元々株式会社ヴァンヂャケットのシャツは呉羽紡績株式会社が織った生地を使っていました。
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1966年呉羽紡績株式会社は東洋紡績株式会社に合併されます。
そして以降、株式会社ヴァンヂャケットと東洋紡績株式会社は強い繋がりを築いて往きました。
 
1971年には東洋紡績株式会社、三菱商事株式会社そして株式会社ヴァンヂャケットの三社で
株式会社ラングラージャパンを設立しました。
 
又同じ1971年に
東洋紡績株式会社がメインライセンシーで株式会社ヴァンヂャケットがサブライセンシーとして
米国ガント社のシャツブランド「GANT」の製造・販売を開始しました。
当然シャツの生地は東洋紡績株式会社製を使用した商品でした。
 
1966年以降はトラディショナル・ブランドとして成長した「Kent」のショップで「GANT」は販売されました。
先ずは「Kent/GANT」のダブルネームで販売しましたが直ぐに「GANT」単独での販売に移行しました。
その当時の紙タグで裏面は何も記載されていません。
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表面に「販売 ヴァンヂャケット 東京」
裏面には「アメリカのガント社とヴァンヂャケットとの技術提携により、日本で製作された商品です。」と記載。
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表面に「製造 ㈱ヴァンヂャケット 青山 東京」
裏面には「アメリカのガント社とヴァンヂャケットとの技術提携により、日本で製造された商品です。」と記載。
1978年の株式会社ヴァンヂャケット倒産時までこのタイプの紙タグでした。
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デッドストックで左が紙タグ裏記載なしの初期物、右は表面「製造 ㈱ヴァンヂャケット 青山 東京」の後期物。
「VAN」のシャツを始めて知った時の衝撃「畳み襟」のパッケージを復活して欲しいと願っています。
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株式会社ヴァンヂャケット倒産後は株式会社ジュンがサブライセンシーとなって
「GANT」のシャツの製造・販売が始まります。
「Kent」の初代担当者安田昌弘が株式会社ジュンで立ち上げられたブランドが有ります。
それは重厚なブリティッシュをイメージした「Beverly-hills」でした。
その後安田昌弘は株式会社ヴァンヂャケットに戻り「Burton-woods」を立ち上げました。
そして「Beverly-hills」はヨーロピアン・ブランドになっていて
株式会社ヴァンヂャケットの倒産の時期を向えていました。
株式会社ジュンの佐々木忠社長は倒産の一週間後には「Kent」顧客の受け皿として
「Beverly-hills」をアメリカンチックに焼き直し正に「Kent」モデルの販売開始を打ち出されました。
その流れで「Kent」ショップでのシャツは「GANT」だったように
「Beverly-hills」ショップでのシャツは「GANT」とされたのでした。
 
裏面には「アメリカのガント社と株式会社ジュンの技術提携により、日本で製造された商品です。」と記載。
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裏面には「アメリカのガント社とビバリーヒルズの技術提携により、日本で製造された商品です。」と記載。
「Beverly-hills BOY'S」も登場しました。
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そして株式会社ガントジャパンが設立され表面に「製造・販売 ㈱ガントジャパン 東京」
裏面には「アメリカのガント社とガントジャパンとの技術提携により日本で、製造された商品です。」と記載。
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1999年「GANT」の商標権をスウェーデンのピラミッドスポーツ社が取得し本拠地を移して展開しています。
我々にとっては懐かしいシャツブランド「GANT」ですが・・・・・。
 
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