uvotv4b3thのブログ

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若い内の苦労は買ってでもしろと先人は教えてくれた。
その最大の理由は、肉体への負担の大きさに耐えうることが年寄りには難しいからだろう。
私くらいの年齢ですと、還暦の人から見れば若僧で、二十代から見ればオッサンと呼ばれ、ちゃんと生きていれば、普通なら働き盛りの青春真っ直中でしょう。
人並みの肉体とそれなりの知恵と幾ばくかの勇気と無知を持って私は二十代を全力で生きていました。
何かのボタンの掛け違えで五年前に色んなものを一遍に失った時は、その空虚な時間に何故か悔しいのか悲しいのか涙で枕を濡らしました。
私は、28歳でいろんなレールに乗る資格を失ってしまいました。
覆水盆に返らずとは正に私の為にあるような言葉です。
地面に零してしまった人生の潤いの半分以上は、やがて地面に染みこんで、風に撫でられ乾いて固まりました。
後悔することも多々ありますが、嘆いてばかりでは、今日を生きる時間を浪費するだけです。
私は二十代の頃に何か成果を上げようと躍起になっていました。
一労働者で終わりたくないと強く願いました。
皮肉にも、私が今描く世界は労働者と運命の歯車の戦いです。
労働者の身分に戻ることが難しくなって初めて自分の中に、ある一定以上の基礎が出来ました。
失敗の多い若き日を懐かしく思いながら筆を執る時間があるのは、とても幸せなことです。
二十代の頃は、時には原型師を目指してみたり、漫画家を目指してみたりとふらふらしメイン 悪質ていました。
自分で言うのもお恥ずかしいですが、健康だった頃の私の手先の器用さは割と高い水準に達していました。
なぜ成功しなかったのか理由は分かっています。
一つは、私の中に根気が足りなかったこと。
これはあらゆる行動対象に関係する致命的欠唐ナす。
二つは、私が私一人の力だけでことを成そうとしていた刀B
当時の私には心から仲間と呼べる人間が五指に足らない人数で、人との付き合い方もよく分からないケチな生き物でした。
そして私は、原型を完成させた時唐ナ型取りと複製に飽きてしまっていました。
初めての原型作りでアクションフィギュアに挑戦したのがそもそもの間違い。
原型の五体が揃った時唐ナ足首への負担が判明し、MGジオングより大きい素体は立つこともままならない有り様でした。
重量計算などしないでイラストに忠実に立体化させたのですが、外装を交換することで職業変更出来るそれは関節が脆いと言うあってはならない欠唐bォ彫りにし、私の興味を大いに削ぐ結果になりました。
複製にあたって外装と素体の整形誤差も計算外でした。
費用は諸々で二十万円を超えていました。
端から儲けるつもり無しで始めた原型作りは失敗に終わりましたが、私の経験の一つとしてしっかりと活かされております。
漫画家修業を独学で挑戦した頃に、漠然と描いた世界が芽吹くまでに二年かかりました。
またここで失敗と言うか間違いに気が付きました。
自分の描く漫画のキャラが苦痛に歪む絵に大きなストレスを感じたのでした。
コマ割りのセンスの無さも致命的です。
ただイラストを仕上げるのと漫画を一本完結させるのとでは遠Dの差がありました。
私には、自分でスクリーントーンを貼ったり、集中線を描いたりする気力が残っていませんでした。
その手の作業を代行してくれるソフトも持っていますが、少し弄って終わってしまいました。
働きながらの創作活動は何より時間不足と言う致命的負担となって私の心と体を大いに蝕みました。
根気が足りないのではなく、1日の中で完成出来る対象に向かって走る短距離走者のような自分を自覚するべきだった。
自分を知ること。
子供の頃は、自分の夢に正直でも時間がそれに味方しますが、食い扶持を稼ぐ為に何かを始めると、夢と現実の間に溝が出来てしまいます。
溝を埋める為には、溝を作るに至った時間の何倍もの労力を要します。
こんなことは、私が言わなくても、賢明なるマイミクさんならば誰でも理解出来ることでしょう。
鉄は熱いうちに打て。
私の鉄塊は、冷めてからひっぱたきました。
心はぐんにゃりと無様に変形して、肉体はそれ以上に弱く醜く変わり果てました。
刃になる前に、変な鉄魔ブまストレスの風雨に打たれ、錆びるのを待つ。
そんな人生を回避するべく私は心を研磨し続けています。
磨き残しの無いように必死です。
サビ取りには凄く無駄な時間が掛かります。
変な鉄魔≠たところで刃に代わるワケでも無く、もう一度炉にぶち込んで加熱させてぶっ叩きます。
私の行動を邪魔する負のイズと対決して、よく負けて逃げていますが、とにかく疲れた時は、無理をせず頑張って休んで明日も生きると決意してご飯をモリモリ食べます。
後ろ向きな思考で困ってしまう毎日ですが、打てる手は何でも打って、私が私であることを証明する為に元気を維持しつつ、自分なりに正しいと思える何かを友達や家族に物語りを通して伝えることが出来たら、一番の幸せですね。
折角生きているのだから、誰かの希望の星になれるように星座を背負って頑張ります。
素晴らしいマイミクさんたちのおかげで焦りの気持ちや、悪い感情はとても小さくなりました。
やり直したいと願い、そして時間があると分かっている間は、みんなと一緒に生きて目標を達成しようと思います。
自分の立っている場所が一つの山のどの辺りなのか未だ不明で、霞が掛かって分厚い奄フ中に居るような不安と寒気があります。
時間の刃が私の人生を切り刻み続ける中で、二度と手放してはいけない大切な心。
自分を信じる心、他人を思いやる心、生命を見守る謙虚な心。
私に温もりと安らぎを教えてくれる仲間との交流の中で手に入れた重要な心の欠片。
顔の見えない誰かを憎むことは簡単かもしれない。
顔の見える誰かを許すことは簡単そうで難しい。
手を噛まれても構わないと差し出せる心が勇気と呼べる。
そして私の勇気はワンコインに満たないちっぽけなもの。
小指を引っ掻かれただけで大騒ぎする小心者です。
それでも私は、勇気を忘れずに誰かと握手する日を信じて筆を執るのです。
明日、またお早うと言えるように今日を生きる。
勝つことは難しいけど、負けにならないようにマオチャオのようにちょっとだけ頑張ろう。