極度の緊張しいだった。酷い被害妄想を持っていた。何しろ人が怖かった。家族すら怖かった。自分すら信用出来なかった。信じられるものは友達だけだった。こんな私にも何故か友達はいた。それに、うち解ければとても仲良くなれる。打ち解けるまでに時間がかかる方だったが。コミュニケーション能力が全く無かったわけではない。
私は先天的な対人恐怖、社会不適合者だと思う。
それが良くなって来たのは奇しくも鬱病になってからだ。
それまで仲の良い友達以外とはフランクに話したりすることが出来なかった。
高校に入ってから対人恐怖が深刻化した。毛嫌いしていたと云うか、苦手とするギャルがとても多い学校だったからだ。ギャルは自己主張が強いし、いつも偉そうに威張っていたから正直物凄く怖かった。小学校と中学校時代にギャル軍団になんとなく所属していたがその子達とはワケが違かった。とにかくいわゆるギャルのハシリという子達で、その子達が学校を席巻していた。目をつけられないように気をつけていた。でもギャルの中でも個性的な子や感じの良い子とは仲良くできた。
サシで話すこともできた。幸い目を付けられることなく過ごせた。対人恐怖(緊張しい)は治ったかもとその時思えたが、 つかの間の喜びは一瞬のウチに崩れ落ちた。
高校で軽音部に入りたかったが、文化祭や謝恩会で舞台に立たなくてはならなかったので、わたしには無理だと思って入部を諦めざるをえなかった。
高2の時に合コンの誘いというものが来たことがあった。合コン?なんてふしだらでなんて不埒なんだ!くだらない!と、また毛嫌い。迷うことなく断った。
男性恐怖症でもあったのかもしれない。中学時代、ロコちゃんって男性恐怖症だよねって友達に言われたことがある。無論、高校は女子高しか受験しなかった。
予備校は共学だったのでなんとかして男子とも仲良くしなくてはと思った。
怖かったがお酒の力を借りればなんとかなるということが分かった。飲み会で普段の自分を捨てて弾ければ良いのだと思った。思い返すと予備校時代は男子より女子の方が怖かった気がする。でもまぁ、予備校時代は珍しく仲良い友達が男女含め沢山出来た。
大学では男子が年下が多かったせいか、仲良くなった子はいない。
酔っ払って自分を解きほぐすという技も通用しなかった。
正直嫌われていたのかもしれない。
これも被害妄想なのか。。。
大学時代の友達(友達と思える子)は女子さえ一人しかいない。今でも一応グループみたいなのはあるが皆んな忙しいしなかなか会う機会が無い。私はその一人とさえ仲が良ければ良いと思っている。別段その集まりはどうでも良い。自分のことを大切に思ってくれない人のことは正直どうでもいいのだ。哀しいことを言ってるとは思うが人に期待して裏切られるのは嫌なのだ。
対人恐怖は大学に入学してから更に悪化した。ちょっと良くなったかもと思ったのは完全に錯覚だった。怖くて学校に行かれない事が何度もあった。重要な授業があるのに行かれない事が沢山あった。行ったら行ったで誰とも喋らないで帰ったりなんかザラにあった。あまりに学校に来ないので掲示板に名前を貼り出されたり、研究室から電話がかかってきたこともあった。自分の使ってたデスクトップパソコンを片付けなくてはならないという時に行かれなくて、他の子に片付けさせるはめになってしまったことも。
重いし、面倒だったろうし、申し訳ないと心底思ったがどうしても行かれなかった。仕方が無かったのだ。その子とその仲間に多少文句を言われた。心の底から謝った。だらしない奴!とレッテルを貼られたに違いない。でも、その前からだらしない奴だと思われていたとおもう。理由は思い出せないが。これは被害妄想ではなくあくまでも自分が悪いですね。
卒業制作のプレゼンは酷かった。大勢の前で自分の作品について説明したり質問に答えなければならなかったので、逃げ出したくなるくらいに緊張した。泣きそうになるくらいに緊張した。結果、見事にボロボロで悲惨なプレゼンになって終わった。クラスメイトに言わせると、わたしはボーッとしていたらしい。ガチガチに固まっていたのがそう見えた様だ。
対人恐怖で辛かったのは学校生活だけではなかった。バイト先に行くことも怖かった。あるデザイン事務所は休憩時に皆んなでテーブルを囲んで食事をしなくてはならなかった。社長を含め4人しかいないところだった。そんな少人数でご飯を食べる時ですら私は怖くて仕方がなかった。皆んなの輪に入れないし、何か話を振られても半分?四分の一?も言いたい事を言えない程コミュ障が酷かった。休憩の時が苦痛で仕方なかった。
そのうちそこの事務所にはバックれる形で行かなくなった。とても反省しているのだがそれも仕方ないことだった。その後バイトは当分やることはなかった。
ちょっと疲れたので今日はここまで。。。
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