KinKi Kids、デビュー25周年。
どうしても自分の気持ちを残しておきたくて。
自分が見てきたKinKi、そのときの感情。
本当に主観でしかないのですが。
今年30歳、KinKiファンの親に育てられたので
人生丸々どこかにKinKiを感じて大人になりました。
曲が好き、剛さんの出ているドラマが好き、というところからもう何段階か踏み込んで
ふたりの人柄に惹かれていったのは小学5年生のときで、
剛さんが元カレの撮影しながらFコンの追加公演をしていた頃。
剛さんが過換気症候群と闘っていることを公表して、
JwebではLFやSMGO連載が始まった頃でもありました。
幼い記憶にあるKinKiと今(その当時)のKinKiの違和感というか
別人を見ているような感覚の原因はこれだったんだ、と思いました。
この時のKinKi、24歳。
自分がその年齢を通り越した今だから思う、
そしてその頃自分が本当に悩んだ時期だったから余計に思う
この人たちはたったふたりで
とんでもないものを背負ってとんでもなく闘って生きていた。
幸い(?)、当時田舎の小学生にはネットに触れる機会も
実際にコンサートに行く機会もなく
でも子供ながらにすごく心配になりながら、
放っておいたら消えてしまいそう、
そばにいてあげたい、だきしめてあげたいという気持ちが芽生え
それができる光一さんにほんのり嫉妬し笑、
嫉妬の先に光一さんの強さと優しさを感じ取って
ふたりが大好きになっていったのです。
この時点でもう君以外愛せない状態。
四六時中KinKiのことばっかり考えていたし
貯めたお小遣いでCDを買い、DVDを買い、雑誌を買い、ジャニショに通い、
TSUTAYAで過去のドラマを借り、TVもラジオも
お母さんが録画してとってあった過去のTVも全部見逃さないぞ、と
この時の私の熱量は本当にすごかった。
全部勉強に向けていたら天才になっていたかもしれない()
そして私は中学生になり、FCに入会し、自分のケータイを手に入れ
実際にコンサートに行くことも、ファンが綴る言葉を見ることもできるようになりました。
KinKiコンに行き、SHOCKに行き、E☆Eタンクに行き、
なんというか(主にファン同士の何かで)
同じものを見てもみんなが同じ気持ちになることってできないんだな
という寂しさや苦しさが前面に出てきてしまって
好きな気持ちは変わらないけど自分が傷つくのが嫌で
ひっそり応援するようになってしまい。
まだ自分が自立しきれていなかったというか
人は人、自分は自分、と割り切れるところまで達していなくて
自分の価値観を押しつけて他を排除しそうになったり
なにかに依存しそうになったりなんだか危うい感情を抱きながら。
でもKinKiはお互いを信頼しあっていて、自分が生で見て感じたことだけ信じようと思えたし
初めて行った東京ドーム(天井席)でCDを遙かに超える生歌に鳥肌がたったことも今でも覚えています。
あとは…中3でKinKiがデビュー10周年を迎えて
10周年のイベントとΦコンを部活や受験で泣く泣く見送ったのは本当に悔やまれます。
あのイベントで光一さんをそっと抱き寄せてハグした剛さんには感動したし
後日DVDで観たΦコンのイチャイチャあまあまぶりには私の中の新しい扉を開きかけました。
そしてさらに時は過ぎ高校生。
この時期の忘れられないことというと
緊急コンが楽しすぎたことと
ある写真を見て剛さんの目からとんでもなく覚悟が伝わってきたことがあって震えたこと。
ファンになった時期が時期だったのでどこかでずっと心配している自分がいたのですが
ああ、もうこの人は大丈夫だと思った瞬間がはっきりありました。
今でもよく30歳頃からの心境の変化を話してくれていると思いますがまさにその頃だったと思います。
本当に、写真一枚で心があんなに動かされたのは後にも先にもないかもしれない。
あと高校生の頃は既にこのブログに自分の気持ちもたくさん綴っているので
確実に3年間で私自身の人間性もできあがっていって今に近い状態になったと思います。
なんなら今よりまっすぐいろんなものを受け止めて向き合っていて読み返すと励まされるくらい。
さらにさらに時は過ぎ大学生。
上京し、バイトもし、ライブイベントいつでもどうぞ!!状態でしたが
ほとんどふたりの活動がなく。
年末年始のコンサートで1年生き延びる力を身につけました。
※それぞれのソロも行っていたけど私にはKinKiじゃないと補えないものがあった模様
そんなこんなで私は東京で就職し
お金の余裕に反して時間と気持ちの余裕がなくなり
入れそうな日のチケットが取れなかったり
申し込みすらし損ねたり
TVの録画も整理できず容量不足で録画失敗していたり
確実に10代の頃の熱量で応援することは難しくなっていったのですが。。
毎年コンサートに行くと、中学生の頃の初めて入ったコンサートと何ら変わらない気持ちを思い出し
何もかも変わっていく中で何も変わらないことが良くも悪くも、嬉しくも切なくもあり。
そんな中迎えた忘れもしない5年前の20周年イヤー。
10周年の個人的な後悔と静かに通り過ぎた15周年を経験した私は
めちゃめちゃ張り切って20周年イベントに応募し、見事落選し、
諦めきれずライビュ2次抽選でなんとかPartyを観ることを許されたのでした。
が。
今度は剛さんが突発性難聴になり、ライビュは中止に。
仕事帰りの電車の中で入院を知った時は心臓が止まるかと思いました。
一人でTVに出演することになった光一さんの表情を見ながら
音楽を続ける上では大きなハンデとなる耳の症状を抱え闘う剛さんの表情を見ながら
いろいろなことを感じ、いろいろなことを考えました。
同時に、Partyのふたりの間に流れる空気
バンメンさん、スタッフさん、ファンの気持ち
愛しかないじゃんとも感じました。
みんなKinKiが大好きで、お互いを想い合っていて、
雑音が入ってこないくらい幸せじゃん、と。
これからも一緒に、がんばろうね剛くんと言った光一さんの気持ちに応えて
どう考えたって焦りや恐怖や辛さ苦しさ沢山あるはずの剛さんが泣かずに
みんなを笑わせようとしながらリモートであの場にいてくれたこと
あんなに自分たちで作詞作曲することを渋っていた光一さんが
曲をポンと聴かせてくれて次の日には剛さんの歌詞がついて
生まれた突発ラブがTopaz Loveになったこと
きっかけはいつも良いことではないかもしれないけど
どんどん絆が強くなって、自分たちに乗り越えられないものはない、
その状況だったから生まれる表現だってある、
幸せは自分で掴み取っていくものなんだって改めて気付かせてくれたこと
20周年のKinKiは凄かったです。本当に。
そしてそこからの5年間。
ジャニーさんメリーさんが亡くなり
同じ時代を生きた他のグループの活動休止、解散、退所
コロナ禍の新しい時代との向き合い方
私個人としても身内の死、退職、Uターン、転職
ありとあらゆるさよならを経験し
ありとあらゆるはじめての経験をし
正直2019年から3年ほどKinKiから離れ気味になっていました。
10歳から買い続けていたCDやDVDを見送ったり
毎年必ず行っていた年末コンサートさえ見送ったり
グッズ、ビデオ、雑誌の切り抜きを大量処分したり
短期間に身近な人の死と向き合う場面が何度も訪れて
実家の整理を余儀なくされ、それがあまりにも大変で、
自分に何かあった時の為に必要なものだけ残そうという考えに至り。
究極、自分の記憶がすべてだと思い
これまで目を向けてこなかったことをインプットしたり
拘りを捨ててみたり
やってこなかったことをやってみる期間でした。
私にとってもこの数年の間の決断はある意味大きな挑戦でした。
ずれました。話をKinKiに戻します。
10周年から20周年までのKinKiは背中合わせでそれぞれの個性を伸ばしてフィールドを広げているように見えていて、
その分KinKiとしての活動を周りに委ねているようにも見えてちょっと寂しかったりもしたこともありました。
もちろん本人たちの意思が尊重される環境じゃないということは重々理解していたつもりですが。
寂しいだけじゃなくて幸せな時間も確実にありましたし。
背中合わせのKinKiは360°無敵のつよつよオーラを放っていて、過去の名曲も沢山ある、
話しはじめればお互いを正面にキャッキャしていてとてもかわいい、おもしろい
でもこの先にあるのはなんだろう…??みたいな。
カップルだったら先が見えない、別れよう、となりかねないというか。
(バンドに例えるべきだったかもしれない。すいません)
そんなところを経て、20周年からのKinKiは
もう一度同じ方向を向いて自分たちのプロデュースで今のKinKiを見せるぞという意思を強く感じます。
それは今の状況下で何ができるかを熟考した結果なのだと思うのですが
交わることはないと思っていた、別々の個性を持ち寄って
お互いが最大に輝けるように、
ふたりがふたりでいることの意味を外に見せるように
左右対称じゃない、50:50じゃない、
でも絶対に揺らがないKinKi Kidsというものを提示してくれたように感じます。
なにがすごいかって、KinKiがもうKinKiとして存在している時点で100の完成度なのに、
さらにそれぞれ培った100を持ち寄ったら
100×100×100でとんでもないパワーを生み出してしまうところ。Amazingすぎる。
というか常に100をかけなくても、かけられなくても、
可能性がそれだけあると思うとわくわくしませんか。私はします。
だって今ふたりには長い時間の中で出会ってきたふたり以外の信頼できる仲間が沢山いて、
陰ながら見守ってきた人たちも全力で応援してきた人たちも今を好きな人も沢山いる。
まだやったことなかったねっていうことにふたりが前向きにトライできて、
楽しそうに嬉しそうにしているところを見ることができる。
出会いが奇跡的だったって言うけど
それはさすがにそうだと思うけど
その先30年以上の道を一緒に歩む過程で
どれだけの覚悟でどれだけの努力で
大人の期待に応え、理不尽に耐え、自分を鼓舞して
仕事してきたんだろうって思うと
昔の映像を見ながら今ワイプに抜かれる
金髪銀髪でおんなじ穏やかな笑顔したふたりに泣けてきちゃう。
もしコロナ禍で声出しNGな時代じゃなかったら
一緒にフロートに乗ってファンの近くに行くことは叶わなかったかもしれない
もし他のグループのあり方が違っていたら25周年の形も違ったかもしれない
もし達郎さんが楽曲提供してくれなかったら作詞KinKi Kidsは見られなかったかもしれない
もし拓郎さんがふたりで曲書けよって言ってくれなかったら作曲KinKi Kidsは見られなかったかもしれない
本当に奇跡に奇跡が重なって
こんな時代でも前を向いて希望を持って進める
これから先を見てわくわくできる
25周年イベントには行かないことを選択したけど(結局一生行けないのかもしれない)
この夏は奇跡的なMagic Timeを、Amazing Loveを沢山見せてもらった気がします。
これから先の未来も、ふたりの笑顔がずっと続きますように。
Amazing Loveが刺さりまくり、
HEARTを歌うふたりを思い描いて心躍ったファンより。