おはようございます。

 

今日、変な夢を見ました。

 

それは自然の中に建っているお宅のキッチンで

 

洗い物を手伝っていたら

 

味噌の袋が置いてあって、袋から味噌が溢れてる。

 

洗っていいのかな?と中身を見ると

 

寿命を全うした猫が味噌漬けになっていました。

 

その瞬間、私は思考を巡らすわけです。

 

・どこの猫?

 

・食べるの?

 

・これってやっていいの?

 

などなど。

 

でもハッと気づいたのが

 

私はいつも生き物の命を頂いていると言うこと。

 

鳥や豚など形そのまま調理することがほぼないので

 

忘れがちですが、

 

私たちは動物を食べるために誕生させて食べているという事実が

 

頭から欠落していることに気づいたのでした。

 

ネイティブアメリカンの事が思い出され

 

彼らはいただく命に対しリスペクトし、

 

命を自身の命の中に頂き、一緒に生きていく感覚を持っています。

 

そして深く感謝するんです。

 

私はそのことを思い出し

 

猫についてもこちらのご主人の命と共に生きるのだな…と理解する

 

そんな夢なんです。

 

ふと今思い出したのが玄米菜食の食養生を習っていた時に

 

自分で摂れないものは食べないというルールがありました。

 

豚や牛などの動物は素手で倒せないので食べない。

 

鳥は晴れの日だけ(年に数回)

 

魚は沿岸で取れるものだけ(月1回ー2回)食べて

 

深海や遠洋の物は食べない。

(男女、年齢によって多少変わります)

 

自分の手に負えない、余る物は身体に入れないということです。

 

何気なく食べるという行為は

 

私たちの想像力を低下させると共に

 

霊性を無くす行為なのかもしれません。

 

そして自分に必要のないもの(過剰なエネルギー)を

 

取り入れて自分をアンバランスにしているとも感じます。

 

人間は地球の全て(食物連鎖)から生かされていて

 

全てに畏敬の念を抱き謙虚さを持って食べ生きること。

 

そんなことに気づかされた夢でした。

 

 

 

いつの間にか地球を我が物顔で生きていた気がします。

 

生かされて生きていると言う言葉を使う人もいますが、

 

私のイメージでは

 

沢山の命が撚り糸のように私を中心にして螺旋状に集まって

 

みんなで生きる感じです。

 

自分の意識、在り方がちょっと変わった朝でした。

 

ではまた〜

 

ウユニ スギモト

 

 

 

 

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