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北斗べがのブログ

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東京に上陸した巨大不明生物について相方が呟いた。

「なんで東京なん」

相方の交友関係は一部しか知らないんで、リアルお友だちなのかフォロワorフォロイなのかフォロー外なのかよく分からないけど、これに対し@が付いてて「あんのにとって東京はですねぇ…!」みたいに語ってる御仁がいた。
相方は「そうなんですか。そういうのは詳しくないんで、また教えてください」てな返しをしていた。薄くてええ感じや。

なお、ワタシは「そしたら、なんでスーパー戦隊の敵はいつも最初に日本を攻撃をするんだ」と呟き返しました。


まあ、巨大不明生物の進行方向と行動に意味を求めようとはあまり思いません。
ゴジラは(怪獣は)、ゴジラで(怪獣で)在りさえすれば。


しかし、飛騨だか岐阜だかの村に住む巫女見習いちゃんの夢の交換相手は、どうして東京のDKだったのか。
その理由はよく解りません。
いや、なりたーいって叫んではいたけどさ。
で、なんか夢渡りみたいな能力者が出る家系ではあるみたいだけどさ。
にしても、なんで彼なんだ。


曰く。カップルで行ったら、そのまま結婚式場を予約したくなる。
曰く。男同士で行っても、出てきたら手を繋ぎたくなった。
云々。

なお、ワタシの職場の24歳同僚♀は一人で行ったそうで「結婚したくなった?」と訊いたけど「いやぁ…別に」という応えでした。


そんな映画、興行成績ぶっちぎり、興収100億円突破、ワタシも観にいってきました。独りで。


まあ、そんなにしんどくはありません。
現状をなかなか把握できない主人公とか、恋愛展開が見込まれてるのにやたら反発し合って話を長引かせる二人組とか、余計なことをしたり言ったりして事態の混乱に拍車をかけるヒロイン()とかいう成分は少なめで、そういった原因のストレスはなかったので。

とはいえ、事態展開についても、二人の心理の移り変わりについても、ワタシの中で、個人的に「なんで?」が多すぎて、なんというか共感ポイントが見つからないうちに話が進んでいった感じというか、正直、置いてきぼりを喰らった心持ちでおります。


そして、キュンより何より、タイムなんとかモノ特有と言っていいのか、凄い怖さを感じました。

あれこれあって、黄昏・たそかれ・誰そ彼・彼は誰・かわたれ・かたわれ・何(過?)他我・片割れの邂逅の後、過去の改変もしくは時間軸の移動が発生したんだよねアレ。
彗星によって一つの村にもたらされた結果が、まるごと置き換わってしまう。

あれは凄く恐い。

自我を保っていると信じている個体の持っている記憶が、その個体が進んでいる時間を遡って書き換えられる。
過去が変わったという事象は全世界に及んでいて、ということは、黄昏の邂逅の後に山を降りて戻った世界は、山を降りる前の世界と同じなのか。
彗星衝突で亡くなった村人は違う並行世界へ移動したのか、あるいは邂逅した二人の方が移動したのか。

変わらないハズのモノ=過去が変わり、そのことを誰も、地球上の誰一人として気づいていない。
この怖さ。


それでもまだ、主人公二人は、変移?の原因・分岐点に立ち会ってるからいいとして(07単車の特異点みたいな?)、ギリギリまで付き合った東京DKの友達とバイト先の先輩は、旅館を出てからどういう感覚に襲われていたのか。
知ってる人間が山登って降りてきたら、記憶が書き換わってたのか。
それとも、もしかしたらJKに会えなかった世界のDKが降りてきていて、あの世界では村はやっぱり消滅したままなのか。

あの二人に限らず、誰かの行動が、自分の記憶を知らない間に変えていて、誰もそのことに気づかないなんて、不安でたまらなくなります。


しかも、東京DKが山から戻った後の世界では、村の人が助かった理由も、我々鑑賞者が見届けた光景とは微妙に違うものだと描写されてましたよね。
いや、まあ、あれは大人たちが辻褄を合わせてプレスリリースしただけかもしれないけど。

人間の記憶ってわりかしいいかげんで、けっこう色んなことを忘れてたり間違って覚えてたりはするものだけど、それにしても、あんなことで、未成年二人が思いがけず遭遇したことで、あんなふうに世界が変わってしまう、あるいは違う世界が顕現してしまう。
これが怖くて、キュンとかしてる余裕はなかったですワタシは。


あと、細かいことが気になりまして。

東京のど真ん中と地方、それもかなり山奥では、けっこう情報とか流行格差があると思います。
しかも、あの村、かなり田舎でしょう。

たぶん、電車の定期持ったことないよ彼女。
ICカードで乗車したこともあるのかなあ。
よくぞ東京で、迷いながらでも電車乗ったりできたもんだ。


あと、携帯電話。
そりゃ今ドキの子だから持ってはいるだろうけど、それ使って日記書くとか、二人とも普段使ってない機種をよくもすぐ使いこなせたもんだ。

なにより、あの二人の入れ替わりって、時間差があったんですよね。
都会と田舎では、どうかするとリアルタイムでも1~2年の流行時間差はあると思うし、作品ではもうちょっとありましたよね。3年でしたっけ。
携帯で3年っていったらかなりモデルチェンジもされてるだろうし、若い子なら互いが使ってる機種とかに違和感は感じなかったのかね。

少なくとも、ワタシは、初見の携帯電話をすぐに使いこなせません(まあ、それ以前にガラケユーザーなんですけど)。
そんなツールの扱い方にもひっかかっていたので、感情移入まではとてもとても。


でも、音楽はすごく場面に馴染んでいて、もっと聴きたいと思うくらいには、好ましいものでした。
ただ、「ばんぷ…?」とか思ってしまったワタシの感想ですのでね(ラドなんとかさんとバンプおぶかんとかさんの楽曲、あんまし区別がつきません。どちらも、ほとんど知らないんですが)。


あと、クレジットの巫女舞創作?振付?に成駒屋御曹司の名が!

見間違いとか同姓同名とかじゃないかと確認しましたが、ワタシが思ってるかずたろ丈でした。

ゴジラのモキャプが萬斎様だったと知ったときも感激しましたが、巫女舞をかずたろ丈が…!と思うと嬉しいやら感慨深いやら。
ゴエモンの阿国フラメンコも美し可愛いかったけど、巫女舞を創り上げるというのもいいなぁ。

古典芸能好きですが、その伝承者たちが異種芸事のフィールドで存在感を示しているというのは、非常に嬉しく、好ましいなあと思います。


なお、シンゴジラはワタシの猛プッシュで観に行った母ですが、名を名乗れみたいなタイトルのこちらの映画は、ワタシの反応が薄かったうえ、お気に入りのラジオMCアナが「僕は観に行かんでいいと周囲の人が言ってた意味が解りました」というようなハマれなかった発言をしてたので、鑑賞意欲がほぼ無くなってしまい、行っておりません。
妹家族も誰一人行ってませんでした。現役JKの姪くらいは行ってるかと思ったんですがねぇ。



しかし、運命の再会を果たしたDDとOL、女性の方が3歳年上のカップルになるんでしょうか。
個人的には、あの二人、最初こそ盛り上がっても、なんとなく添い遂げるイメージがあんまり湧かないんですが、そんなことないですかね。