大切な人の笑顔を見たいから、
笑顔でいる。
楽しい時間を過ごしてほしいから、
明るい自分でいる。
ガマンもする。
好きで好きで仕方ないかもしれないけど、
それって、結構自然体じゃなかったりする。
ありのままの自分でいれなかったりする。
言いたいことを言って、いなくなってしまうのならば、
言いたくない。
「いなくならないで」、って失う事の怖さが勝る。
どちらが幸せなのか。
確かにどちらも不健康。
そして、人は相手に求めるようになってくる。
もっと愛して、もっと認めて。もっと一緒にいて
って。
なんでしてくれないの?なんで分かってくれないの?
って。
でもさ、私は究極の結論をおもいついたのです。
相手が私を好きでなかろうと、
私は、その人が好きなことに変わりがない。
きっと、不満の結論でも、心が傷んでも、
相手の気持ちの変化くらいで
自分が好きだってことまでは変えられない。
だから、それでいいんだと思う。
好きな人の決断だったらそれさえも愛する。
好きでいたいなら好きでいたらいい。
相手が答えてくれなくても、
好きなものは好きなんだ。
そうやって、心に嘘はつかないで生きていく。
苦しい気持ちでさえ、
自然だ、今自分はありのままだ、って受け入れる。
きっと、楽しいこと・幸せだけじゃ人生は面白みがない。
一番だめなのは、恐がること。
恐いって感情だけは、なくなればこんな楽なことはないのにね。