一郎氏のシャツを販売することを思いつき、花柄のシャツを作らせました。それはとても売れ行きがよかったそうです。
そのとき売り出したシャツの商品名が「アロハシャツ」でした。
翌年、孝一郎氏の店は他の日本人に買い取られることになりました。
それから史上初めて大々的に「アロハシャツ」の名を使った広告を打ち出し、着物生地のシャツを売り出します。
ところがその後チャン氏が「アロハシャツ」の名を商標登録。
以後20年はチャン氏にその名は独占利用されることとなりました。
私は作り手目線だから少し悲しい気持ち。
だけどいいものを作って終わり、じゃダメなんですね。
特許を取るまでが遠足。
この時代から時間は経ちましたが、日本人はこの辺まだ遅いように思います。
もし特許を取ったのがチャン氏でなかったら、アロハシャツはもっと和風寄りだったかもしれないですね。
1950年にはアロハシャツがハワイで砂糖、パイナップルに次いでハワイで3番目の産業になり黄金時代を迎え、官民により様々な利用促進キャンペーンも行われたそうです。
1947年 アロハウィーク(職場でアロハシャツOK)
1948年 アロハウェンズデー(水曜日にアロハシャツ推奨)
1956年 アロハフライデー(カジュアルウェアデー)
こういった地域をあげた取り組みが続いた結果、アロハシャツが正装として認知されるようになったそうです。
初めからアロハシャツが正装というわけではなく少しづつゆっくりと浸透していったんですね^^
1960年代には正式なアロハシャツ以外にデザインが多様化し開襟シャツじゃないものや、ボタンが竹や金属のもの、生地を裏返しに縫製して控えめな色合いのものも着用されるようになってきたそうです。
正装としてのアロハシャツ
長い歴史をかけて、式典や冠婚葬祭でも着用が許されるようになったアロハシャツですが、TPOによってシャツの絵柄を分ける風習があるそうです。
軽くご紹介します。
結婚式=マイレ柄
マイレとはハワイのつる植物。つるが絡まりあいながら成長していくさまは「結びつき」を象徴。
お葬式=ラウハラ柄
万物の終わりを意味し弔意を表す意味。
旅立ち=パンノキ柄
偉大なキャリアスタートの意味。
他にもあるかもしれませんが、柄によってTPOがあるということ覚えておきたいと思います。
以上、アロハシャツを作る前に調べた雑学でした。
これから夏は暑くなるし、休日に取り入れるのもいいかもしれませんね。
こんなに深い歴史があったなんて知らずにいました。
アメリカの方はキモノドレスを大変お喜びになると聞いたことがあります。その理由もなんとなく感じ取れたように思います。
さて・・・。夫の原型作ろうかな。