世界が全部ひっくり返ったとして、今の状況が180度変わったとする。恐らくそれでもあり得なかっただろう。寧ろ360度回転して戻ってきてもまだ足りないくらいに。自分がどれくらい地に踏ん張って居続けようにも重力がなくなって浮かんでいって、宇宙空間に放り出されて何万光年も先の小さな惑星の姫君に偶然出会ってしまったぐらいが丁度いいかもしれない。そんなことは一生かかっても体験出来ないことが分かりきっているからだ。そう、つまり自分の今の状況は青天の霹靂といっても過言ではないのだ。俺にとってはそれぐらい、それぐらいに大変な出来事だったのだ。
なんと、ついに俺にも、俺にもな
「彼女出来た…」
「はぁああああああ!?!?、?、?!」
予想通り友人からは強烈な悲鳴と驚愕の声を頂いた。どうして俺より先にお前なんかに、やらお前にもようやくそういう存在が…などと何やら失礼な事ばかりだ。ただ少なからず祝辞もあった筈だ。皮肉かもしれないが。正直今一番驚いているのは俺自身だ。俺は女を惚れさせるような真似をした覚えはないのだ。寧ろ俺に惚れるような女を見た事はない。自分で言うのもなんだが相当物好きな女ということだ。
「…で、その彼女という子はどこのどなたなんだよ」
「あ?んなもんは関係ねーだろ」
「は!?!?!彼女出来たって言っておいてそれはねーだろ!!!生殺しか!!!!」
「うるせえ!!!!!!」
彼女についての追求を受ける俺の姿を、俺は想像したことがあっただろうか。いや、想像自体は恥ずかしながらしたことがあるが実現するかというとその可能性は願望レベルだった。したとしても顔面偏差値はあまり高くないだろう。
だが、俺に出来た彼女は、
「あ、泰葉くーん!!!」
「!?!?!」
「お、あれがお前の彼女か!?!?!」
「なっ、お前、何で来て、」
異常に、
「お昼ご飯一緒に食べようと思ってー!」
可愛かった
「くそ!!!!あんだけ来んなって言ったのに…!!!!!」
「おうおう…やっぱり彼女のようだな」
「何なんだよ普通に可愛いじゃねーか!!!!!!」
「行ってやらなくていいのか~???」
皆してにやにやと語りかけてくる。非常にうざったいのと共に羞恥心が湧き上がりみるみるうちに顔は赤く染まっていく。男の癖にそれこそ恥ずべきことではないのかと言われれば否定は出来ないが、俺は性格上こうなってしまう質なのだ。仕方ないのだ。兎にも角にもこのりんご病にかかったかのような顔を隠さねばならない。一番手っ取り早いのは、
「?」
疑問符を頭上に浮かべ、可愛らしいデザインの恐らく保温機能があるであろう小さなランチバックを手に持ちながらこちらを見つめているあいつの誘いに乗ることだ。
「くそ……行くぞ」
「泰葉くん待ってよ~!!あっ、失礼しました~!」
ぶっきらぼうに言い放ち購買で買った今日のランチを持ちそそくさと教室を出て行く。背後からは男共の歓声。全くもって嬉しくない、何故なら頬から赤みが引かないからだ。内心こんなことをグルグルと考えていることをあいつに悟られてはならないと俯き加減に数歩前を歩く。
「泰葉くんの友達は皆賑やかなんだね~。楽しそう~!」
「あんなの、やかましいだけだ。」
「そうかなあ…私はいいと思うんだけど…」
正直この会話だけで自分の心臓は言うことを聞かなくなる。脈打つ鼓動のリズムより少し早い速度で足は動く。つまり早歩き状態だ。そんな俺を見てあいつは駆け寄ってくる。横に並ばれると自分の身長の低さが暴露て少し複雑なのだ。出来れば斜め後ろに居て欲しい所だ。だからと言って自分は亭主関白ではない。それに、隣に立たれると髪から漂うシャンプーの匂いとか、チラリと見える鎖骨とか、言うのは多少躊躇うが童貞の俺には少々刺激的なものがあるのだ。今にも顔を背けたくなる。思考は今あいつに支配されたと言っても過言ではない。
そうこう考えているうちに屋上に付いた。何故かうちの学校は屋上が開放されているのだ。非常に漫画やラノベのような雰囲気がある。
早速床に座り込み壁にもたれかかって胡座をかく。俺はさっさとパンを食べることに集中してあいつから気を逸らしたいのだ。
そんな努力を知ってか知らずか魔の囁きをしてくる。
「泰葉くん、卵焼き食べてみてよ~!今日のは結構自信作なんだよ!」
「は、?お、お前が作ってんの、これ」
「そうだよ~!毎朝時間があったら作ってるんだ!!」
そうにこにこと楽しそうな表情と弾んだ声で語りかけてくる。それだけで割と俺の心はときめいている。
「ほら~、あーん」
「!?!?!?」
綺麗に整った形の卵焼きを箸で摘み、自分の口元に運んでくる。思わず喉が鳴る。ここでこの特性卵焼きを食べたら次の授業に集中出来る筈はない。安全策として食べない方がいいだろう。だが、そんな目で見つめられたらつらつらと並べた考えも砕かれてしまうというものだ。思わず口を開けてしまう。
「…どうかな?」
その上目遣いは反則じゃないだろうか。俺も素直に感想を述べにくくなるというものだ。だが、精一杯に味の感想を伝えねばならん。初めての彼女からのあーん、初めての彼女の手料理、美味しくない筈がないのだ。だが、
「ま、まあまあじゃねえの。」
そんな言葉が口から出る。意図していたものとは違う言葉に思わずそうではない、何故そう素直になれないと頭を抱えそうになる。相当自信を持っていた筈だ。まあまあだなんて言われて傷付いてはいないだろうか?そんな考えが頭を駆け巡る。
「そっかー。泰葉くんに美味しいって言ってもらえるようにもっと頑張らなきゃ!」
「…ッ」
何も心配は要らなかった。非常に前向きな発言とその気合の入った笑みに思わず言葉に詰まる。何処まで純粋で明るいんだ。このままじゃどう考えても俺は次の授業中、いや、今日一日こいつのことで頭がいっぱいになり集中どころの話ではなくなるだろう。
そこからは主に自分の所為で拙い会話をしながら昼食を終えた。そして予鈴が鳴る。
俺たちは屋上から出ようと腰を上げる。
そして言わねばならない言葉をやっとの思いで発する。
「は、遙香…その、飯、あ、あ、ありがとな、」
我ながら情けないくらいに斜め上を見つめていた。
「…!うん!」
そんな情けない態度に対しても、こいつはものすごく嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。ああ、本当に罪深い。
恐らく、明るく可愛らしい他から羨まれるレベルの彼女が出来たことは俗に言う‘‘奇跡’’というものなのだろう。きっと来世でも巡り会えるかどうかと言われたら一概に当たり前だとは言い切れないぐらいの。今世でこいつと出会えたのはきっと、強い重力のあるこの地球に何万光年も先の小さな惑星から彼女が引き寄せられたからなのではないかと俺は思う。それぐらいあり得ない話なのだ。
自分達が出会ったことは。
これから共に歩むということは。
だから不器用は不器用なりに、この青天の霹靂とも言える事態に向き合ってみようと思う。
まずは手を繋ぐところまで。
お題ありがとうございました。泰遙ちゃん付き合いたて妄想。
お粗末。