第6回 北条・里見水軍ヨットレース
11月19日(土)に、水軍レース開催しました、一応。
17日(木)夜はレースの机上準備でAM3時までかかる。
18日(金)、仕事上はかなりマズい状況でしたが、強引に代休で休みを取ってしまい、部長から大ひんしゅく。かな~り気まずい雰囲気のなか、朝からハーバーへ。
おーいちゃんが11時に来ると聞いていたので、ボチボチ準備すっかな、とはじめるものの、誰も来ない。終わった頃、とーちゃん登場。
・・・・・ちょっとがっかり。
レース運営の準備を済ませ、シングルハンドで一路三崎港はうらり岸壁へ回航。
よしさんから電話で、剣崎あたりまで来てるそうだ。んじゃ、この後にしゃわぼの回航があるわけで、みんな拉致ってこ、ということでうらりで待機。
そんな頃に、とーちゃんがお迎えに来てくれる。
おーいちゃんもうらりに到着。
よしさん艇も到着し、よしさん、とーるちゃん、まどか嬢を拉致って油壺へ。
しゃわぼも無事回航し、WINGSに横抱きで留める。
(これが大失敗だった)
バンメシは三崎の中華屋牡丹に予約を入れて、10名で大宴会。紹興酒1.5本くらい飲んでしまった。 ので、21時頃に撃沈。
対して義船ではささやんが4時まで飲んでたそうな。。。。。 ←バカタレ!
レース当日朝、0630起床。仙人とともにレース中止を決断。
参加各艇に電話で連絡を入れ、中止を伝える。気持ち的には残念で仕方ない。
0630時点でうらり岸壁でMAX25kt ちょろっと見える外海は相当な波。
電話連絡が終わり、一息ついた時点でMAX20kt、外の波もちょっと落ち着いた風に見えた。
そんな頃に、元花丸けんちゃんときもとがうらりに来て、『レースできるじゃ~ん』、と残念がりに来る。そりゃこっちだってレースやりたいんだってば!!!!
まあ確かにレースだけのために遠くから(きもとは岡山から)来てるんだから、気持ちもわからんでもないけどね。
9時も過ぎると雨も降り出し、風も上がってきた。
屋根付の休憩所ではあるが、壁が無いので雨が吹き込んでくる。
ということでうらり内のレース本部室(研修室)を退避場所に決定し、移動。
そこで、、、、、飲んで食ってタバコすって持ち込みプロジェクタで勝手に上映会し、ウダウダ。
外は、、、、、三崎界隈にいた方はご存知と思いますが、
暴風の大雨。かさなんて全く意味なしの状況。
そんな中、牡丹(&ポパイ)にメシ食いに行く猛者多数。
(私は行かなかったけど)
パーティーの準備をし、皆様をお迎えし、なんと想像以上に多数の参加者が来てくれて、それなりにカッコのつくパーティーが出来ました。
私もレース講評の代わりに金土の経緯をお話し、笑い(失笑?)を取り、それでも大いに楽しめたパーティーでした。
とーちゃんは成績発表出来ない代りにクイズでレースをし、一等賞のイシイせんせの艇に優勝トロフィーを進呈するという、暴挙(笑)
パーティー終了後、さぁてボチボチレース本部も解散かね、というときにフネに行ったよしさんから電話。 『フネがやばい!!!!!!!!!』と。
http://www.facebook.com/video/video.php?v=250112925046415
http://www.facebook.com/video/video.php?v=250113255046382
http://www.facebook.com/video/video.php?v=250113948379646
外は40kt(風速20m)オーバーの暴風、雨もまだ残ってる。
港内なのに波というか、うねりが立っている。
(なんと、イシイせんせさえも驚くほどの“ガスト”な状況でした)
あるだけのロープで増しもやい(係留索)をし、あるだけのフェンダーを出し、さらにスバル興業からも在るったけの材料を出して頂き、フネを守る。
もうほとんど大嵐のオーバーナイトセーリングをしているような状況。
フネに乗るのも危険なほど大暴れしていました。
フネに乗ったら乗ったで、頭から海水(雨ではない)を浴びるほどの状態。
23時頃からちょっとずつ風が落ちてきて、24時にチェックするとフェンダーが一個足りない。
港内奥のほうにしか流れていかないはずなので、捜索に出ると、咲の屋(港内一番奥)に打ち上げられているのを発見。無事確保。
このあと急激に風が落ちて、安眠体制に入った。
今朝、7時ちょっと前に起きて、食べ切れなかったパーティーの食べ物で朝ごはん。
風が上がる前に、8時頃にうらりを出発し、しゃわとともに油壺に戻りました。
風はそれほど無かったですが、かなりひどい波とうねりが入っており、しゃわは苦戦している模様。WINGSは、、、、、、またもシングルハンドで(笑)
無事に帰港し、お昼もいろいろ(うに丼とか)食べて、解散。
_______________
バンメシは、姉貴宅にて甥っ子の誕生日祝いでご馳走になってきました。
17日(木)夜はレースの机上準備でAM3時までかかる。
18日(金)、仕事上はかなりマズい状況でしたが、強引に代休で休みを取ってしまい、部長から大ひんしゅく。かな~り気まずい雰囲気のなか、朝からハーバーへ。
おーいちゃんが11時に来ると聞いていたので、ボチボチ準備すっかな、とはじめるものの、誰も来ない。終わった頃、とーちゃん登場。
・・・・・ちょっとがっかり。
レース運営の準備を済ませ、シングルハンドで一路三崎港はうらり岸壁へ回航。
よしさんから電話で、剣崎あたりまで来てるそうだ。んじゃ、この後にしゃわぼの回航があるわけで、みんな拉致ってこ、ということでうらりで待機。
そんな頃に、とーちゃんがお迎えに来てくれる。
おーいちゃんもうらりに到着。
よしさん艇も到着し、よしさん、とーるちゃん、まどか嬢を拉致って油壺へ。
しゃわぼも無事回航し、WINGSに横抱きで留める。
(これが大失敗だった)
バンメシは三崎の中華屋牡丹に予約を入れて、10名で大宴会。紹興酒1.5本くらい飲んでしまった。 ので、21時頃に撃沈。
対して義船ではささやんが4時まで飲んでたそうな。。。。。 ←バカタレ!
レース当日朝、0630起床。仙人とともにレース中止を決断。
参加各艇に電話で連絡を入れ、中止を伝える。気持ち的には残念で仕方ない。
0630時点でうらり岸壁でMAX25kt ちょろっと見える外海は相当な波。
電話連絡が終わり、一息ついた時点でMAX20kt、外の波もちょっと落ち着いた風に見えた。
そんな頃に、元花丸けんちゃんときもとがうらりに来て、『レースできるじゃ~ん』、と残念がりに来る。そりゃこっちだってレースやりたいんだってば!!!!
まあ確かにレースだけのために遠くから(きもとは岡山から)来てるんだから、気持ちもわからんでもないけどね。
9時も過ぎると雨も降り出し、風も上がってきた。
屋根付の休憩所ではあるが、壁が無いので雨が吹き込んでくる。
ということでうらり内のレース本部室(研修室)を退避場所に決定し、移動。
そこで、、、、、飲んで食ってタバコすって持ち込みプロジェクタで勝手に上映会し、ウダウダ。
外は、、、、、三崎界隈にいた方はご存知と思いますが、
暴風の大雨。かさなんて全く意味なしの状況。
そんな中、牡丹(&ポパイ)にメシ食いに行く猛者多数。
(私は行かなかったけど)
パーティーの準備をし、皆様をお迎えし、なんと想像以上に多数の参加者が来てくれて、それなりにカッコのつくパーティーが出来ました。
私もレース講評の代わりに金土の経緯をお話し、笑い(失笑?)を取り、それでも大いに楽しめたパーティーでした。
とーちゃんは成績発表出来ない代りにクイズでレースをし、一等賞のイシイせんせの艇に優勝トロフィーを進呈するという、暴挙(笑)
パーティー終了後、さぁてボチボチレース本部も解散かね、というときにフネに行ったよしさんから電話。 『フネがやばい!!!!!!!!!』と。
http://www.facebook.com/video/video.php?v=250112925046415
http://www.facebook.com/video/video.php?v=250113255046382
http://www.facebook.com/video/video.php?v=250113948379646
外は40kt(風速20m)オーバーの暴風、雨もまだ残ってる。
港内なのに波というか、うねりが立っている。
(なんと、イシイせんせさえも驚くほどの“ガスト”な状況でした)
あるだけのロープで増しもやい(係留索)をし、あるだけのフェンダーを出し、さらにスバル興業からも在るったけの材料を出して頂き、フネを守る。
もうほとんど大嵐のオーバーナイトセーリングをしているような状況。
フネに乗るのも危険なほど大暴れしていました。
フネに乗ったら乗ったで、頭から海水(雨ではない)を浴びるほどの状態。
23時頃からちょっとずつ風が落ちてきて、24時にチェックするとフェンダーが一個足りない。
港内奥のほうにしか流れていかないはずなので、捜索に出ると、咲の屋(港内一番奥)に打ち上げられているのを発見。無事確保。
このあと急激に風が落ちて、安眠体制に入った。
今朝、7時ちょっと前に起きて、食べ切れなかったパーティーの食べ物で朝ごはん。
風が上がる前に、8時頃にうらりを出発し、しゃわとともに油壺に戻りました。
風はそれほど無かったですが、かなりひどい波とうねりが入っており、しゃわは苦戦している模様。WINGSは、、、、、、またもシングルハンドで(笑)
無事に帰港し、お昼もいろいろ(うに丼とか)食べて、解散。
_______________
バンメシは、姉貴宅にて甥っ子の誕生日祝いでご馳走になってきました。


