1981年に結成以降現在まで活動を続ける孤高のバンド?『カーネーション』関連のアルバムを2枚立て続けに聴いた。まず最初はカーネーションではなくリーダーの直江政広名義の発表になっている『映画man-hole オリジナルサウンドトラック』。映画『man-hole』は北海道中心に活躍する演出家兼俳優の鈴井貴之の、第1回監督作品となる01年製作の自主映画。自主映画といっても今では大物化した俳優がこぞって出演しており、その範疇を越えている。作品自体俺は観たかどうかはもう記憶がなくなってしまったが(観たとしたらケーブルTVで)、それとは別に「音楽」として聴いても面白い。

  トラック1『man-holeのテーマ』は女性ヴォーカルによる、如何にも劇伴風なスキャット。トラック4『追跡#3』はブッカー・T&MG’sを思わせるインスト、トラック5『a Beautiful Day』はジェリー・ジェフ・ウォーカーの『ミスター・ボージャングル』と酷似したスキャットソング、トラック13『愛の言葉』はシンガー・ソングライター、坂本サトルによる切ない弾き語り。

 

 

 トラック16『サイゴン・カフェ』は琴と和太鼓による合奏、トラック20『World Music』はタイトル通り無国籍サウンドのスキャットソング、トラック23『魅惑のテナー』もタイトル通り咽び泣くテナーのソロ、トラック25『野いちご』も坂本の唄の説得力が光る好ナンバー、トラック28『TAXI』の疾走インストミュージックも〇。最後はカーネーション7枚目のアルバム『GIRL FRIEND ARMY』のキャッチーな冒頭曲『Garden City Life』を映画主題歌として締めくくる。

 

 

 演奏者が不明なのが残念だが、劇伴をベースにしながらも直江としてはバンドの域に捉われず、様々な音へのアプローチをこの機会に試したかったのだろう。前述した様に本アルバムの音楽ジャンルの間取りは幅広く、かつ生きの良さがあって集中して聴く分にはどうかとは思うけど、気楽に聴くには悪くなかった。これもとっくの昔に廃盤になっているので、その点でも貴重かも。

 

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 この後に聴いたのが95年8月に発売されたカーネーション6枚目のアルバム『It’s a Beautiful Day』。コロムビア移籍後初のアルバムだった前作『EDO RIVER』の売れ行きが好評で、レコード会社としても本腰でカーネーションを売り出そうという気になったと思われる。

 その証拠としてアルバム発売とほぼ同時にシングル『It’s a Beautiful Day』が発売。これはカーネーションにとって初のシングル曲だった(インディーズ時代のEPを除いて)。FMラジオ局ではかなりのヘビー・ローテーションで流れそこそこのヒットになっている。当時カーネーションは5人編成だった(現在は直江とベースの太田譲の2人編成)。                                                                      

       

  トラック2『市民プール』のイントロのスティール・パンドラムソロは『バッフアロー・ドーター』の大野由美子による演奏。軽くカリビアンミュージックの要素を入れ混んだポップソング。暑い夏には良く市民プールに行ったもの…って、俺は行かなかったけど…。

 3曲目が『It’s a Beautiful Day』。パーカッションを前面に出し女性コーラスを配したアレンジは軽快で、間違えると「渋谷系」だと勘違いされそうだ。本心から一人ぼっちでも全然構やしないと思う、そんな瞬間は人間やってれば誰にも一度や二度はある? そんな限られた瞬間に心を寄せた名曲。

 

 トラック5『車の上のホーリー・キャット』では直江(当時は「直江政太郎」名であった)がハーモニカも吹き、アレンジはかなりアダルトチックでもある。ただ歌詞は暗喩的で奥が深そう。

 トラック7『GLORY』はなかなかドラマチックなイントロが印象的なカーネーション風ソウル・ミュージック。直江と女性コーラス隊の一人がシャウトし合う瞬間が快感である。

 トラック8『Hey Mama』は本アルバム中唯一直江が唄っていない曲(キーボード担当の棚谷祐一が作詞&作曲も)。加工されたヴォーカルには密やかな狂気が宿っており、他の曲の持つ至福感とはかなり雰囲気が違う。その意味ではこの時期のカーネーションにしてはかなり異色のナンバーである。

 エンディング曲『世界の果てまで連れてってよ』は本アルバムからのセカンド・シングル曲で、翌96年1月に発売。これはロックン・ロール色を前面に出したキャッチーなナンバーで、何か佐野元春ぽいなと思ったりもする(禁句か)。直江の裏声を使ったヴォーカルの表現力が達者。バブルが転落しつつも、その時代が忘れられなかった頃ならではのラブソング(アルバムヴージョンでは、オルゴールみたいなインストパートがエンディングに付け足されている)。

 

 

 前作からのブラック・ミュージックへの接近を換骨奪胎した形でマイルドに、かつ時としては力強さもあるカーネーションサウンドが、ここにきて一つの到達点を得た感じもある。直江の音楽的博識が反映された音作りやソングライティングの才能が、もっと認められても良かったのでは…とどうしても思ってしまうけど、心を出来るだけ空っぽにして聴けば、至福感を味わえるはずのグッド・ミュージック。

 90年代に何の予告もなく突然音楽界にカムバックした早川義夫。だが妻の長い闘病生活を支える為に音楽活動を中断。それからもう7年近く経っているからもう人前に還ってくる事はないのかもしれない。まあ戻ってきた事自体が奇跡みたいな話だったから、リスナーが多くを望むのも早川本人にとっては迷惑な話かもしれないが。

 さっき聴いた『この世で一番キレイなもの』は彼の記念すべきカムバックアルバムで『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』(69)から25年目のセカンドアルバム。リスナーの側からするとファーストの時みたいなピアノ弾き語りなアルバムを期待したのかもしれないが、全ての曲でバックの演奏が付いている。これは予想できた事で、アルバム発表に先んじて行われたライブでは元『はちみつぱい』の故・渡辺勝が率いる『砂』というバンドが早川のバックを務めていた。

 トラック1のタイトル曲『この世で一番キレイなもの』。早川が弾くピアノから始まって自分が何故また唄いだそうと思ったのか、自問自答しながら歌は進む。自分の弱弱しさを曝け出す姿勢は長渕某とかのマッチョイズムとは根底から違う。アンプラグドぽい伴奏に途中から静かにシンセが入ってくる瞬間が好き。ソプラノサックスを吹いているのは清志郎のバックでお馴染みの梅津和時。「一番キレイなものは貴方の中にある」というロマンチシズムもこの人ならではか。

 

 トラック2『君のために』は妻?に会った時の感動を認めた物か。かなり直接的な歌詞だが、そういう赤裸々な部分が早川義夫ならではであろう。渡辺のギター、梅図のエモーショナルなサックスがいい仕事している。

 

 トラック9『赤いワンピース』はノイジーなギターにパンクロック的なニュアンスをも感じたりもする。若い頃(ジャックス時代?)に結ばれなかった恋人への追憶を綴った詞には、もう中年世代になった男ならではの狂おしさを感じさせ、若い女性は引くかもしれないけど(笑)。

 

 アルバム最終曲『いつか』は早川のピアノを主軸にした、本アルバムの主旨をストレートに顕した様な曲。「弱い心が 痛みを感じて やさしさはそこから 生まれてくるのだ」なんて早川以外の誰がこんな事を唄えるだろうか? そんな歌詞を早川はドスを効かせて唄う。エグい。9分以上に渡る大作曲。

 

 予想された事だがジャックスのカバー曲、ファーストアルバム曲も収録。ソロとしての代表曲『サルビアの花』はオリジナル版と違ってバンド演奏付きだが、そんなに変わった印象もない。楽曲においての根幹な部分では一貫して変わらないというのが、早川義夫のミュージシャンとしての強みだと思うが。

 続けて聴いた『花のような一瞬』は『この世で一番キレイなもの』発表から1年後、サードアルバム『ひまわりの花』(95)と同時発売されたミニアルバム。どうしてフルアルバムと一緒に発売する事に決めたのか、その辺は早川本人にしか分からない事。

『この世~』と対照的に、全曲早川のピアノ弾き語りによる新曲構成になっている。全6曲の内5曲が次なるアルバム『恥ずかしい僕の人生』(97)でリニューアルされて再録されている…という事は、新曲を試し録りの積りで録音したのか? おそらくそうではあるまい。まずデビューアルバムみたいな極限のソロアルバムを再度試したかった…という希望と、俗に言う「コンセプトアルバム」への挑戦ではないのか。

 1曲目『純愛』から最終曲『君でなくちゃダメさ』まで全曲臆面もないラウソングで、出会った年の離れた男女が不倫SEXをする程の深い仲になるが、相手が若い娘故嫉妬心に駆られる男。もう無理だと一旦は別れたけど、別れた後も音楽活動に身が入らなくなる程彼女の事が忘れられず、結局彼女の下にまた戻ろうと考えているという、限りなく早川の身の下含みの実話ぽい?ストーリーが繰り広げられていくのだ。

 そういうコンセプト性が『恥ずかしい~』ではこのアルバムの楽曲がバラバラに収録され、曲自体の関連性も無くなってしまっている。どっちのヴァージョンが好きかはリスナー次第。そんな風に早川義夫は「うた」に対しどんどん私的化していった。

 ちなみにアルバムジャケットの写真と題字を担当したのは天才アラーキーこと、写真家の荒木経惟であった。ウーム、それ故余計に私的な物を感じさせるアルバムだ。

『この世で~』も『花の~』も既に廃盤になっているとの事。何か世知辛いなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2010年に急死した浅川マキ。前にも書いたが彼女のライヴを観たのは92年の法政大学学館ホールでのライヴ。以前演っていたのとは全く別の「ロック」で往年のナンバーなど全く演っていなかったし、何を考えているんだろうと思う部分もあったが、その後はまた昔ながらのスタイルに戻っていた様だ。

 さっき観た(聴いた)『浅川マキがいた頃 東京アンダーグラウンド-bootlegg-』というDVDは、浅川マキ死去を受け急遽発売された物らしい。晩年のマキは募る自分の想いを映像化しようと試みていたらしく、自ら企画し監督までしてその断片映像を幾つか遺した。結局それは完成しなかった訳であるが、それがこうして公になった訳である。

「場面」と名付けられた1~3までは『文芸坐ル・ピリエ』で撮影されている。文芸坐ル・ピリエは池袋にある名画座『文芸坐』が8ミリ映画などの自主映画作品上映や小演劇用公演用に作られたスペースで、浅川マキは一時期(90年代)ここを定期会場として使用していた。文芸坐の一時閉館と共にル・ピリエも消滅したと思うが、その辺の記憶はもう朧気で正確な所ははっきりしない。

「1」ではそこで共演したミュージシャンをフラッシュバック風に紹介。つい先頃亡くなった山内テツも登場。日野皓正とマキが共演していたとは知らなかった。2はリハーサル風景、3では一曲だけライブ本番の映像(80年のアルバム『ONE』収録の『都会に雨が降る頃』)も収録。

 ここまでは一応型になった映像と言えるが、その後の「場面4~9」まで脈拍もなく映像を繋げた感じで、はっきり言って「浅川マキ」にかなり想い入れのある人でないと戸惑ってしまうかも。唐突に原田芳雄が登場してくるのには驚いた。撮影された年代ははっきりしない。何とマキは映画監督にも手を染めようとしていて、演技でマキが原田と酒を呑むなんてシーンも登場するのだが、何分にも映画自体が未完成なので何とも言えない。

 ル・ピリエではなく文芸坐でのオールナイトライブの映像も挿入され「めんたいロック」の面々がバックを務める。ここでのサウンドは件の法政学館ホールの演奏に近いのだが、これもほんのちょっとだけでの撮影で演ってる音楽の全貌は分かりかねるというか、その場に居合わせた人のみが体験できた…という事だろう。

 俺は浅川マキを好ましいと思っているから、退屈とかそういう気分にはならなかったけれど、やっぱり消化不良を残したままであったのだが、本編終了後「特別映像」として浅川マキ生前最後のライブ映像が収録されていた。2009年12月28日と30日の『新宿PIT INN』での演奏。バックを務めるのは晩年のレギュラーメンバー、渋谷毅(ピアノ)、植松孝夫(テナー・サックス)、向井滋春(トロンボーン)、セシル・モンロー(ドラムス)。ベースレスなのは長らくベースを務めていた川端民生が亡くなった故の配慮からか。

 「無題」と題された即興ソングから始まり、マキファンにはお馴染みのナンバーを披露していくマキ。伴奏者のソロの間は煙草をふかし観客と共に聴いている。そんな風景もライブ会場で禁煙が当たり前になった今では、もう有り得ないのかもしれない。『あの人は行った』(77年のアルバム『流れを渡る』収録曲)では、向井が何時頃習得したのかチェロを弾いているのにも驚かされる。

 最後を飾るのは30日に披露された美空ひばりの『悲しき口笛』のアカペラ歌唱。「これ寺山さんが好きだった」と言うマキ。御幣を恐れずに言えば浅川マキは70年寺山修司の「素材」として音楽シーンに登場した。それから何十年も経ち寺山の下から離れブルースやジャズを吸収する事によって「完全な浅川マキ」になったのだ…この締めくくり方には、本DVD製作者のそんなメッセージが伺えるのだ。

 このライブの翌年1月に浅川マキは亡くなり、そして原田芳雄とセシル・モンローも翌11年に亡くなった…。

 

 

 

 

 

 

 2015年4月3日。ジャーナリスト志望の伊藤詩織は就職相談の為面識があった山口孝之元TBSワシントン支局長と会って飲食後記憶を失い、気が付くとホテルに連れ込まれ性交された後だった。5日後伊藤は被害届を警視庁に提出。事情を聞いた担当刑事は近く帰国する山口を空港で身柄拘束して逮捕する予定と明言。ところが被害届自体無効になり山口は逮捕されなかった。山口は安倍晋三首相の自伝を書くほどの首相と親しい…。

 

 完成した作品を巡って監督の民事訴訟を担当した弁護士とのトラブルの為、日本上映が危ぶまれていた本作が突然の公開決定。ともかく完成した作品が日本では公に観られないのはよろしくない事なので、今回の「英断」には一応賛成。性暴力被害者である監督が刑事事件で加害者とされる人物が罪に問われなかった事に怒りを感じ、行動を起こしていく過程を密着取材して描いていく。作品には監督が名誉棄損で訴えた『新聞記者』(19)のモデルになった望月衣塑子東京新聞記者も顔出ししてるが…。その『新聞記者』も製作したスターサンズが製作して日活が配給しスマッシュヒット?

 権力によって犯罪捜査が握り潰された…そう考えた伊藤は敢えて記者会見で性暴力を受けた事をカミングアウト、民事で山口の非を問う方針に変更。しかしそんな伊藤の勇気を称える人と同時に、誹謗中傷をSNSに書いてくる人も多かった。伊藤は性暴力を受けた過程を『Black Box』という本に纏め出版。巨大権力を後ろ盾にした加害者と裁判闘争に持ち込んだもののほぼ独力での闘いは生易しい物でなく、自分の側に立って証言をしてくれる人を説得するのも困難。何度も挫けそうになり涙を流す事も一度や二度で済まなかった。しかし自分の信念を曲げる事だけは絶対に出来ない…。

 性暴力の被害者が自ら画面に登場し裁判闘争に至るまでの過程を記録…前例の無い話で、監督の一挙手一投足や心理の動きをダイレクトに伝える効用になっている。監督もキャメラを意識し悲嘆に暮れるシーンの一方で、ユーモラスな一面をも見せたりして、重いテーマを一種の軽みを伴い観せる事にも成功。ただ監督の自我が強過ぎるので、例えば本作が世界で性暴力に苦しめられている人の解放にちゃんと繋がるのかという意味では疑問(本作を観て「勇気をもらった」という人はいるかもしれないが)。あとラストシーン前に安倍元首相銃撃映像を繋いだ編集は誤解を招く可能性も。

 

作品評価★★★

(民事訴訟の判決は原告側の勝利に終わったので、一応監督の主張を正しいとの前提で観た事は言っておきたい。昼間上映でも8割方埋まった館内。上映後一部で拍手した人もいたのも異例だ。この勢いで大都市以外の地方まで拡大上映されれば凄いが)

 

付録コラム~伊佐山ひろ子が初々しい『白い指の戯れ』

 つい先日『一条さゆり・濡れた欲情』(72)を観たばかりなのに、伊佐山ひろ子のデビュー作『白い指の戯れ』も再見する機会を得た。今頃になってマイブームが伊佐山ひろ子とはこれ如何に。

 伊佐山扮する「ゆき」は田舎から上京して女工をやっている。人付き合いも下手で休日に一緒に遊ぶ友達もおらず一人で街をブラブラしていたら、軟派な男に引っ掛かりあっさり体を許してしまう。男はスリをやっているいい加減な男だった。数日後待ち合わせの喫茶店に男は現れず、代わりに現われた女(石堂洋子)にアイツはパクられたから来れない、アンタも私たちの仲間に入らないかと誘われる。女も軟派男もスリグループのメンバーで、それらを束ねているのが拓(荒木一郎)という男。いつしかゆきは拓に惹かれている自分を意識する…。

 俺が観たのはR-15版だが、それを差し置いても本作はポルノ的要素は希薄。女優はほぼ二人のみでノルマ的な絡み(濡れ場)が無い(必然性ある絡み?はあるけど)。

 つまり殆ど青春映画寄りの内容になっている。都会慣れしておらず男にも免疫性の無いゆきに対し拓は常にクール。女に対して遣り手ながらも女に溺れる事は無い。俺の女気取りになるなよとばかり、敢えて手下にゆきを抱かせたりもする。スキャンダルを起こすまでは芸能界一のモテキ男だったと言ってもいい荒木一郎。こういうモテキだがシビアな一面もある男を演じさせたら、殆ど地でやれる部分もあるのかもしれない。

 

 ゆきと組んでスリをやる拓。当然ながら警察にマークされているのだが、現行犯でない限り逮捕はされない。そんな危ない綱渡りの日々の末、拓は乗り合いバスの仕事で尻尾を捕まえかけられるという、らしからぬポカをやらかす。これで年貢の納め時かと思った矢先、突然ゆきが自分がやったと白状して拓を助ける。ゆきが警察に連れて行かれ難を逃れた拓の顔には、僅かながらも罪悪感の色が見える。だからと言って出所したゆきを暖かく迎える事はないだろうが。

『一条さゆり 濡れた欲情』での太々しさとは真逆な、初々しく男慣れしていない女を演じる伊佐山ひろ子が「エロい」」ではなく「愛い」。本作の撮影裏話は監督をした村川透のインタビュー本『映画監督 村川透 和製ハードボイルドを作った男』に詳細に載っていた。村川自身がロマンポルノの「ポルノ」の描写が苦手な為こういう作品になったのだが、それも初期ロマンポルノの試行錯誤な面と考えればさもありなん。結果的に本作は72年キネマ旬報日本映画ベスト・テン第10位にランキング。但し村川監督はその後監督したロマンポルノ作品が酷評された事で自信喪失し、一時映画監督業から撤退するのだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 先頃亡くなったギタリスト、ステーィヴ・クロッパー絡みで思い出されるミュージシャンの一人がエディ・フロイド。元々は『ファルコンズ』という50年代に全米大ヒットを飛ばした事もあるコーラス・グループのメンバー。後にリード・ヴォーカルとしてファルコンズにウィルソン・ピケットが加入し、ピケットが独立してファルコンずは63頃に解散し、フロイドは65年に名門レーベル『スタックス』でソングライターとして契約、そしてピケット初め多くのシンガに楽曲を提供するが、歌手として成功したい夢は捨てきれず? 67年クロッパー全面協力の下デビューアルバム『ノック・オン・ウッド』を発表するに至るのだ。

 ジャケットはスーツ姿のフロイドが斧で森の中の大木を切ろうとする、ストレートにタイトルに合わせたコンセプト。でもそういう安直さ、嫌いじゃないね(笑)

 

 何はともあれフロイドの代名詞となるヒット曲『ノック・オン・ウッド』がA面1曲目。木を叩くという行為には「魔除け」の意味があるらしく、この恋を失いたくないから俺は木を叩いているんだ…的な歌詞。ホーンセクションから始まるイントロや、張り詰めた様なリズム感覚は正に『ブッカー・T&MG’s』ならではの演奏。まるでオーティス・レディングぽいな…と感じるのは、元々オーティス用に書かれた曲だからだ。シングルカットされR&Bチャートでは中ヒットだったが、スタンダート化され多くのヴァージョンが存在。ディスコアレンジでエイミー・スチュアートが唄ったヴァージョンは、79年にビルボードチャート№1ヒットに。

 

 2曲目『サムシング・ユー・ゴット』は、かの『ダンス天国』のオリジナルシンガーであるニュー・オーリンズ系R&Bシンガー、クリス・ケナーの曲のカバー。気張ったヴォーカルとニュー・オーリンズ色は微妙に入ったメロディーがゴキゲン(死語)。

 3曲目『バット・イッツ・オールライト』はNY出身のR&Bシンガー、J・J・ジャクソン最大のヒット曲のカバー。ノーザン・ソウル色が強いアレンジで、他の曲と比べて洗練された感じ。

 4曲目『アイ・スタンド・アキュスード』は、初代『インプレッションズ』のリード・シンガーでオーティスと『アイヴ・ビーン・ラヴィング・ユー・トゥー・ロング』を共作したジェリー・バトラーのカバー曲。スロー・バラードなヴォーカルとホーン・セクションとの絡みが良い。

 5曲目『イフ・ユー・ゴッタ・メイク・ア・フール・サムボディ』はジェイムス・レイというR&Bシンガーが62年に放った最大のヒット曲のカバー。これも前曲に続きスロー・バラード系だが、メロディーラインが一風変わっており、よりフロイドの歌唱力を押し出している感じなのだ。

 A面最後の曲『アイ・ドント・ウォント・トゥー・クライ』は、61年にデビューしたチャック・ジャクソンというシンガーのヒット曲のカバー。これもかなり垢ぬけたアレンジになっており、他の曲とはやや雰囲気が違う。

 

 アナログB面1曲目『レイズ・ユア・ハンド』はフロイドの自作曲らしい。オーティスの曲を連想させる様な音作り。男性コーラス隊がサポート的に付き、フロイドの歌

唄もなかなかディープ。

 2曲目『ゴット・トゥー・メイク・ア・カムバック』も自作曲。クロッパーのギターが活躍するスロー・バラードでここでもコーラス隊が付き、サザン・ソウルらしい一曲になっている。

 3曲目『634ー5789』はフロイドがピケットに提供した自作曲のセルフカバー。気合が入ったジャンプナンバーで、アル・ジャクソンJrのドラミングが前面に出ているミキシング。

 

 

 4曲目『アイヴ・ジャスト・ビーン・フィーリング・バッド』はフロイドとクロッパーの共作ナンバー。オルガンの響きと共に唄い出す典型的なサザン・ソウルのスロー・バラード。やはりこの辺になると上手くツボを押さえているなあ…と感心したりする。

 

 

 5曲目『ハイヒール・スニーカーズ』はブルースシンガー、トミー・タッカーの、64年にビルボードチャート11位まで上がったヒット曲のカバー。フロイドのブルーススタイルの曲は珍しいのだが、ブルースというより「ソウルブルース」とでも呼んだ方が正確かな? 気合いの入った演奏も悪くない。

 アルバム最後の曲『ウォーム・オブ・テンダー・ラブ』は『男と女が愛する時』でお馴染みのパーシー・スレッジがレパートリーにした曲で、ラスト曲にふさわしい泣きが入るスロー・バラード。

 

・この時代のスタックス・ソウルというと、どうしてもオーティスと比べてしまう分、シンガーとしてはそこまでの個性がないエディ・フロイドはどうしても旗色が悪くなってしまう。本アルバムもA面は『ノック・オン・ウッド』を除いて全てカバー。まだシンガーとしての知名度がそんなにないので、カバー集みたいな構成にしたんだろうか。

 オリジナル曲が4曲入っているB面になって漸く本調子が出てきた感じで、やはりオリジナル曲を唄った方がシンガーとしての力もリスナーに判るし、自作曲をもって入れて欲しかったな。尤もそういう希望はリスナーの贅沢さという面もあり、スタックス系のサウンドを聴くだけで癒されるという本音は隠しようもなく、たまに聴く分にはリラックスできるアルバムだとは思う。

 70年以降は『ノック・オン・ウッド』の曲評価の高まりのおかげで、レジェンドソウルマンとして音楽業界でも重要な位置を確保するエディ・フロイド。高齢ながら現在も存命である。