かごっま9月には鹿児島に行っていました。社会人になってから初の九州。お相手は去年北海道へ一緒にいった人。桜島は常に噴煙でていて、桜島観光の日はちょっと噴火した。顔に火山灰がたくさんついた。温泉にも入ったし島をほぼ一周しました。仙巌園が予想以上に広くて多分3時くらいに行ったのに回りきれなかった。尚集館だっけか、島津のお宝おいてるとこゆっくり見れなかったし別館はいけませんでした。お庭の松の木が来週には伐採されるということで、西郷隆盛も見たであろう景色をぎりぎり拝めたということです。
くれーぷりー夜ご飯とイヤリングお迎えしてきました。すごくきれいなフードコートで、ソファもあり長居できちゃういい感じの場所。マグロとアボカド丼をたべました。量がすごく多くて2回に分けて食べました。デザートはバナナクレープとブリュレクレープ。生地がもちもちでとてもおいしかった。イヤリングすごくかわいくって、作ってるとこもなまで見せていただいたよー。あんな小さいのをちょちょいのちょいでつけていくのすこやい。
北海道の思い出北海道に行くことがあって、修学旅行を思い出しました。旅行中夢にあやみがでてきた。てかあやみと小樽にいるかと錯覚した。一緒に行ってくれた人には申し訳ない。 過去と現実がごちゃまぜクロスオーバーすることがありちょいと危険。脳みそがつかれてるみたい。 実に10年ぶり。当時小樽で食べたラーメン屋さんはどこだったか思い出せないし、勧誘がすごい海鮮屋さんはみつからなかった。潰れたのかな。 まりもっこりのパネルは見覚えがあった。 このとき、ちゃんと計画してなかったのと適当に歩いたらいけるってことで振り回してしまったのすごく反省してる。なので社会人になってからの金沢旅行はちゃんとルート立てたんだけど強行スケジュールでまたもややらかしたな。次の真田巡りは、まああやみの父上のおかげもありグッドでまわれた。 また遊ぶときはちゃんとあやみとプラン練りたいところです。 高校のとき、蟹工船流行ってたなと思い調べたらやっぱ当時ブームやったらしく。小林多喜二も勉強してめぐりました。プロレタリア文学。彼自身は拓殖銀行の銀行員というエリートなんだけども、労働者への劣悪な環境やらなんやらを取材して鋭く(?)小説にしていった。政府に目をつけられて虐殺されてしまい、他のプロレタリア派も執筆するジャンル変えたり(中野重治とか)ひっそり活動したりとかそんな時代。 すごく昔の人の話って思うけど昭和なんだよなあ。恋人さんがわりと最近までいきていたとか驚き。 蟹工船は昭和に映画化されててそれのオーケストラ団に多喜二の弟の三吾さんがたまたまいたとかいう話も。昭和の蟹工船映画はエンドが小説と違って、希望もクソもない終わり方がむなくそわるかったな。 小説はスト起こしたときに決起者が殺されてしまってそれをみてどうしようもないんだ。抗えない。ってなりつつも船の期間が終わり辞めたあと新聞をよむと、ほかの船でも労働者がストをおこしていたという終わり方。読み終わるときに、自分だけじゃなくほかも立ち上がってたんだなという勇気がもらえるんだけど映画は決起者殺されて死体写したあとに(確か)陸軍とか権力者が写されて終わりという、てめえらが何しようが権力にはあらがえねえんだよ!っていうかんじだった。 映画が戦後も政治利用されていた時代なのかなのんなのかわからないけど、そうだとしたら恐ろしい。 そんなこんなで多喜二読んでますというと大学の先生に プロレタリア派なの?ってきかれる。(プロレタリア派は過激なイメー ジ) そういうわけではない。別に殺人者ストーリーよんでも殺人がすきなわけではないのです。短絡的だなあ。 石川啄木も小樽やら札幌にいたらしく、少し調べたりしたんだけどあの人借金しすぎだしなかなかのクズ。踏み倒してしんでいくやばいですねおでこちゃん。 教科書にでてきた文学作品片っ端から読みたいけど僕には時間がないんだ。
春の音いつの間にか年もかわり3月に!他の作業に時間注いでいてあまり撮影できてないのが寂しいです。冬は葉がないのでバードウォッチングしやすい。だんだん暖かくなってきたなあ。大政奉還150年!幕末があつい!