あけまして、おめでとうございます![]()
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昨年は、新しい試みも取り入れていく中で
沢山のご縁や嬉しいお言葉を頂戴し
とても嬉しく、有難い一年となりました![]()
今年も、より一層、心のままに
受け取った良いものを
皆様へお届けしてまいりますので
どうぞ、よろしくお願いいたします![]()
本年も、ゆるりと楽しくまいりましょう〜![]()
そんな新年1回目は
つい先日キャッチしたメッセージでございます![]()
年始は、カードを引こうかと思っていたのですが
このメッセージの内容が
なんだか、この節目にも合うように感じたので
そのまま、こちらにもメモしちゃおうかと
←
今年も、やわらかい心で
ゆるふわに、お付き合いくださいませ〜![]()
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年始に見かけたTVのCMで、一問一答?的に
自分の感覚を語っているものがありまして
見た当初は、めっちゃスルーしていたのですが
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大分後になって、その中の
『“恥”とは?』の一問一答シーンだけが
ふと脳裏に蘇り
「“恥”って何だろうな〜
」
と、ぼんやり考えた、その瞬間
『“心”に“耳”だよ』
との回答が、明らかに
己の思考の“外側”から伝わってきたよ![]()
という、新年も大変ファンタジ〜なお話です![]()
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“心”に“耳”と書いて《恥》なのは
漢字を見た通りなのですけども
漢字の成り立ちを軽く調べてみても
今回、伝わってきたイメージにズバリ
なものは
見つけられなかったので![]()
以降は、一個人のおめでたい妄想として![]()
綴らせていただきます∩(´∀`∩)
まず、《恥》なるものを
Wikipediaさんで調べてみると
以下のような感じで↓
羞恥心(しゅうちしん、英: shame)、恥(はじ)、恥じらい(はじらい)とは、対人場面における何らかの失態の結果や、失態場面の想像によって生じる対人不安の一種である。
大体が『対人関係』の中で生まれる
好ましくない《感情》の一種として
説明されているのですけども![]()
あくまでも、今回受け取ったメッセージに
限って言うと![]()
そもそも《恥》の印象が違いまして
『“恥を知れ”と嗜める言葉が在るように
《恥》は恐れるものではなく
知るべきものだ。
“恥をかくこと”ではなく
“恥知らず”であることが望ましくないのだ』
という内容が、言語的&非言語的に
ぶわーっ
と伝わってきておりました![]()
『《恥》の本当の意味を知ること』
とも伝えられたので
ひょっとしたら、この言葉もまた
いつしか、本来の意味から変わっていったもの
なのかもしれないなぁと思いつつ![]()
ともあれ、あくまでも
今回受け取ったメッセージに限っての説![]()
として、本当の意味なるものを
私なりに拙くも言語化して書いてみると
こんな感じでした↓
『“心”とは、その人の《本心》のことで
自分の振る舞い、言動、在り方が
自分の真の心《本心》と一致しているかどうかを
己に聞くこと、確かめることが
《恥》の本来の意味である。
自分を省みること。
自分の真を、自分自身の心に問うこと。
そうして、自分の真の心ではない/
不一致の振る舞いをしてしまうこと。
自分の心に耳を傾けないことこそが
いわゆる(現代的な意味合いで言うところの)
「恥ずかしい」である。
真に望む振る舞いにあらず。
そうでは無かったようだ、と自ら気付けば
改めれば宜しい。
つまり、他者との比較ではなく
自分の心に真を問う中に、本当の《恥》が在る。
だから、《恥》は知るべきことだ。
本当の《恥》を知る時
あなたは、自分の本当の心を
魂が望む自分の在り方を
自分の持つ《愛》を知るのだ。
《恥》とは、本当の自分の“心”に
いつも“耳”を傾けること。
真なる自分と繋がる、神聖な愛の感覚であったが
その感覚を忘れてしまっていることではなく
いつしか《恥》そのものが
敬遠すべきもののように表現されている。
そうではない。
《恥》を知らぬこと、忘れることが
恐ろしく、悲しいのだ。
それは、本当の自分を忘れることではないか。
どうか、(本当の意味での)
《恥》を取り戻してほしい。
今一度、自分の心の声に耳を傾けること。
ただ、“自分の内側に繋がる”という
そういった、本来の《恥》の感覚を慈しみ
自分を省みながら生きる意識を
取り戻していきませぬか。
それは、比較ではない。優劣ではない。
あなたを、あなた足らしめる
《愛》の感覚 なのだ』
↑を書いている途中から
メッセージになっていっていきましたが
愛を感じたので、そのまま採用しました![]()
そう言えば、上記のWikipediaさんには
こんな説明文もあるのですが↓
「恥 (shame)」という言葉は、かつて「覆い隠す( "to cover")」という意味の古い言葉から派生したと考えられている。
「恥だから覆い隠す」のか
「覆い隠しているから恥」なのか
現代的な感覚では前者だろうけど
最初の最初は、どんな想いで
そんな表現をしたのだろう
と
とても興味深かったです![]()
『真なる心とは、“自我”を持った《愛》。
《良心》とも言える』
とのメッセージも伝えられたのですが
恥部や恥骨など
“恥”の字が使われている部位は生殖器付近で
性に関わる部分は、子“宮”の字でも示すように
宇宙と繋がる神聖な部位
=真なる心・内なる愛と繋がる部分でもある訳で
確かに、《恥》なる言葉には
何か、大事なエッセンスが
秘められているようにも感じられたので
長々と綴ってみた次第です![]()
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『日本は恥の文化』
なんて言葉も、今回受け取ったイメージを
踏まえて捉えてみると
なんだか違った見え方がしてきますが![]()
諸々含めて、ちょっと気に入ったので![]()
今年のテーマの一つには
《心》に《耳》
を掲げていきたいと思うのでした![]()
今年も内側にフォーカスしつつ
自分を子犬のように![]()
慈しみつつ
健康第一に、楽しくまいりましょう〜![]()
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