ザッと感想。……というよりは自分のための備忘録かも。月一ぐらいは更新しないとアカンやろ自分。ブログ。
アントン・チェーホフ先生ご執筆の、説明不要レベルの認知度を誇る古典。これまでに世界中で何度も上演されている。
自分なんぞが下手にあらすじなど書くとうっかり自分も読者諸兄も火傷しかねないので、作品の詳細は是非ご自分でお調べ下さいませ。
これでもかっつーぐらいネットで出てきます。
単刀直入に、「正しくスタンダードに面白いお芝居」だった。
戯曲は言わずもがな、フルキャストオーディションで選ばれた実力&魅力ある俳優陣、主張しすぎないが品のある音響、照明、美術……と、粗のない上質な芝居だった。チケット代ぶん(A席6480円)の価値は十分。
強いて言えば役者の演技が、かなり説明的というか、台詞を身体化しすぎているとは感じた。
「この胸から引っこ抜いてしまいますわ!!」と言いながら実際に引っこ抜くモーションをそのままやるみたいな、二重のアクトが多かった。
これは劇場のサイズ的に仕方なかったのだろうか?そこまで大空間でもないような。
演技が直接的だと退屈に感じる(自戒を込めて)。観客が、想像で役の心理を補完しなくなるからだ(自戒を込めて)。
しかしクオリティに不満は全くない。
「美味しいカツ丼を下さい」と頼んだら、きちんと美味しいカツ丼が出てきた感じ。
全編通してコンスタンティンの姿は喜劇的でもあるが故にとても悲しく映る。
アルカージナとニーナを虜にしたトリゴーリンへの嫉妬。
芝居を書くものの、どうにも行き詰まる。苦悩する。他者から認めて欲しいという強烈な欲求がある。しかしそれだけで、自分の中に「表現」に対する確固たる情熱、これを書かなければ!という芯がないことに気づいてしまう。認めて欲しい、愛してほしいアルカージナやニーナからの承認はついぞ得られず、クライマックスで彼は……。
刺さる。刺さる刺さる。自分に。役者は誰でもそうかなあ。
↓ここからは欲目の話
逆に言うと、新しさを感じる演出要素はなかったとも自分は感じた。
間違いなく何もかもしっかりしている、レベルは高い。金は文句なく払える。
しかし、それだけ。これならよその新劇系劇団の公演でも見られるのでは、と。
いやそれだけとか書くと悪意がある。悪意はない。
「ま、まさかこんな冒険を!?」
「このセリフをこんなウルトラCな解釈で……」
みたいなスリル、ハラハラは無かった、と感じた。あくまで自分は。
役者の芝居が皆さんいいので、それを際立たせる為に敢えて演出は試みを抑えたのだろうか。
「きちんと美味しいカツ丼」に、まさかこんな調味料を使ってくるなんて……。ハバネロをぶちこんでくるなんて……。みたいな演出も見てみたかった。
役者陣はフルキャストオーディションを勝ち抜いてきたのも納得の猛者揃い。
特にマーシャ役の伊勢佳世さんが素晴らしい。素晴らしく真剣で、素晴らしくエゴイストなマーシャ。
マーシャがコンスタンティンを見れば見るほど、コンスタンティンの孤独が際立っていた。
他の誰もコンスタンティンを真剣に見ていないのが良く分かった。マーシャだけが彼の心の内の虚しさに気づいているからだ。そしてそんな自分を見てくれているマーシャを全く見ていないコンスタンティン。これが人間かぁ……。
ここまで大事で重要な役だったのかマーシャ。
伊勢さんのお芝居には、個人的にとても多くの発見があった。
ドールン役の天宮良さん、ポリーナ役の伊東沙保さんもグッと作品全体を締めていた。シブい。
朝海ひかるさんは、もう誰もが納得行くアルカージナ。役者としての貫禄も、アクトのクオリティもアルカージナを演ずるに求められる要素をきちんと捻じ伏せていた。これが大女優や。
役者の芝居が皆チャーミングだった。
皮肉ではない。魅力的。これは間違いなく演出家の手柄。
この戯曲、暗く深刻に演じるだけなら簡単なんだろう。そうはならず楽しいところは明るく。そうするとこの戯曲のクライマックスはより際立つ。
多くの発見を得た良い観劇だった。
俺も新国立でやりてえなあ!!古典をよォ!!
