生きる意味がわからない男の人生

生きる意味がわからない男の人生

大学生の頃に母を亡くし、摂食障害を発症。
仕事のストレスやこれからの人生に希望を見いだせなくなり、
うつ病と診断され入院。その後検査でASDと分かる。

現在は妻と子供と3人で暮らすも
ASDにより子供に対して愛情が持てず
生きる意味を見失った男の日記。

最近は仕事から帰ってくると

いつも妻がこう言う。


「はぁ〜しんどい。疲れた。

今日も一回も休憩してない。

昼ごはんも10分しか食べる時間なかった。」


確かに赤ちゃんがずっと泣いていたら

疲れたと感じるのも仕方ないかもしれません。


でも赤ちゃんは泣くものですし、

ほとんどの場合は抱っこしたら落ち着きます。

(少なくとも僕の子供は)



僕も確かに育休中にずっと泣かれて

しんどいと感じることはありましたが、


うちの子はよく寝るほうなので

昼間一睡もしてないということは無いはずです。



それなのに1度も休憩出来なかったり

お昼ご飯を食べる時間がほとんどない

というのはあまりにも話を盛りすぎている

と感じます。



それに今はまだ生後3ヶ月です。

ただミルクを飲むか寝ているだけなので

動き回って大変ということもありません。


加えてご飯を作っているわけでもありません。

何故こんなにも時間がないのか、

余裕がないのか理解できません。



妻はよく話を大袈裟に話します。


それが時に面白い話になることや

相手の気分を向上させる場合には

それもいいかとは思いますが



しんどいという話については

大袈裟に話されても

こっちの心の負担が大きくなるだけで


しかも毎日帰った瞬間に矢継ぎ早に話されるので

正直聞かされるのが辛いです。


こっちはようやく仕事から帰って疲れているのに

そんな話を聞く余裕はありません。



僕も心に余裕があるときなら

ある程度聞いてあげられますが、

仕事から疲れて帰ってきているのに

毎日ネガティブな話を聞くのはさすがに辛いです。



妻は僕が家族だからそういう話が出来る

と言ってましたが、

たとえ家族でも限度というものがあります。



1人の人間に対してばかり

負担を背負わせるのは違うと僕は思います。



僕以外にも親や兄弟、友達など

話を聞いてくれる人がいるのだから

そういう人たちに散らしながら

話してくれたらいいのにと思います。



大袈裟な話をするという点で言うと

妻は疲れたらこう言います。

「体が鉛のように重くて全く動かない」



もし本当に体がひとつも動かないのなら

それは体の重大な病気なので、

病院に行った方がいいだろうし、


実際にそんなことはまず有り得ないので

そういった発言を日常的にしていることからも

いかに大袈裟に話す人間であるのかが

よく分かります。



あと最近思うのは

やっぱり人は若い頃に苦労をしておくべき

ということです。



僕もまだ若い年齢ですが、

これまでには辛い経験や努力してきた経験はあります。


だからこそ多少辛いことや

忙しい日々にも耐えながら

過ごすことが出来ています。



一方で妻は中学校の時に部活を半年で辞めて以来

部活はやっていないですし、


これまでしてきたし仕事も楽な仕事ばかりで、

ちょっと人間関係が上手くいかなかっただけで

仮病で休んでしまうような人間です。



だから子育てで多少しんどいことがあるだけで

すぐに根を上げてしまうし、

ちょっと忙しいだけでもすぐに

しんどくて頑張れなくなってしまいます。



これがきっとこれまでに何かを必死で

頑張ってきた人間ならきっとこうはなっていない

と思いますし、


もし妻が僕の立場にあったら

まずここまで子育てのことをサポートできない

だろうし、

ましてや料理や家事もできないだろうのに

って思います。



そういうことを想像していないし、

考えてもないので、

手伝って欲しいとか平然と言ってくるんでしょうね。


あと、妻はよく愚痴を言ってきたり、

毎回同じ嫌だったことをしゃべる友達が

嫌いって話をします。



でもそれを妻は僕にやってます。

なぜ自分がされて嫌なことを人にしてしまうんでしょうか。

そして何故それをしてしまっていることに気づかないんでしょう。


本当にそこが理解できない。。。