――あれは、俺がまだ小学生の頃だ。
俺は昔からお嬢様に仕えることを望み、そういう家に生まれ、そういう教育を家でも受けてきた。
その姿は他の同年代の男からしたら、異質に写った事だろう。
「女に媚びるとかださい」
「その言葉使いキモい」
そんな言葉が周囲から聞こえていた。
年を重ね、ある程度の反抗期も経験し、中学生になる頃には身長も伸び、容姿も大人びたことで、そんな声は全く聞こえなくなったが・・・。
しかし、記憶には残っている。
あの小学生の夏。
いじめで閉じ込められた体育倉庫で出会った、あの紳士の姿を・・・。
――ドンドン!
<宵闇>
「開けてください!!お願いします!!!
一緒に遊んでくれると誘って下さったのに、どうしてこんなことを!?」
<男の子たち>
「お前となんて一緒に遊んでやらねーよ!
お前の話し方気持ち悪ぃーんだよ!!」
そのまま男の子たちは去っていってしまった。
<宵闇>
「う・・・――」
裏切られた悲しみと、絶望感と、喪失感と・・・。
焦りと無力感と・・・もう、ぐちゃぐちゃだった。
何時間たったか分からないけれど、小さな小窓の外がだんだん赤く色づいた頃。
夏の暑さのせいもあってか、息苦しくなってきた。
色んな種類のボールがそれぞれカゴ一杯に入っていて、砂埃の匂いが立ち込める中に跳び箱やハードル、マットがあった。
跳び箱にもたれ、そのまま地面に腰を下ろした。
きっと誰かが探しにきてくれるだろうから、それまで・・・我慢・・・。
<???>
「このまま何もしないのは、どうかと思うがね」
――!!!
不意に声を掛けられて、声のする方に目を向けた。
そこには見知らぬ白髪交じりの男性が、背筋をピンと伸ばして立っていた。
赤いタイスカーフにタイピン、左腕に白いナプキンをかけ、まるで絵に書いたような執事の出で立ちだ。
<宵闇>
「あ、あなたは・・・?」
<???>
「私の名は、エドワーズ・ムーン・ラキオス。
かつて今君の住んでいる屋敷に仕えていた執事です」
<宵闇>
「え?」
<ラキオス>
「君はここに閉じ込められて、扉を叩いて、叫んで、泣いただけ。
もしここに、君の主が一緒にいたらどうする?
君は泣いているだけなのかい?」
<宵闇>
「・・・」
<ラキオス>
「まぁ無理もない。
君はまだ幼い。
ただ、執事というのは年齢など関係ないのだよ。
いくつであろうと守らねばならない、仕えなければならない主がいるのであれば、常に主のことを考える。
それが執事というもの。
今、ここは君一人だが、この間に主に何かあったらどうする?
だから執事は主に仕える以上に、いかなる時も手段を探さなくてはならない。
どうすればいいのか、常に考えなさい」
<宵闇>
「でも、僕は・・・」
<ラキオス>
「大丈夫だ。
君には守りたい主がいるだろう?」
<宵闇>
「え?」
<ラキオス>
「君の目を見ていればわかる。
さぁ、探してごらん。
諦めなければ大丈夫だ、見つかるよ・・・――」
そういって、姿を消したラキオスと名乗る男の微笑みが優しく、印象深く残った。
それから俺は、体育倉庫の中を探し回り、外に出る方法を探した。
体が通らないくらいの窓しかなかったので、ありったけの野球用のボールを外に出した。
これだけ外に出しておけば、絶対に不思議に思うはずだ。
――外が暗くなった。
体中が埃だらけになって、手もすっかり汚れてしまった。
<宵闇>
「喉が渇いたな・・・」
そうつぶやいた途端、倉庫の扉が音を立てて開き始めた。
<???>
「宵闇・・・!」
<???>
「兄ちゃん!」
<???>
「あぁ・・・無事でよかった」
懐中電灯の明かりと一緒に何人もの人が近くへ近寄ってきて、俺の顔を覗きこんできた。
一番先に走り寄ってきたお嬢様と弟の姿が、ぼんやりと視界に入る。
お嬢様が俺の手を強く握って、震えて泣いていた。
――あぁ、この手を放してはいけない。絶対に・・・
俺はこのときに誓った。
お嬢様を生涯守り続けると・・・。
――ありがとうございます、大切なものを気付かせてくれて。
この時から、俺に迷いはなくなった。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
私の幼少期のお話でございました。
とても不思議な体験でしたが、今の私があるのはあのラキオス様のおかげかも知れませんね。
あの時のお嬢様の手は、私に強い意思を下さいました。
ですが、そう思えたのは、ラキオス様からの教えがあったからです。
あれからとてもたくさんのことを学び、経験いたしました。
すべてはお嬢様をお守りし、お仕えするためでございます。
どうぞ、これからも末永くよろしくお願いいたします。
さて、明日はびたー様のサマーホラーです。
本イベント最後のストーリーでございます。
どうぞお楽しみくださいませ。
宵闇