8/20(土)~8/21(日)で宮城県の南三陸町へボランティアに行ってきました。
実際に被災された方とのコミュニケーションや、
自分の目で見た災害の爪あとについて、
伝える必要があると思うので、ブログにアップしておきます。
宿泊先:ホテル観洋
オーシャンビューの客室、食事共に最高。
2Fの露天風呂は、海岸に面しており、海面からは15メートル近くあると思われますが、
それより高いところにある木に、木材やゴミが引っかかっていました。
全てリニューアルが完了し、とても気持ちの良いお風呂でした。

もう暗くなってしまいましたが、部屋から取った写真です。
もっといい写真を取れず、すみません・・・。

食事は、新鮮な海の幸が満載でした。
配膳をしていただいた従業員の方も、
自宅は津波で流されてしまったとおっしゃっていました。
首から名札をぶら下げた子供たちが遊んでいました。
避難所になっているようです。
1Fフロントの前には、住宅の当選結果表が置いてありました。
新たな住まいがまだ見つからない方々もたくさんいるようです。

ここからは、タクシーの運転手さんに親切に案内をしていただいた内容です。

警察署、市役所、郵便局がある、街そのものが一番被害を受けました。

津波は、植物もダメにしてしまいます。
手前の色が茶色くなっている木は、枯れてしまっています。
山を削ったのは、全部津波です。

比較的高いところにあった、小中学校は被害が少なく、不幸中の幸いだったとのことです。
市役所の屋上に逃げた方が数名助かったというニュースがありましたが、
その何倍もの人数の方がそこで命を落としたそうです。

これはスーパーマーケットです。

これは、郵便局。

復興には、まだまだ時間がかかるとおっしゃられていました。
電車の線路も、寸断されたまま、そのままでした。
災害の日は、雪の降った寒い日でとても辛く、
約1週間は、ライフラインが止まり、携帯電話が使えないために
家族と連絡は取れず、毎日歩いて、避難所をめぐったそうです。
運転手さんは、1週間後に家族と再会することができ、
幸いにも皆さん無事だったそうです。
自衛隊の方々には、大変感謝しているとおっしゃられていました。
遺体の収容が間に合わず、遺体を背負いながら、避難所に運び、
炊き出しで食料を提供してくれるものの、一切自分たちはその食事に手をつけず、
数人でテントで寝泊りし、缶詰を食べていたとのこと。
当時、自衛隊、レスキュー、消防隊のニュースは見ていましたが、
現場の皆さんを守った方々は、真の英雄だと思いました。
丁寧に案内いただき、送り届けてくださった運転手さんには、
お礼とこれからもがんばってくださいと、ありきたりなエールを送りました。
笑顔は見せてくれましたが、そのコトバすら相手を傷つけるのではと感じる位でした。

(南三陸町災害ボランティアセンターにて)
今回、株式会社インフキュリオンの皆さんとご一緒させていただきました。
職場付近のゴミ拾いや、環境保全団体への寄付活動等、
会社としての取り組みも勉強させていただきました。
皆様、お疲れ様でした!
「ボランティア」、聞きなれたコトバで、何だか、
やる側用のコトバのような気がして、これまであまり積極的ではありませんでした。
今回実際に現地へ行き、被災された方と話しをすることで、
それが、営利なのか、非営利なのかということよりも、
困っている方を助ける、守ることが目的であり、大切であるということを感じました。
私も事業、経済活動を行っている身として、そして一個人として、
もっと真剣に貢献活動を考え、取り組んでいこうと思います。
今回このような機会に巡り合えたので、参加することができましたが、
実は、何かできたらな・・・で終わっていたかもしれません。
これからの自身の行動を変えていこうと思います。
実際に被災された方とのコミュニケーションや、
自分の目で見た災害の爪あとについて、
伝える必要があると思うので、ブログにアップしておきます。
宿泊先:ホテル観洋
オーシャンビューの客室、食事共に最高。
2Fの露天風呂は、海岸に面しており、海面からは15メートル近くあると思われますが、
それより高いところにある木に、木材やゴミが引っかかっていました。
全てリニューアルが完了し、とても気持ちの良いお風呂でした。

もう暗くなってしまいましたが、部屋から取った写真です。
もっといい写真を取れず、すみません・・・。

食事は、新鮮な海の幸が満載でした。
配膳をしていただいた従業員の方も、
自宅は津波で流されてしまったとおっしゃっていました。
首から名札をぶら下げた子供たちが遊んでいました。
避難所になっているようです。
1Fフロントの前には、住宅の当選結果表が置いてありました。
新たな住まいがまだ見つからない方々もたくさんいるようです。

ここからは、タクシーの運転手さんに親切に案内をしていただいた内容です。

警察署、市役所、郵便局がある、街そのものが一番被害を受けました。

津波は、植物もダメにしてしまいます。
手前の色が茶色くなっている木は、枯れてしまっています。
山を削ったのは、全部津波です。

比較的高いところにあった、小中学校は被害が少なく、不幸中の幸いだったとのことです。
市役所の屋上に逃げた方が数名助かったというニュースがありましたが、
その何倍もの人数の方がそこで命を落としたそうです。

これはスーパーマーケットです。

これは、郵便局。

復興には、まだまだ時間がかかるとおっしゃられていました。
電車の線路も、寸断されたまま、そのままでした。
災害の日は、雪の降った寒い日でとても辛く、
約1週間は、ライフラインが止まり、携帯電話が使えないために
家族と連絡は取れず、毎日歩いて、避難所をめぐったそうです。
運転手さんは、1週間後に家族と再会することができ、
幸いにも皆さん無事だったそうです。
自衛隊の方々には、大変感謝しているとおっしゃられていました。
遺体の収容が間に合わず、遺体を背負いながら、避難所に運び、
炊き出しで食料を提供してくれるものの、一切自分たちはその食事に手をつけず、
数人でテントで寝泊りし、缶詰を食べていたとのこと。
当時、自衛隊、レスキュー、消防隊のニュースは見ていましたが、
現場の皆さんを守った方々は、真の英雄だと思いました。
丁寧に案内いただき、送り届けてくださった運転手さんには、
お礼とこれからもがんばってくださいと、ありきたりなエールを送りました。
笑顔は見せてくれましたが、そのコトバすら相手を傷つけるのではと感じる位でした。

(南三陸町災害ボランティアセンターにて)
今回、株式会社インフキュリオンの皆さんとご一緒させていただきました。
職場付近のゴミ拾いや、環境保全団体への寄付活動等、
会社としての取り組みも勉強させていただきました。
皆様、お疲れ様でした!
「ボランティア」、聞きなれたコトバで、何だか、
やる側用のコトバのような気がして、これまであまり積極的ではありませんでした。
今回実際に現地へ行き、被災された方と話しをすることで、
それが、営利なのか、非営利なのかということよりも、
困っている方を助ける、守ることが目的であり、大切であるということを感じました。
私も事業、経済活動を行っている身として、そして一個人として、
もっと真剣に貢献活動を考え、取り組んでいこうと思います。
今回このような機会に巡り合えたので、参加することができましたが、
実は、何かできたらな・・・で終わっていたかもしれません。
これからの自身の行動を変えていこうと思います。





大切なのは、やりたいコトをやること(挑戦すること)と、経験を積むこと。
そして、生活に必要な分のお金。
社会に貢献すること。








